竜焔の騎士

時雨青葉

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【第1部】エピローグ

《焔乱舞》の存在意義

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「やっぱり、キリハだったかぁ~。」


 執務室の机の上で先の戦いのデータを見ながら、いつもどおりのんびりとした様子のフールが、そう独り言を漏らす。


「それにしても、まさかほむらの方からキリハの元に姿を現すなんて、この僕も想定外だったな。焔に、あんな性質があったなんてね……」


 あの時、《焔乱舞》は自らキリハに語りかけ、自らキリハを選んでその手元に現れた。
 この事実は、さすがの自分でも驚きを隠せないことだった。


 まさか、《焔乱舞》への案内人である自分が、《焔乱舞》について知らないことがあろうとは。
 《焔乱舞》のことで、自分が知らないことなどあるはずがないのに……


「まあ、相手がキリハならありえることなの、かな…?」


 キリハならば、こちらが想定していないことを引き起こす可能性は十分にある。


 まるで、《焔乱舞》のために生まれてきたようなキリハなら―――


「フール。」


 一人で考えているフールに、その様子をじっと観察していたターニャが声をかけた。


「何故、《焔乱舞》はキリハを選んだのでしょう。フールは、その理由が分かっているのではないのですか?」


 彼女は訊ねる。


 フールは最初から、キリハのことを誰よりも特別視していた。
 これまで竜騎士として選ばれてきたどんな竜使いよりもキリハに目をかけて、最大限の期待を向けていた。


 彼は最初から、今までの竜騎士とは違う何かをキリハに感じていたのではないだろうか。
 ターニャはそう思ったのである。


「ターニャ。《焔乱舞》がなんのために作られたのか、考えたことがあるかい?」


 ターニャの言葉を受けて、そう返すフール。
 彼はターニャに顔を向けなかったが、その声にはおごそかな静謐せいひつさを伴った不思議な響きが込められていた。


「どうして、《焔乱舞》は使用者を選ぶんだろう? 文献によると、《焔乱舞》が使用者を選ぶと言われるようになったのは三百年前から。……そう、ちょうどドラゴン大戦が始まった時からだね。普通に考えて、それまでの《焔乱舞》は、誰にでも使える剣だったって推測できる。じゃあどうして、ドラゴン大戦をきっかけに、《焔乱舞》は人間を拒み始めたんだろう?」


「……人間の何かが、変わったからでしょうか?」


「そのとおり。じゃあ、具体的に人間のどんな認識が変わってしまったんだろうね?」


「………」


 そこで早くも、ターニャの言葉は途切れてしまう。


「答えは、リュドルフリアの炎に込められた意味を考えれば簡単さ。」


 フールはもったいぶらずに先を続ける。


「リュドルフリアの炎は、浄化と裁きの力を持っている。彼の炎はドラゴン世界の秩序を乱す者を裁き、壊れてしまった者を浄化するためにのみ、その力を発揮するんだ。《焔乱舞》は、そんなリュドルフリアの炎を身に宿した剣。―――決して、殺戮のために作られたものではないんだよ。だから焔は、人間を拒んだんだ。」


 神竜リュドルフリアはその卓越した知能故に、己の炎が持つ力の巨大さを理解していた。
 だから彼は自身の炎に明確な意味を与え、それを戒めとしたのだ。


 己の炎が、決してそれ以外の目的で使われないように。


 それはリュドルフリア自身を縛るものであり、彼の血を宿す《焔乱舞》の存在意義を縛るものにもなった。
 そんな《焔乱舞》がドラゴン大戦に使用されることは、あの剣の存在意義を粉々に破壊してしまいかねない。
 だから《焔乱舞》は、人間を拒むしかなかったのだ。


「さて。前置きはこれくらいにして、質問に答えてあげるよ。どうして焔は、キリハを選んだのか。」


 ここでターニャを振り返り、フールは彼女の双眸をじっと見つめた。


「覚えてる? ドラゴンと戦っていた時、キリハだけが訊いてきたよね。本当に殺さないといけないのかって。それが、キリハと他を分ける一番の違いさ。」


 あの時、あの場にいたほとんどの人は、ドラゴンに対して大きな恐怖を抱きながらも、ドラゴンを倒すこと自体に躊躇ちゅうちょはなかったはずだ。
 だがあの中でただ一人、キリハだけはドラゴンを倒すことを躊躇ためらった。


 他に救う手立てはないのか。
 そう考えていたのだ。


「リュドルフリアの炎は、ドラゴンにも人間にも恐れられているけれど、壊れてしまったドラゴンにとっては唯一の救いなんだよ。壊れてしまった自分を浄化してくれる、救いの炎なんだ。さて、ドラゴン大戦を経て変わってしまった今の人間の中に、どれだけドラゴンを救おうと思える人間がいると思う?」


「それは……」


「つまりはそういうことさ。」


 何も言えない様子のターニャ。
 フールはそんなターニャに背を向けて、ガラス張りの壁の向こうに広がる街の景色を見つめた。


「あの剣はね、そもそもドラゴンに敵対した心じゃ扱えないのさ。なんたって《焔乱舞》は、リュドルフリアとユアンの絆の証。ドラゴンと人間が共に歩む希望を宿した剣なんだから。」


 どうしてどちらかを選ばなければいけないのかと、キリハは自分に問うた。
 自分たちに命と命を天秤にかける権利はないと、どちらかを切り捨てることはしたくないと、まっすぐな目をしてそう言ったのだ。


 あの時、《焔乱舞》はキリハを選ぶだろうと確信した。




「……さあ、ここからが始まりだ。」




 フールは目を細める。


 キリハという存在。
 《焔乱舞》とドラゴンの目覚め。


 びていた歯車は動き出し、人間とドラゴンは否応なしに再び対峙する。
 時代は巡るとは言うが、果たしてこの先に待ち受けるのは希望か絶望か。




 まだそれは、誰にも分からない―――




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 【第1部】はこれで完結となります。
 ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。


 【第2部】あらすじ

 《焔乱舞》を手にしてから一ヶ月。
 皆を守りたい一心で手にしたはずのその剣は、キリハにとてつもなく重い雲をもたらしていた。


 広がるばかりのルカとの距離。
 明らかに変わっていく周囲の目。
 その変化がもたらす疑問。


 ―――本当に、正しかった?


 その疑問を引きずって、思うように動けないキリハ。
 そんな彼の身に、とんでもない危険が襲いかかることになるが―――!?


 どうぞ、【第2部】もよろしくお願いいたします!


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