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four.
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「キヨ先輩って、結構照れ屋ですよね?」
「本当はそんなことないんだけど。ハルが俺の照れるような言い方するから、不可抗力だ」
上目気味に見上げる俺をちらりと一瞥してから先輩は取り澄ました表情を作ってそんなことを言う。
「なんです、その言い訳」
褒められたから照れたのではなくて、俺が恥ずかしくなる言い回しをしたから照れたと言いたいのだろうか。特別おかしなことを言ったつもりはなく、事実そのままを伝えただけだと思うからピンとこない。
首を傾げた俺の疑問をかわすように、「まあまあ」と彼はテーブルのカフェラテを勧めてくる。聞いても結局分からないような気がしたので、俺も大人しくそちらに意識を向けた。
「……これは―うさぎ、ですか?」
「ごめん、分からない」
ラテアートで描かれている動物はうさぎでもクマでもネコでもないように見えた。辛うじて耳が長い気がしたのでうさぎかとおもったが、先輩にも分からないのだそうだ。
「新種の動物ですね」
言いながらふと気が向いてスマホで写真を撮った。岩見が見たら喜びそうだと思ったのだ。
「俺のもこれ、ハルのと同じものを描いたのかそうでないのかも分かんないよ。下手とは聞いてたけど、すごいな」
「逆に面白がられてるふしはありそうですね」
何だこの絵! という笑い声がそばからも聞こえたので、つまりそういう感じなのだろう。先輩の勧め方もそういえば、上手だとは一言も言っていなかったことに気付く。
ラテに口をつける。口当たりの柔らかいスチームドミルクと苦味のあるコーヒーがちょうどよく中和しあっていて、絵はともかく味は普通に美味しかった。
クラスの人がサービスと言って、サイドメニューらしいロールケーキを持ってきてくれたので、有り難くそれを食べてコーヒーを飲み終えてから揃って先輩の教室を出た。
エプロンを外してシンプルなベスト姿になったキヨ先輩と襷はとったが浴衣のままの俺が並ぶと少しちぐはぐだ。
「どこか、行きたいところあるか?」
「行きたいところ……」
かっちり締めていたネクタイを緩めて第一ボタンを開けながらおっとりと聞かれる。色とりどりに飾られた廊下と教室を見るともなく見ながら、俺は少し考えた。ロールケーキは食べたが二人共昼食らしい昼食はとっていない。何か、食べるとしたらどこがいいだろうか。
「あ」
「うん?」
「2Gのとこ、行きたいです」
「ああ、えーと、焼き鳥だったよな? 確か」
「はい。一応顔も出しといた方がいいかと思うので、キヨ先輩が良ければ」
気が向いたら、とは言われているが声をかけられたのに行かないのは失礼なように思うから。
「それはもちろん、全然良いけど。それよりハル、あのクラスに知り合い居たのか?」
意外そうな反応を見て、あれ? と思った。久我さんたちと会ったことを話したものだと思っていたが、勘違いだったらしい。
かいつまんで知り合った経緯を説明するとキヨ先輩はなんともいえない顔になった。
「喧嘩にならなくて良かったよ」
「急に殴られたとかだったら、なったかもしれないですけど。あんな真正面から喧嘩しようって言われたのは初めてでした」
「その二人、いつもそういう感じなんだよ。なんでか分からんが、すぐ喧嘩したがる。クラス内でも物凄くどうでもいいことでよく喧嘩沙汰になってるよ」
「そんなにですか」
言いながら、けれど想像できるなとも思った。本当に大したことないことで殴り合って、それでいてやりすぎたりはせず後腐れなく終わらせているような印象がある。
「うん。まあ久我を中心に纏まっててクラス仲は悪くないから手がつけられないってほどでもないけど」
「あの人、保護者っぽいですよね」
「俺たちが言っても聞かないけど、久我の言うことは皆よく聞くみたいだな」
他の生徒は知らないが、道長さん達がそういう様子なのは簡単に納得できた。何か思い出しているのか渋い顔をするキヨ先輩には悪いが、少し笑ってしまう。
「慕われてるんですね」
「それもあるし、まとめ役なのは一番強いからだとも聞いた」
「ああ。そうだろうなって思ってました」
一番強い人に皆が従うというシンプルな図式だ。久我さんが弱ければ、慕われていたとしてもそれはそれとなっていたかもしれない。いやそもそも慕われるのも強いことが前提か。
「本当はそんなことないんだけど。ハルが俺の照れるような言い方するから、不可抗力だ」
上目気味に見上げる俺をちらりと一瞥してから先輩は取り澄ました表情を作ってそんなことを言う。
「なんです、その言い訳」
褒められたから照れたのではなくて、俺が恥ずかしくなる言い回しをしたから照れたと言いたいのだろうか。特別おかしなことを言ったつもりはなく、事実そのままを伝えただけだと思うからピンとこない。
首を傾げた俺の疑問をかわすように、「まあまあ」と彼はテーブルのカフェラテを勧めてくる。聞いても結局分からないような気がしたので、俺も大人しくそちらに意識を向けた。
「……これは―うさぎ、ですか?」
「ごめん、分からない」
ラテアートで描かれている動物はうさぎでもクマでもネコでもないように見えた。辛うじて耳が長い気がしたのでうさぎかとおもったが、先輩にも分からないのだそうだ。
「新種の動物ですね」
言いながらふと気が向いてスマホで写真を撮った。岩見が見たら喜びそうだと思ったのだ。
「俺のもこれ、ハルのと同じものを描いたのかそうでないのかも分かんないよ。下手とは聞いてたけど、すごいな」
「逆に面白がられてるふしはありそうですね」
何だこの絵! という笑い声がそばからも聞こえたので、つまりそういう感じなのだろう。先輩の勧め方もそういえば、上手だとは一言も言っていなかったことに気付く。
ラテに口をつける。口当たりの柔らかいスチームドミルクと苦味のあるコーヒーがちょうどよく中和しあっていて、絵はともかく味は普通に美味しかった。
クラスの人がサービスと言って、サイドメニューらしいロールケーキを持ってきてくれたので、有り難くそれを食べてコーヒーを飲み終えてから揃って先輩の教室を出た。
エプロンを外してシンプルなベスト姿になったキヨ先輩と襷はとったが浴衣のままの俺が並ぶと少しちぐはぐだ。
「どこか、行きたいところあるか?」
「行きたいところ……」
かっちり締めていたネクタイを緩めて第一ボタンを開けながらおっとりと聞かれる。色とりどりに飾られた廊下と教室を見るともなく見ながら、俺は少し考えた。ロールケーキは食べたが二人共昼食らしい昼食はとっていない。何か、食べるとしたらどこがいいだろうか。
「あ」
「うん?」
「2Gのとこ、行きたいです」
「ああ、えーと、焼き鳥だったよな? 確か」
「はい。一応顔も出しといた方がいいかと思うので、キヨ先輩が良ければ」
気が向いたら、とは言われているが声をかけられたのに行かないのは失礼なように思うから。
「それはもちろん、全然良いけど。それよりハル、あのクラスに知り合い居たのか?」
意外そうな反応を見て、あれ? と思った。久我さんたちと会ったことを話したものだと思っていたが、勘違いだったらしい。
かいつまんで知り合った経緯を説明するとキヨ先輩はなんともいえない顔になった。
「喧嘩にならなくて良かったよ」
「急に殴られたとかだったら、なったかもしれないですけど。あんな真正面から喧嘩しようって言われたのは初めてでした」
「その二人、いつもそういう感じなんだよ。なんでか分からんが、すぐ喧嘩したがる。クラス内でも物凄くどうでもいいことでよく喧嘩沙汰になってるよ」
「そんなにですか」
言いながら、けれど想像できるなとも思った。本当に大したことないことで殴り合って、それでいてやりすぎたりはせず後腐れなく終わらせているような印象がある。
「うん。まあ久我を中心に纏まっててクラス仲は悪くないから手がつけられないってほどでもないけど」
「あの人、保護者っぽいですよね」
「俺たちが言っても聞かないけど、久我の言うことは皆よく聞くみたいだな」
他の生徒は知らないが、道長さん達がそういう様子なのは簡単に納得できた。何か思い出しているのか渋い顔をするキヨ先輩には悪いが、少し笑ってしまう。
「慕われてるんですね」
「それもあるし、まとめ役なのは一番強いからだとも聞いた」
「ああ。そうだろうなって思ってました」
一番強い人に皆が従うというシンプルな図式だ。久我さんが弱ければ、慕われていたとしてもそれはそれとなっていたかもしれない。いやそもそも慕われるのも強いことが前提か。
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