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茫然自失。そんな四字熟語を体現したかのように固まってしまった。面と向かってこれほどはっきりと真剣に、そんな言葉をもらったのは恐らく初めてだった。
瞬きもせずにいる俺を見て、キヨ先輩はすこしぎこちない苦笑を浮かべた。幾度か見たことがあるその笑い方に、ようやく我に返る。
「……俺も、好きですよ?」
どうしてあんな声音と表情で好きだと言うのか釈然としないせいで、心許ない。
いや、どうだろう。自分が本当に分かっていないのかそれとも実は分からないふりをしているのか、それすらも曖昧だ。じっと見詰めて反応を窺う。
いつものキヨ先輩なら俺が好きだと言えばきっと嬉しそうに笑ってくれる。けれどいつもと違う彼は、やはり予想とは違って緩く首を振った。
「ありがとう、ハル。でも俺が今言った好きは、恋愛感情なんだよ。ハルの好きとは違う」
真っ直ぐに俺を見る先輩が緊張していることにふと気が付いた。表情が強張って硬い。
言っている意味が分かるかと確認する声は実に優しくて余裕さえ感じるのに。その目は分かってくれと訴えているようだった。
俺の好きとは、違う。
先輩の言葉を飲み込もうと自分でも繰り返してみる。確固たるものだと信じて疑わなかったものがぐらりと揺れたような感覚がした。
感情や言葉がいくつも頭の中で渦巻いているのにどれも明確な形にはならない。なんとなくぼんやりと膜が張っているみたいだ。俺は今、どう感じているのだろう。
自然と視線が落ちる。先輩の長い足を辿って、丁寧に履かれているからかほとんど傷みのない靴を見る。
えっと、と頭の中で呟く。それから停止したがる頭を意識して動かし始めた。
俺は、キヨ先輩が好きだ。でもキヨ先輩は違うと言う。俺の好きと先輩の好きは違う?
ちがくて、先輩は恋愛感情で俺が好きで……。つまり、さっきの言葉は告白と呼ばれるものなのだろうか。付き合いたいとか、そういう。
面倒な感情だと半ば疎んじてきたもの。先輩が口にしたのはそれと同じものだということか?
混乱の度合いが増して、額に手を当てる。
他人が何を言ってこようが、それは俺の中でさしたる意味も価値も持たない。告白されたとしても返事に悩んだり差し出された好意について深く考えたりすることはなかった。断ると決まっているからそれで良かったのだ。
でも、キヨ先輩は違う。彼は俺にとってどうでもいい他人ではない。俺はキヨ先輩が好きで大切だ。差し出されたものに相応の対応をしたいと思う。
しかし俺と先輩の好きは違うから「俺も」と答えるのは不正解、らしい。
違うって、何。どこが異なっていて何が不足しているのだろうか。俺はどうしたらいい。
「……俺は、ハルから同じ気持ちを向けられたいんだよ」
答えるようなタイミングで再度、先輩が口を開いた。額に当てていた手をのろのろと下ろして、握る。指先が冷たい。
「―同じ気持ちっていう、のは」
「俺を好きってハルにも思ってほしい」
切羽詰まったような真摯な目つきだ。彼がそんな顔をするのを見るのは、初めてだった。
さっきから初めて見る表情ばかりだ。俺は、彼を知っていると思っていたのに。
乾いた唇を噛む。
先輩が欲しいという気持ちが、どんなものか分からない。だって、好きだ。俺はキヨ先輩が好きだ。けれどそれがキヨ先輩と同じものなのか、俺には判別がつかない。先輩は違うと言う。
どうして俺に分からないものがキヨ先輩に分かるのだろうと思う。
「俺、は―」
声が震えた。
俺は、同じものを持っているのだろうか。分からないものは渡すことはおろか見つけることもできない。愛や恋と名のつくものを不必要と断じてきたことを初めて後悔した。俺はそれがどんなものか、本当のところを知らないのだ。
彼に抱く好意がどんな種類かなんて考えもしなかったし、そもそも考える必要なんかなかった。
ただ好きというだけでは駄目なのか。
瞬きもせずにいる俺を見て、キヨ先輩はすこしぎこちない苦笑を浮かべた。幾度か見たことがあるその笑い方に、ようやく我に返る。
「……俺も、好きですよ?」
どうしてあんな声音と表情で好きだと言うのか釈然としないせいで、心許ない。
いや、どうだろう。自分が本当に分かっていないのかそれとも実は分からないふりをしているのか、それすらも曖昧だ。じっと見詰めて反応を窺う。
いつものキヨ先輩なら俺が好きだと言えばきっと嬉しそうに笑ってくれる。けれどいつもと違う彼は、やはり予想とは違って緩く首を振った。
「ありがとう、ハル。でも俺が今言った好きは、恋愛感情なんだよ。ハルの好きとは違う」
真っ直ぐに俺を見る先輩が緊張していることにふと気が付いた。表情が強張って硬い。
言っている意味が分かるかと確認する声は実に優しくて余裕さえ感じるのに。その目は分かってくれと訴えているようだった。
俺の好きとは、違う。
先輩の言葉を飲み込もうと自分でも繰り返してみる。確固たるものだと信じて疑わなかったものがぐらりと揺れたような感覚がした。
感情や言葉がいくつも頭の中で渦巻いているのにどれも明確な形にはならない。なんとなくぼんやりと膜が張っているみたいだ。俺は今、どう感じているのだろう。
自然と視線が落ちる。先輩の長い足を辿って、丁寧に履かれているからかほとんど傷みのない靴を見る。
えっと、と頭の中で呟く。それから停止したがる頭を意識して動かし始めた。
俺は、キヨ先輩が好きだ。でもキヨ先輩は違うと言う。俺の好きと先輩の好きは違う?
ちがくて、先輩は恋愛感情で俺が好きで……。つまり、さっきの言葉は告白と呼ばれるものなのだろうか。付き合いたいとか、そういう。
面倒な感情だと半ば疎んじてきたもの。先輩が口にしたのはそれと同じものだということか?
混乱の度合いが増して、額に手を当てる。
他人が何を言ってこようが、それは俺の中でさしたる意味も価値も持たない。告白されたとしても返事に悩んだり差し出された好意について深く考えたりすることはなかった。断ると決まっているからそれで良かったのだ。
でも、キヨ先輩は違う。彼は俺にとってどうでもいい他人ではない。俺はキヨ先輩が好きで大切だ。差し出されたものに相応の対応をしたいと思う。
しかし俺と先輩の好きは違うから「俺も」と答えるのは不正解、らしい。
違うって、何。どこが異なっていて何が不足しているのだろうか。俺はどうしたらいい。
「……俺は、ハルから同じ気持ちを向けられたいんだよ」
答えるようなタイミングで再度、先輩が口を開いた。額に当てていた手をのろのろと下ろして、握る。指先が冷たい。
「―同じ気持ちっていう、のは」
「俺を好きってハルにも思ってほしい」
切羽詰まったような真摯な目つきだ。彼がそんな顔をするのを見るのは、初めてだった。
さっきから初めて見る表情ばかりだ。俺は、彼を知っていると思っていたのに。
乾いた唇を噛む。
先輩が欲しいという気持ちが、どんなものか分からない。だって、好きだ。俺はキヨ先輩が好きだ。けれどそれがキヨ先輩と同じものなのか、俺には判別がつかない。先輩は違うと言う。
どうして俺に分からないものがキヨ先輩に分かるのだろうと思う。
「俺、は―」
声が震えた。
俺は、同じものを持っているのだろうか。分からないものは渡すことはおろか見つけることもできない。愛や恋と名のつくものを不必要と断じてきたことを初めて後悔した。俺はそれがどんなものか、本当のところを知らないのだ。
彼に抱く好意がどんな種類かなんて考えもしなかったし、そもそも考える必要なんかなかった。
ただ好きというだけでは駄目なのか。
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