My heart in your hand.

津秋

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one.

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「直接は言ってなかっただろ。それにあの日は見回り以外にもやることがあったから、前半に動く人数が奇数になって困ってたんだ。基本的に見回りは二人一組って決まってるから」
先輩はゆっくりした調子で説明して、俺の目を覗き込むように少し頭を傾けた。
「ハルが入ってくれたお陰でちゃんと回ったんだ。だから、役に立ってないなんて勘違いだよ」
「……先輩がそういうなら、そう思うことにします」

ぼそぼそ答えると、先輩が笑ったような気がした。え、と顔を上げればやはり口元に手を当てて肩を震わせている。
俺はなにか笑われるようなことを言っただろうか。思わず凝視すると先輩はすぐに笑いやんだ。が、口角が上がっているのは隠せていない。
誤魔化すように片手が振られる。
「いや、悪い。困った顔してるなあと思って。礼を言われるのは苦手?」
「―そんなことないです。」
「そう? ああ、でさ、お礼に奢ろうかと思ってるんだけど今日夕飯一緒に食べないか?」

実はそうかもしれないが笑われたから素直に言えなくて否定する。先輩はそれ以上聞くことなく話を進めた。どうやらそれが本題だったらしい。唐突さと内容に俺は瞠若して、それから慌てて口を開いた。
「いや、先輩に奢らせるわけには……」 
「ハルは意外と体育会系? 部活じゃないんだし、学年違っても上下関係なんてないんだから気にするなよ」

そういうつもりはないが、なんとなく礼儀に反するような気がするのだ。俺は先輩を尊敬する気持ちがあるし、そんな相手に自分が何かをしてもらう立場になると思うと違和感がある。自分が奢る側なら何も思わないが。
否と首を振る俺を見て考える素振りをした彼は何か思い付いたのか、表情を明るくした。ぐっと身を乗り出したその顔に、窓から控えめに射し込む日差しが当たる。
照らされた右目が、ガラスのように透き通った緑を帯びているのが見えた。影になった左目は琥珀色というのが一番近いと思う。淡い色がとろりと濃い。

「それなら、部屋に来るのは? 簡単なのでよかったら作れるし、本も貸せるし」
綺麗な色だなと芸術品でも堪能するように見つめていた俺は、その声を聞いて我に返る。
彼の言ったことについて考え、いい提案だろうと言いたげなその表情に口元が綻んだ。

「行ってみたいです、けどいいんですか」
「おいで」
「じゃあ―岩見に確認してからでいいですか?」

食事を作ってくれているのは岩見だから。もちろん、と快諾してくれた先輩とまたしばらく話をして部屋番号を告げた彼が帰っていくのを見送る。
俺も羅列された本を少し眺めてから寮に戻った。


▽▽▽

「よぉ、お帰り江角くん」
「ただいま―、何処か行くのか?」
自室のドアを開けると、玄関で靴を履いていた北川と鉢合わせになった。中途半端にしゃがんだまま顔だけ上げてにっこりした彼に尋ねる。

「うん、今日は友達のとこで徹夜でゲームする。テスト終わった解放感やべえよ」
遠くを見る目をして「ははは」と笑った北川は、そういえばテスト期間中によく悲鳴を上げていた。
内容はほとんど「こんなの無理だ!!」や「覚えられるわけがないだろ!」などというものだったので相当テストが嫌なんだなと思っていた。どうやらあまり出来はよくなかったようだ。

「ほどほどにしとけよ」
「きゃっ! イケメンに気にかけられちゃった!」
両頬に手を当てて恥じらう素振りをしてみせる彼の表情はいつも通りだ。なんだそれ、と笑ってから出ていく背中を送り出した。

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