My heart in your hand.

津秋

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two.

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道長さんとの遭遇以外、特に変わったこともないまま時間になり、俺は試合に合わせてグラウンドに向かった。
対戦相手は二年のEクラスで、これは2対0で勝利した。現役サッカー部員のクラスメイトが大変活躍していて、俺をわざわざ入れなくてもよかったのではと思ったが、補欠もいないので大人しく最初から最後まで参加した。

動き回るとさすがに暑くて汗が滲んでくる。額の汗を拭いながら、ふと顔を上げるとグラウンドの反対側に人だかりが出来ていた。二試合同時進行だったので、あちらでも試合が終了したところだろう。誰か人気のある人物でもいるのだろうか。
こちらまで聞こえてくる高揚した声は、女のものほどではないけれどきゃあきゃあと甲高い。同じ男なのに、彼らの声帯は俺のものとは違う作りをしているらしい。俺があんな声を出したら喉が死ぬ。あと、自分の高い声を想像しただけで気持ち悪くて死ぬ。
彼らの声は耳障りではあるが、もちろん別に気持ち悪くはない。もしかすると、まだ変声期が訪れていないのかもしれない。小さな体の作りからいってその線は濃厚だ。
それにしても、彼らは成長期がきて背が伸び声が低くなってもあんなふうに顔のいい男たちを見ては少女のようにはしゃぐのだろうか。
ちょっと面白い光景になってしまいそうだ。


「何見てるの?」
「! ああ、あっちなんであんなに人集まってんだろうと思って」
ぼんやりと大変下らない思考を巡らせていたせいか、声かけられるまで隣に人が並んだことに気が付かなかった。ちょっと驚いてから返事をする。
相手は、華奢で尖った顎と焦げ茶色のくりくりした目で小動物じみた雰囲気があるクラスメイトだ。灰谷はいたにという名前で、教室では席が隣。同じくサッカーに出ていた。
俺の言葉に釣られたように丸い目が向こうを見て、すぐに興味が無さそうに逸れてこちらに戻ってきた。
「生徒会の会計のクラスと書記のクラスが当たってるんだよ。あと、書記のクラスには風紀の副委員長もいるから。皆見に行ってるんだろうね」
「ああ……」
生徒会役員が人気だというのは聞いていたから納得するが、副委員長もそういう類の人だとは知らなかった。言われてみれば端整な容貌をしていたかもしれない。

「そういえば、江角くんはまだファンに話し掛けられたりしてないの」
「は―。……まだっていうか、ないだろ」
思い出したように問われ、一瞬呆けてしまった。すぐに我に返って何を言い出すのだという気持ちと共に答える。灰谷は不思議そうに瞬きをした。おかしなことを言っているつもりは毛頭なさそうだ。
「江角くん達が入学したとき、かなり皆盛り上がってたから、とっくにいろいろ声かけられてると思ってた」
「盛り上がる?」
「そうそう。イケメン外部生が二人も来たー! とかって」
あはは、と楽しげに笑われたがそんなことは初耳だった。いや、北川が似たようなことを言っていたか。実感は別になかったから忘れていた。どういう反応をすべきかわからない。

「ほら、ちょっと後ろ見てみなよ。あそこにいる子達、多分江角くんのファンだよ」
「いや、ファンとか―」
なんと大層な言い回しか。思わず眉を寄せながらとりあえず振り返る。木が作る日陰には四人ほど生徒が立っていた。別に俺を見ているわけではないだろうと言おうとして、突然きゃあきゃあと少女のようにはしゃぎ出した彼らに驚く。
「ね?」
「ね、って言われても」
あの反応が証左だとは言い切れないだろうと思うけれど灰谷は確信している様子なので、曖昧に首を捻る。
キヨ先輩くらい綺麗で格好いいならファンがいると聞いてもそれはそうだろうと思うが、俺は中学では共学とは思えないほど女が少なかったことを差し引いてもそういった意味で騒がれた記憶はない。人気があるやつはいたから、俺が気付いていないとかでもないはずだ。

「まあ、江角くんって気軽に声かけられる感じじゃないし。誰も何も言ってこないなら、現状維持だろうけどね」
「なんだそれ……」
「もし、ファンクラブ的なの作りたいって言われたら、許可してあげる?」
「しないし、ないから」
目を細めて笑われる。完全に他人事だからか、灰谷はそんな話をされた俺がなんとも言えない気持ちになるのを面白がっていることを隠しもしない。大人し気で内気そうなのは見た目だけだ。
というか、本当にファンクラブだか親衛隊だかが存在するのか? 耳にするのは概念だけで、実際そういうのに入っているという人に会ったことがないのだが。

「灰谷は誰かのファンなのか」
意趣返しにもならない問いかけ。灰谷はきょとんとしてからにやりと唇を持ち上げた。
「俺、彼女いるんだ」
「―なるほど」
返事にやや間が空いてしまった。立ち上がった灰谷はじゃあまた後で、と手を振って歩いていく。
彼にこの学園の特殊事情は関わりのないものだったようだ。
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