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two.
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からんっと物がテーブルにぶつかる音を聞いて、俺は問題に集中しきっていた意識を引きもどした。顔をあげてみれば、向いに座った岩見が力尽きたように伏せっている。
「岩見」
「ふぐうぅ。疲れたよぉ、もうやだよぉ……何がモルだ!お前をモルにしてやろうか!」
「大丈夫か」
言葉通り疲れているらしい。ふわふわと揺れる髪のてっぺんを軽く叩いて声をかける。もぞもぞと起き上がった岩見の下敷きになっていたノートには、筆圧のうすい整った字で数式が並んでいる。
広げられた化学の教科書にもいつもにはない書き込みがされているところを見ると、今回は本当に苦戦しているのだろう。珍しい。
俺は数学も化学も危機感を覚えているので、全く他人事ではないが。
今はテスト期間真っ只中で、この週末が明ければ火曜から三日間に渡って期末考査だ。夏休み前最後のこのテストの後には球技大会もあるらしい。風紀は大いに忙しいらしいが、キヨ先輩の体調はすっかり良くなったからその点は良かったと思う。
「もう何もしたくない……」
「食堂行くか?」
時計を見上げながら提案する。岩見は緩慢に頷いてから、いそいそと勉強道具の片付けを始めた。俺も英語のノートを閉じて教科書とまとめる。
意識した途端に空腹感に襲われた。
何を食べようかと食堂のメニューを思い浮かべながら、二人揃って部屋を出た。
広い食堂の窓際、一番奥に空席を見つけてそこに腰を下ろす。人の多い空間は話し声や食器の音が絶えず聞こえてくる。
「岩見、何食べる?」
「んー……あ、しょうが焼き定食にする」
軽快に操作した岩見は注文を済ますとタブレットをこちらに差し出した。適当にページを繰って注文を終えたところで、岩見が瞠若し「あっ」と声を上げた。視線が俺の背後にいっている。どうかしたかと問いかけるより早く、背後から両肩を掴まれた。
振り返れば、緑がかった柔らかそうな髪が見えた。それから、眠いのか普段からそうなのか瞼が半分閉じかけたような顔。
「この間ぶりー、お二人さん」
「Gクラスの……、」
「安里クンでーすよ」
にいっと口角を上げて笑ったその顔には、確かに見覚えがあった。座ってもいい? と俺の隣の空席を指さす。一瞬岩見と視線を交わしてから頷いた。
さりげなく背後を見たが、あの煩い二人もピンク色の頭の人もいないようだった。
彼は席に着くと、腹減ったと呟きながら熱心にタブレットを操作しだす。そしてふと顔を上げて、岩見に笑いかけた。
「そういえば、名前聞いてなかった。教えてー」
「え、あ、はい。岩見明志です」
「明志と晴貴な、オッケーオッケー。あ、ちなみに俺の名字は久我ね。久我安里」
呼び捨てか、と目を瞬く。特にこだわりがあるわけではないので構わないが、距離の近い人だなとは思う。
岩見も相手の友好的な様子に少し戸惑った表情をしたが、すぐに笑顔で「よろしく」と返した。不快には思った感じはないので俺と似たような感想だろう。
「晴貴は何注文した?」
「カツ丼ですけど」
「お、いいねカツ丼! 俺もカツ丼たーべよ。明志はー?」
「俺は生姜焼き定食です」
「あーそれも頼もう」
軽い調子で言いながらピッピッピと迷いなくタッチしていく。二つとも頼むと言い出したことに驚いて思わず手元を覗き込み、俺はさらに驚くこととなった。カツ丼よりも前にも色々選択されている。
「―ちょっと、久我さん。あんたそんな食えるんすか」
「安里クンでいいよっつってんのに~。そしてもちろん食べるよ、普通に」
顔が引きつるのを感じた。俺の反応に岩見も不思議そうにしながら、向かいから未だ動き続ける彼の手元を見た。すぐに驚きで丸くなった目が久我さんとタブレットを見比べる。
カツ丼と生姜焼きを始め、オムライスにカルボナーラ、サバの味噌煮、エビチリその他といった具合に和洋中関係なしに手当たり次第に慣れた手つきで注文していっているのだから岩見のその反応は自然だ。この贅肉とは無縁そうな、むしろ細身の部類に見える体のどこにそれを収める気なのか。
「名前呼びは遠慮しときます。―普段からそんなに食うんすか?」
「あらら残念。んあ~、昼は時間ないから少なめだけど夜は大体これくらい食べるね。じゃないと腹減って眠れんし。明志も晴貴もそんだけで足りるの?ひもじくて夜中起きちゃわない?」
ゆるりと細められる目は、仲の良い友達相手のように親しげだ。だが不思議と馴れ馴れしいとは感じさせなくて、悪印象ではない。
「いや、運動部でもないし俺らが普通ですって。久我さんこそ、食いすぎで病気にならないでくださいね」
岩見も同じなのか、そう言った口調はかなり気安い。
俺は料理が届くのを待ちながら、二人の軽快な会話を聞いていることにした。
「岩見」
「ふぐうぅ。疲れたよぉ、もうやだよぉ……何がモルだ!お前をモルにしてやろうか!」
「大丈夫か」
言葉通り疲れているらしい。ふわふわと揺れる髪のてっぺんを軽く叩いて声をかける。もぞもぞと起き上がった岩見の下敷きになっていたノートには、筆圧のうすい整った字で数式が並んでいる。
広げられた化学の教科書にもいつもにはない書き込みがされているところを見ると、今回は本当に苦戦しているのだろう。珍しい。
俺は数学も化学も危機感を覚えているので、全く他人事ではないが。
今はテスト期間真っ只中で、この週末が明ければ火曜から三日間に渡って期末考査だ。夏休み前最後のこのテストの後には球技大会もあるらしい。風紀は大いに忙しいらしいが、キヨ先輩の体調はすっかり良くなったからその点は良かったと思う。
「もう何もしたくない……」
「食堂行くか?」
時計を見上げながら提案する。岩見は緩慢に頷いてから、いそいそと勉強道具の片付けを始めた。俺も英語のノートを閉じて教科書とまとめる。
意識した途端に空腹感に襲われた。
何を食べようかと食堂のメニューを思い浮かべながら、二人揃って部屋を出た。
広い食堂の窓際、一番奥に空席を見つけてそこに腰を下ろす。人の多い空間は話し声や食器の音が絶えず聞こえてくる。
「岩見、何食べる?」
「んー……あ、しょうが焼き定食にする」
軽快に操作した岩見は注文を済ますとタブレットをこちらに差し出した。適当にページを繰って注文を終えたところで、岩見が瞠若し「あっ」と声を上げた。視線が俺の背後にいっている。どうかしたかと問いかけるより早く、背後から両肩を掴まれた。
振り返れば、緑がかった柔らかそうな髪が見えた。それから、眠いのか普段からそうなのか瞼が半分閉じかけたような顔。
「この間ぶりー、お二人さん」
「Gクラスの……、」
「安里クンでーすよ」
にいっと口角を上げて笑ったその顔には、確かに見覚えがあった。座ってもいい? と俺の隣の空席を指さす。一瞬岩見と視線を交わしてから頷いた。
さりげなく背後を見たが、あの煩い二人もピンク色の頭の人もいないようだった。
彼は席に着くと、腹減ったと呟きながら熱心にタブレットを操作しだす。そしてふと顔を上げて、岩見に笑いかけた。
「そういえば、名前聞いてなかった。教えてー」
「え、あ、はい。岩見明志です」
「明志と晴貴な、オッケーオッケー。あ、ちなみに俺の名字は久我ね。久我安里」
呼び捨てか、と目を瞬く。特にこだわりがあるわけではないので構わないが、距離の近い人だなとは思う。
岩見も相手の友好的な様子に少し戸惑った表情をしたが、すぐに笑顔で「よろしく」と返した。不快には思った感じはないので俺と似たような感想だろう。
「晴貴は何注文した?」
「カツ丼ですけど」
「お、いいねカツ丼! 俺もカツ丼たーべよ。明志はー?」
「俺は生姜焼き定食です」
「あーそれも頼もう」
軽い調子で言いながらピッピッピと迷いなくタッチしていく。二つとも頼むと言い出したことに驚いて思わず手元を覗き込み、俺はさらに驚くこととなった。カツ丼よりも前にも色々選択されている。
「―ちょっと、久我さん。あんたそんな食えるんすか」
「安里クンでいいよっつってんのに~。そしてもちろん食べるよ、普通に」
顔が引きつるのを感じた。俺の反応に岩見も不思議そうにしながら、向かいから未だ動き続ける彼の手元を見た。すぐに驚きで丸くなった目が久我さんとタブレットを見比べる。
カツ丼と生姜焼きを始め、オムライスにカルボナーラ、サバの味噌煮、エビチリその他といった具合に和洋中関係なしに手当たり次第に慣れた手つきで注文していっているのだから岩見のその反応は自然だ。この贅肉とは無縁そうな、むしろ細身の部類に見える体のどこにそれを収める気なのか。
「名前呼びは遠慮しときます。―普段からそんなに食うんすか?」
「あらら残念。んあ~、昼は時間ないから少なめだけど夜は大体これくらい食べるね。じゃないと腹減って眠れんし。明志も晴貴もそんだけで足りるの?ひもじくて夜中起きちゃわない?」
ゆるりと細められる目は、仲の良い友達相手のように親しげだ。だが不思議と馴れ馴れしいとは感じさせなくて、悪印象ではない。
「いや、運動部でもないし俺らが普通ですって。久我さんこそ、食いすぎで病気にならないでくださいね」
岩見も同じなのか、そう言った口調はかなり気安い。
俺は料理が届くのを待ちながら、二人の軽快な会話を聞いていることにした。
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