My heart in your hand.

津秋

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one.

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翌日の朝、SHRで測定結果を記入するカードが配られ、軽い説明を受けた。各クラス最初に測定をするものを決められていて、それが終わったら後は自由に全てを回りきればいいらしい。
昼までには終わって、それからは普通の授業を一時間。いつもより一限分くらい早く放課になる予定だ。


「岸田」
「ん。委員長に聞いてる、よろしくな」
ぞろぞろと動き始めたクラスメイトを横目に、隣の席に声をかける。岸田は既に心得ていると言うように頷いた。

「俺と江角は、特別棟の東側担当。前半で見回りして、後半で測定受ける」
後半は別の人たちが見回り。と続ける岸田。切れ目なく見回りをするなんて厳重だと改めて思う。
最初の視力検査を受けてから特別棟に向かうらしい。人の少なくなった教室を岸田と並んで出たとき、制服のポケットに入れていたスマホが震動した。
取り出してみればキヨ先輩の名前が表示されていた。俺が手を貸すことへの感謝とよろしくという言葉が並んでいる。
律儀な人だ。俺が少し手伝うくらいでは、大した足しにもならないだろうに。

「どうかしたか」
「え?」
「笑ってる」
岸田が仏頂面のまま自分の口元を指差してみせる。俺は反射的に唇を引き結んだ。
笑っていただろうか。もしそうなら、全くの無意識だった。少しばつが悪いような気持ちになりながら口を開きかけたが、俺が何か言葉を発する前に「江角って、笑うんだな」とアーモンド型の瞳で意外そうに俺を見つめる彼が言った。

「―……笑うけど。普通に」
何故そんなことを言われるのかが分からず、返事はややテンポがずれた。岸田はなんでもない調子で続ける。
「笑ったの、初めて見た気がする」
「そうか?」
岩見などは話している間、たいてい常に口角があがっているくらいだから、笑顔の印象が強い。それに比べれば俺はあまり笑わない方かもしれないが、珍しいものを見たというような反応をされるほどだろうか。表情筋が硬いのかもしれない。
考えながら自分の頬を押して、はたと岸田を見返す。
「岸田も笑わないだろ」
俺はこの男がにこにこしているのを見たことがないと思う。口角をあげるくらいはあるかもしれないが、基本はやはり、あの不機嫌なのかと見紛う仏頂面だ。

「そうか?」
ぴんと来ていないらしい様子でやや首を傾けられた。お互い、自分のことは分からないものだ。


第二体育館前に着くと、岸田は迷う素振りもなくどんどん中に入っていく。廊下も体育館内もざわざわと騒がしい。第二体育館で行われているのは視力検査のみのようだ。
七つほどある機器の前にそれぞれ長蛇の列が既に出来上がっていた。
俺は周囲を確認しながら岸田の背を追いかける。彼が目指している場所は、一番奥の列のようだった。他と比べて明らかに並んでいる人数が少ない。

「なんであそこだけ空いてる?」
「風紀とか保健委員とか、仕事がある生徒がすぐに出来るように」
「なるほど」
近付くと、いつだったか俺を風紀室に招き入れてくれた上級生がこちらに気付いて軽く手をあげた。

「よう、来たな。岸田、江角」
「原さん、こんにちは」
会釈する岸田にならって軽く頭を下げる。原さんという名前らしい。彼も前半の見回りだそうだ。

「江角、まじで協力してくれるんだな」
「そう約束したんで」

手伝うくらいならすると言ったのは咄嗟のことだったが、キヨ先輩と親しくなった今ではこの程度ならいくらでもしようというくらいには思っている。とはいえ、委員になる気はないのだから、感謝してもらうようなことではない。
端的に応じれば、原さんは精悍な顔で笑ってよろしくな、と言った。
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