My heart in your hand.

津秋

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four.

21

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廊下を通り、階段をゆっくりと登り切った。教室に着くまでに、クラスの衣装なのか軍服のような服装をした人たちや、色とりどりのペンキをぶっかけたような奇抜なカラーの服の人たち、普段の学校では見かけない格好のさまざまな人たちとすれ違った。
俺がもの珍しさからつい目をやってしまうのと同じように、彼らの方でも数人ずつまとまって歩くDクラスの中に混じった俺たちや接客組の浴衣姿は目を引くらしかった。注目を集めているのがなんとなく分かった。望んだ効果があったということでいいだろうか。

教室に着くなり俺と川森は委員長に呼ばれた。大人しくそばに行って、彼と向かい合う。
「よし、江角くん、川森くん。準備はいいかい」
「おっけーだぜ、委員長!! 江角もおっけーだよな?」
「ん」
「よろしい! では少しお願いをしますね。二人にはがっつり客寄せしてもらいたいので、なるべく愛想よく! いろんな人に声をかけてください!」

委員長は完全に俺に向かってそう言った。愛想よく、と繰り返して俺は川森を見る。川森はお手本とでもいうように、にかーっと歯を見せて笑みを浮かべた。
「―そんな顔したらほっぺ攣る」
「もちろん、江角くんにこんな満面の笑みをしてくれとは言わないけど。イメージもあるし。でも少ーし、すこおぉし笑って、声を掛けてみてくれれば!」
「ええと、わかった、……それくらいなら、頑張る」

祈るように両手を組んで、勢いよくごつんと額にぶつける委員長。この人、いつも動きに勢いがありすぎる。眼鏡がずれるからやめた方がいいと思いながら答える俺の横で、川森は「江角がほっぺって言った……!」と口元を両手で覆いながら妙なところを気にしていた。


とりあえず、各学年の階を回ろうという川森の提案を呑んで、教室が迎え入れの準備を整えたのとほぼ時を同じくしてのんびりと三年生の階へと向かった。
俺はその道すがら、すれ違い様にも躊躇なく声かけができる隣の男にすっかり感心していた。
「すごいな、川森。宣伝上手いんじゃないか」
「えっ、マジでマジで? 江角もやる?」
「ええー……」
「えーじゃないっ。頑張るんだろ! ほらっ、あの人たちこっち見てる! 行け、江角!」

言われるがまま川森が示す人たちの方を見る。立ち止まってじっとこっちを見ている二人組。目が妙にキラキラしていて視線に圧がある。あれに話しかけるのか、と失礼なことをちらと思う。
少し近づいて、口を開こうとしてから何を言うのか考えていなかったことに気がつく。既に相手と目が合った状態だったので気まずくて、誤魔化すように苦笑いする。と、「ひやぁああ」というやかんが沸騰した時のような高音が相手の口から小さく漏れた。
引きかけたが、隣についてきていた川森に軽く小突かれたので、ともかく適当に声をかけることにする。

「一年Dクラスで和風カフェをやってるので、ええと……よかったら、来てください」
「行きます!!!」
「あ、ありがとうございます」
「おすすめはなんですか!」
即答した生徒―つまり、さっきやかんみたいな声を出した人は、なぜか涙眼になりながらそう尋ねてきた。

「おすすめ……、」
ちょっと言い淀むと「クリームあんみつでーす」と川森が横から答えてくれた。
「だそうです。あ、みたらし団子も美味しいので、良かったら」
「両方食べます……っ!!」
「あ、ありがとうございます。お待ちしてます」

川森のアシストを受けて、どうやら宣伝は成功したらしい。うぐぅ……と唸って目を覆ったきり動かなくなったその人を、隣で静かにしていたもう片方の生徒が「すみません、すみません」とぺこぺこと頭を下げて引きずって行った。それを見送ってから、隣を見る。

「あの人なんか様子おかしくなかったか?」
「あれは多分、江角ガチ勢……」
耳慣れない言葉に首を傾げると「江角のファンなんじゃないの?」と言い直される。 
「ファン」
ふっと失笑してしまった。夏休み前にも、灰谷から似たようなことを言われたが、考えすぎだと思う。そもそも、その辺にいる普通の高校生相手にファンも何もないだろう。キヨ先輩やあの生徒会の人くらいの綺麗さなら納得だが。

「川森の勘違いだろ」
「ええー? 絶対合ってると思うけどなあ。あんな反応になんないでしょ、普通」
「あの人が特殊なだけだろ。一緒にいた人も慣れてるみたいだったし」
「そうかなあ」

まだ繰り返す川森に、そうだよと答える。
さっさと学年棟を回ってしまいたい。宣伝は楽な方だろうと思ったが、意外に疲れそうだ。

でも、まあ愛想笑いくらい出来ないとだめだな、と俺は今少し笑顔を作っただけで疲れたような気がする自分の片頬を軽くつねった。

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