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four.
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川森と交代して少ししてからキヨ先輩に「これから行きます」とメッセージを送る。今から行けば彼の担当時間の終わりの方だし、ちょうどいい。
すぐに届いた「隅っこの席確保して待ってる」という吹き出しに、わくわくしているような猫らしきキャラのスタンプが続いたのを見て口元が綻びかけたのを拳で隠す。うっかり誰かに見られたら一人でニヤついている変な奴だ。
キヨ先輩は結構、ゆるい感じのスタンプを使う。今では慣れたつもりでいるがそれでもどうしても、彼が使っているのだなと思うと妙に可愛らしく思えて笑ってしまう。
頬をぐにぐにと撫でながら、先輩を待たせないように気持ち急いで三年生の階に向かった。
最後の文化祭ということもあってか、三年生のクラスは飾り付けや看板、呼び込みに至るまで意気込みが伝わってくるようで、全体に熱気がある。午前にも一度歩いた廊下は更に賑わいを増していた。Aクラスの前に出来た列を横目にBクラスに辿り着く。
廊下にまでふわりとコーヒーの香りが漂っていて教室内には落ち着いた音楽がかかっているようだった。行列になっているのはテイクアウトしたい人たちらしい。
中を窺うと、すぐにキヨ先輩を見つけることが出来た。
姿勢のいい長身に黒いぴしりとしたベストがよく似合っていて、腰巻きのエプロンは長い脚を強調するようだ。他の人たちも揃いの格好をしているが、先輩の纏う空気は群を抜いてフォーマルで格好いい。贔屓目ではないと思う。
笑顔を作りながら給仕している様を見て、やっぱり物凄くよく似合う格好だなと感心していたら、入り口近くにいた案内係らしい人がこちらを見て「あっ」と声を挙げた。
「いらっしゃいませ! 江角くんだよな」
「? はい」
「よかった。お席ご案内します」
「あ、ありがとうございます」
にこっと笑みを見せたその人は何も言わなくても先輩が言っていた隅の席に案内してくれた。彼はクラスメイトに伝えておいてくれたらしい。
「すぐに鷹野が来るから少し待ってて」
言われるがまま座ってやや落ち着かない気持ちで綺麗に作られたメニュー表を眺めていたら、横合いから「いらっしゃいませ」と声がした。見上げれば、キヨ先輩がちょっと芝居がかったふうに胸に手を当てて微笑んでいる。
「ご来店ありがとうございます。ご注文はお決まりですか」
接客の態度で話し出すから、俺は笑いながら「あなたのおすすめは?」と問うた。
意外にも、メニュー表のドリンクは種類が豊富でコーヒーだけでもアメリカンやエスプレッソ、ラテなどと名前が並んでいたので。コーヒーの種類には詳しくない。エスプレッソが小さいカップに入っているやつ、くらいの雑な認識だ。
先輩はすっと傍らに片膝をつくような姿勢で屈むと、揃えた指でメニューを示した。丁寧な仕草で何もおかしくはないのに先輩が俺に対してそうしているのは面白くて、変な感じだ。
「私からはこちらのカフェラテをおすすめいたします。絶妙な具合のラテアートをご覧になれますよ」
「じゃあそれで」
俺の答えに、先輩は営業スマイルというには親しみが過分にこもった笑顔で頷き、すっと頭を下げて戻って行った。
他の人たちの接客の仕方を見るにごく丁寧な振る舞いは共通しているようだから、それがコンセプトの一環であることは分かるが、知り合いらしき人には普通に話しているのも窺えたので、あれは彼のお遊びだ。浮かんでしまった笑みを俺は頬杖をついた手で隠した。
戻ってきたキヨ先輩の手にはカップが二つあった。
「俺も座っていい?」
「もう店員さんは終わりですか」
もちろん、と頷いて手ずから椅子を引きながら問うと笑いを含んだ声で「うん」と応えが返る。
「まだちょっと早いんだけど、ツレが来たなら抜けていいって」
「そうなんですね」
「どうだった?」
褒められるのを待つように瞳が楽しげに輝いている。
「格好良かったです。服も思った通り、すごく似合います」
昨日の俺もこんな感じだったのだろうかと思いながら、求められるまま心から褒めた。すると先輩は「ありがとう」と言ったあと唇をむぐ、と動かして照れくさそうに艶のある生地の黒いネクタイを引っ張った。
自分から聞いてきたのにな、とくすぐったい様なおかしさを感じる。
すぐに届いた「隅っこの席確保して待ってる」という吹き出しに、わくわくしているような猫らしきキャラのスタンプが続いたのを見て口元が綻びかけたのを拳で隠す。うっかり誰かに見られたら一人でニヤついている変な奴だ。
キヨ先輩は結構、ゆるい感じのスタンプを使う。今では慣れたつもりでいるがそれでもどうしても、彼が使っているのだなと思うと妙に可愛らしく思えて笑ってしまう。
頬をぐにぐにと撫でながら、先輩を待たせないように気持ち急いで三年生の階に向かった。
最後の文化祭ということもあってか、三年生のクラスは飾り付けや看板、呼び込みに至るまで意気込みが伝わってくるようで、全体に熱気がある。午前にも一度歩いた廊下は更に賑わいを増していた。Aクラスの前に出来た列を横目にBクラスに辿り着く。
廊下にまでふわりとコーヒーの香りが漂っていて教室内には落ち着いた音楽がかかっているようだった。行列になっているのはテイクアウトしたい人たちらしい。
中を窺うと、すぐにキヨ先輩を見つけることが出来た。
姿勢のいい長身に黒いぴしりとしたベストがよく似合っていて、腰巻きのエプロンは長い脚を強調するようだ。他の人たちも揃いの格好をしているが、先輩の纏う空気は群を抜いてフォーマルで格好いい。贔屓目ではないと思う。
笑顔を作りながら給仕している様を見て、やっぱり物凄くよく似合う格好だなと感心していたら、入り口近くにいた案内係らしい人がこちらを見て「あっ」と声を挙げた。
「いらっしゃいませ! 江角くんだよな」
「? はい」
「よかった。お席ご案内します」
「あ、ありがとうございます」
にこっと笑みを見せたその人は何も言わなくても先輩が言っていた隅の席に案内してくれた。彼はクラスメイトに伝えておいてくれたらしい。
「すぐに鷹野が来るから少し待ってて」
言われるがまま座ってやや落ち着かない気持ちで綺麗に作られたメニュー表を眺めていたら、横合いから「いらっしゃいませ」と声がした。見上げれば、キヨ先輩がちょっと芝居がかったふうに胸に手を当てて微笑んでいる。
「ご来店ありがとうございます。ご注文はお決まりですか」
接客の態度で話し出すから、俺は笑いながら「あなたのおすすめは?」と問うた。
意外にも、メニュー表のドリンクは種類が豊富でコーヒーだけでもアメリカンやエスプレッソ、ラテなどと名前が並んでいたので。コーヒーの種類には詳しくない。エスプレッソが小さいカップに入っているやつ、くらいの雑な認識だ。
先輩はすっと傍らに片膝をつくような姿勢で屈むと、揃えた指でメニューを示した。丁寧な仕草で何もおかしくはないのに先輩が俺に対してそうしているのは面白くて、変な感じだ。
「私からはこちらのカフェラテをおすすめいたします。絶妙な具合のラテアートをご覧になれますよ」
「じゃあそれで」
俺の答えに、先輩は営業スマイルというには親しみが過分にこもった笑顔で頷き、すっと頭を下げて戻って行った。
他の人たちの接客の仕方を見るにごく丁寧な振る舞いは共通しているようだから、それがコンセプトの一環であることは分かるが、知り合いらしき人には普通に話しているのも窺えたので、あれは彼のお遊びだ。浮かんでしまった笑みを俺は頬杖をついた手で隠した。
戻ってきたキヨ先輩の手にはカップが二つあった。
「俺も座っていい?」
「もう店員さんは終わりですか」
もちろん、と頷いて手ずから椅子を引きながら問うと笑いを含んだ声で「うん」と応えが返る。
「まだちょっと早いんだけど、ツレが来たなら抜けていいって」
「そうなんですね」
「どうだった?」
褒められるのを待つように瞳が楽しげに輝いている。
「格好良かったです。服も思った通り、すごく似合います」
昨日の俺もこんな感じだったのだろうかと思いながら、求められるまま心から褒めた。すると先輩は「ありがとう」と言ったあと唇をむぐ、と動かして照れくさそうに艶のある生地の黒いネクタイを引っ張った。
自分から聞いてきたのにな、とくすぐったい様なおかしさを感じる。
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