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第6章 焔乱舞
その後
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伝承で伝えられているとおり、《焔乱舞》の威力は凄まじいものだった。
《焔乱舞》から放たれた煉獄の炎は瞬く間にドラゴンを包み、ドラゴンが苦しげな声をあげる間もなく、その体を焼き尽くしたのだ。
後には、何も残らなかった。
しかし、《焔乱舞》の炎はドラゴンのみを焼くにとどまり、周囲の田畑や家に被害を振りまくことはなかった。
《焔乱舞》の炎に当てられて火傷を負った人は何人かいたようだが、それも軽症の範囲を出なかったという。
こうして、初めてのドラゴン討伐は奇跡的に一人の犠牲者も出すことなく終結した。
ただ、農耕地であるレイミヤに対する被害は甚大で、国内市場と貿易市場への影響は避けられないと言われている。
とはいえ、いずれ来ると想定されていた事態だ。
長きに亘って対策を練っていた宮殿側の対応は非常に早かった。
地下シェルター内には住居設備を整えてあり、ドラゴンに家を壊されてしまった人々は、家が建て直るまでそこに住むことになっている。
また、ほとんど被害を受けていない孤児院も、緊急避難住居として解放するそうだ。
作物がだめになってしまった田畑に関しては、地道に育て直していくしかないだろう。
「あ~あ。」
バルコニーに設置されたベンチに腰かけ、キリハは間の抜けた声をあげて両腕を伸ばした。
「覚悟してたとはいえ、帰れなくなっちゃったなぁ……」
経緯はどうあれ、《焔乱舞》が手元に現れてしまった以上、自分はドラゴン討伐が終わるまで宮殿を離れられなくなってしまった。
《焔乱舞》の威力を間近で見てしまえば、なおさらに逃げるわけにはいくまい。
一度ドラゴンと戦ったからこそ、この剣の偉大さが身に沁みて分かる。
どうせ一年で帰れるからとメイやナスカに言ったのに、現実はこうも簡単に期待を裏切ってくれるものだ。
「そうね。」
隣に座っていたサーシャがこちらに同意してくる。
横を見ると、彼女は風に吹かれて気持ちよさそうに目を閉じていた。
今まで見てきた中で一番柔和で、無理のない自然な姿だ。
「お疲れ様。」
キリハはサーシャに労いの言葉をかけてやる。
「ターニャから、話は聞いた?」
「……うん。」
訊ねると、サーシャはほんの少しだけ表情を曇らせてこくりと頷いた。
ドラゴン討伐を終えた後、サーシャにはターニャから今後についての話があったはずだ。
何が起こったのかは未だに分からないけれど、《焔乱舞》は自分が手にすることができた。
これ以上、サーシャが無理をしてまでここに留まって戦う必要はない。
彼女が望んでいたとおり、穏和な日常に帰ってもいいのだ。
「ありがとう。私のためにキリハやカレンちゃんが交渉してくれたって、そう聞いたよ。」
「えっ……ああ、まあ……その……」
サーシャにそう言われ、キリハは気まずげに頬を掻いた。
(フールの奴…っ)
心の中で毒づく。
変に罪悪感を持たせるつもりなどないのだから、わざわざそういうことは言わなくてもいいのに。
視線を宙で泳がせるキリハに、サーシャは苦笑を一つ。
その後彼女の口から飛び出した言葉に、キリハは心底驚かされることになる。
「でも、私は帰らないよ。」
「……へ?」
それは、本当にまさかと思う選択。
無理をしていないのだろうかと、真っ先にサーシャを心配した。
サーシャはなんだかんだと責任感が強いし、調和を乱して出る杭になることを避ける節がある。
ルカとカレンはここに残るわけだし、その中で一人だけ中央区へ戻るとは言えないのかもしれない。
「あの時も言ったじゃない。キリハとなら、私は戦いと向き合えるって。」
一方のサーシャは体をキリハに向け、キリハの手を自分の両手でそっと包んだ。
「もうちょっと、あなたの隣にいさせて。」
そんな言葉と共に微笑みかけられて、キリハは小首を傾げた。
頼ってくれるなら全然それで構わないし、そもそも一緒に戦おうと言ったのは自分だ。
彼女一人くらいなら守れる自信はあるので、一緒にいたいと言うなら拒む理由もないのだけど……
無理をしてまで怖い思いをしなくてもいいのに、本当にそれでいいのだろうか?
それだけが気がかりだ。
そんなキリハの心の声が聞こえているのか、サーシャは恐怖など微塵も感じさせないように笑みを深める。
そして、話題を変えるようにキリハの首元に手を伸ばした。
「それにしても、ばっさりと切っちゃったね。」
「え? ああ……」
サーシャが何のことを言っているのかを察して、キリハも自分のうなじに手を当てた。
そこに今まであったはずの後ろ髪は、綺麗に切り揃えられてなくなっている。
「まあ、見事に焼かれちゃったから。」
《焔乱舞》が出現した時、なんだか体が軽くなったような気がしていたのだが、事が終わって違和感の正体が分かった。
その理由は単純に物理的なものだったようで、今まであったはずの後ろ髪がなくなっていたのである。
おそらく、《焔乱舞》が出現した際の炎で髪が焼き切られてしまったのだろう。
「まだスカスカしてるのが落ち着かなくて困ってるよ。」
寂しくなってしまった首元をなでて苦笑するキリハ。
ずっと自分の心の一線を保っていてくれていた命綱がなくなってしまった。
数日は、突然空いてしまったその心の穴に随分と戸惑ったものだ。
つい癖で後ろ髪を探しては、ただ空を掻く手に切なくなる。
それでも今笑っていられるのは、こうして隣にいてくれるサーシャや、相変わらず明るく声をかけてくれるララやミゲルたち、そして優しい思い出をくれたレイミヤの人々のおかげだ。
それに、ちゃんと知っているだろう?
悪意に満ちた視線は多いけど、決してそれだけじゃない。
レイミヤや宮殿が笑顔で満ちているように、変えようと思えば変えられることがたくさんある。
その事実は、自分という人間を作り上げる地層になっているはずじゃないか。
だから―――きっと、もう大丈夫だって。
以前両親へそう言ったように、これからもそう信じて前に進めばいい。
そう考えると、《焔乱舞》に髪を焼き切られたのも、いつまでも形があるものにすがるなというメッセージなのかもしれない。
「それにしても、いい天気だなぁ。」
キリハは暢気に呟いた。
―――これから、長い戦いが始まる。
封印されているドラゴンの数は、詳しくは分からないらしい。
何が起こるかなんて想像もつかないし、その戦いで自分がどう変わっていくのかも分からない。
未来に待っているのは、不安ばっかりだ。
それでも……今は、ささやかな小休止ということで。
抜けるような晴天の空を見上げ、キリハは表情を和らげるのだった。
《焔乱舞》から放たれた煉獄の炎は瞬く間にドラゴンを包み、ドラゴンが苦しげな声をあげる間もなく、その体を焼き尽くしたのだ。
後には、何も残らなかった。
しかし、《焔乱舞》の炎はドラゴンのみを焼くにとどまり、周囲の田畑や家に被害を振りまくことはなかった。
《焔乱舞》の炎に当てられて火傷を負った人は何人かいたようだが、それも軽症の範囲を出なかったという。
こうして、初めてのドラゴン討伐は奇跡的に一人の犠牲者も出すことなく終結した。
ただ、農耕地であるレイミヤに対する被害は甚大で、国内市場と貿易市場への影響は避けられないと言われている。
とはいえ、いずれ来ると想定されていた事態だ。
長きに亘って対策を練っていた宮殿側の対応は非常に早かった。
地下シェルター内には住居設備を整えてあり、ドラゴンに家を壊されてしまった人々は、家が建て直るまでそこに住むことになっている。
また、ほとんど被害を受けていない孤児院も、緊急避難住居として解放するそうだ。
作物がだめになってしまった田畑に関しては、地道に育て直していくしかないだろう。
「あ~あ。」
バルコニーに設置されたベンチに腰かけ、キリハは間の抜けた声をあげて両腕を伸ばした。
「覚悟してたとはいえ、帰れなくなっちゃったなぁ……」
経緯はどうあれ、《焔乱舞》が手元に現れてしまった以上、自分はドラゴン討伐が終わるまで宮殿を離れられなくなってしまった。
《焔乱舞》の威力を間近で見てしまえば、なおさらに逃げるわけにはいくまい。
一度ドラゴンと戦ったからこそ、この剣の偉大さが身に沁みて分かる。
どうせ一年で帰れるからとメイやナスカに言ったのに、現実はこうも簡単に期待を裏切ってくれるものだ。
「そうね。」
隣に座っていたサーシャがこちらに同意してくる。
横を見ると、彼女は風に吹かれて気持ちよさそうに目を閉じていた。
今まで見てきた中で一番柔和で、無理のない自然な姿だ。
「お疲れ様。」
キリハはサーシャに労いの言葉をかけてやる。
「ターニャから、話は聞いた?」
「……うん。」
訊ねると、サーシャはほんの少しだけ表情を曇らせてこくりと頷いた。
ドラゴン討伐を終えた後、サーシャにはターニャから今後についての話があったはずだ。
何が起こったのかは未だに分からないけれど、《焔乱舞》は自分が手にすることができた。
これ以上、サーシャが無理をしてまでここに留まって戦う必要はない。
彼女が望んでいたとおり、穏和な日常に帰ってもいいのだ。
「ありがとう。私のためにキリハやカレンちゃんが交渉してくれたって、そう聞いたよ。」
「えっ……ああ、まあ……その……」
サーシャにそう言われ、キリハは気まずげに頬を掻いた。
(フールの奴…っ)
心の中で毒づく。
変に罪悪感を持たせるつもりなどないのだから、わざわざそういうことは言わなくてもいいのに。
視線を宙で泳がせるキリハに、サーシャは苦笑を一つ。
その後彼女の口から飛び出した言葉に、キリハは心底驚かされることになる。
「でも、私は帰らないよ。」
「……へ?」
それは、本当にまさかと思う選択。
無理をしていないのだろうかと、真っ先にサーシャを心配した。
サーシャはなんだかんだと責任感が強いし、調和を乱して出る杭になることを避ける節がある。
ルカとカレンはここに残るわけだし、その中で一人だけ中央区へ戻るとは言えないのかもしれない。
「あの時も言ったじゃない。キリハとなら、私は戦いと向き合えるって。」
一方のサーシャは体をキリハに向け、キリハの手を自分の両手でそっと包んだ。
「もうちょっと、あなたの隣にいさせて。」
そんな言葉と共に微笑みかけられて、キリハは小首を傾げた。
頼ってくれるなら全然それで構わないし、そもそも一緒に戦おうと言ったのは自分だ。
彼女一人くらいなら守れる自信はあるので、一緒にいたいと言うなら拒む理由もないのだけど……
無理をしてまで怖い思いをしなくてもいいのに、本当にそれでいいのだろうか?
それだけが気がかりだ。
そんなキリハの心の声が聞こえているのか、サーシャは恐怖など微塵も感じさせないように笑みを深める。
そして、話題を変えるようにキリハの首元に手を伸ばした。
「それにしても、ばっさりと切っちゃったね。」
「え? ああ……」
サーシャが何のことを言っているのかを察して、キリハも自分のうなじに手を当てた。
そこに今まであったはずの後ろ髪は、綺麗に切り揃えられてなくなっている。
「まあ、見事に焼かれちゃったから。」
《焔乱舞》が出現した時、なんだか体が軽くなったような気がしていたのだが、事が終わって違和感の正体が分かった。
その理由は単純に物理的なものだったようで、今まであったはずの後ろ髪がなくなっていたのである。
おそらく、《焔乱舞》が出現した際の炎で髪が焼き切られてしまったのだろう。
「まだスカスカしてるのが落ち着かなくて困ってるよ。」
寂しくなってしまった首元をなでて苦笑するキリハ。
ずっと自分の心の一線を保っていてくれていた命綱がなくなってしまった。
数日は、突然空いてしまったその心の穴に随分と戸惑ったものだ。
つい癖で後ろ髪を探しては、ただ空を掻く手に切なくなる。
それでも今笑っていられるのは、こうして隣にいてくれるサーシャや、相変わらず明るく声をかけてくれるララやミゲルたち、そして優しい思い出をくれたレイミヤの人々のおかげだ。
それに、ちゃんと知っているだろう?
悪意に満ちた視線は多いけど、決してそれだけじゃない。
レイミヤや宮殿が笑顔で満ちているように、変えようと思えば変えられることがたくさんある。
その事実は、自分という人間を作り上げる地層になっているはずじゃないか。
だから―――きっと、もう大丈夫だって。
以前両親へそう言ったように、これからもそう信じて前に進めばいい。
そう考えると、《焔乱舞》に髪を焼き切られたのも、いつまでも形があるものにすがるなというメッセージなのかもしれない。
「それにしても、いい天気だなぁ。」
キリハは暢気に呟いた。
―――これから、長い戦いが始まる。
封印されているドラゴンの数は、詳しくは分からないらしい。
何が起こるかなんて想像もつかないし、その戦いで自分がどう変わっていくのかも分からない。
未来に待っているのは、不安ばっかりだ。
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抜けるような晴天の空を見上げ、キリハは表情を和らげるのだった。
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