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第2章 何が正しいこと?
使わなくても……
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四体目のドラゴンが観測されたのは、セレニア南東部に位置する古代遺跡だった。
幸いにも遺跡保護のために規制されていたおかげで周辺に人は住んでおらず、その場にいた観光客も無事に避難させることができた。
「どうだ? 作業の進み具合は?」
ミゲルが忙しなく動き回る男性に話しかける。
「進捗は八十パーセントといったところですな。あともう少し血液サンプルと各所の鱗のサンプルが欲しいので。」
マイペースに髭をなぞる男性に、ミゲルは露骨に表情を歪めた。
「おいおい、急いでくれよ? 麻酔が切れたら、ひとたまりもねぇぜ。」
その顔に焦りを滲ませて、ミゲルは地面に横たわるドラゴンに目をやる。
今回のドラゴンは今までに比べるとサイズが小さく、奇跡的に麻酔弾が効果を発揮した。
今は眠っているドラゴンの周りに研究員が群がり、血液や鱗といった生体サンプルを採取中である。
「………」
まるで砂糖菓子に集まるアリのような研究員たちを、キリハはぼうっと見つめていた。
ドラゴンの体には無数の切り傷が刻まれ、そこに差し込まれたチューブを通って、業務用のタンクに血液がどんどん流れ込んでいく。
ああやって最後の血の一滴まで絞り尽くしてしまえば、ドラゴンはこのまま目覚めることなく死んでしまうのだろう。
麻酔の効果さえ切れなければ、苦しむことなく眠るように死ぬことができるのだ。
そうすれば、使わなくてもいいのだろうか……
「おい、キー坊!!」
「……えっ?」
肩を揺さぶられて、キリハは夢から覚めたような心地でまばたきを繰り返した。
改めて前を見ると、ドラゴンの周囲から研究員たちが消えている。
ずっと作業を見守っていたはずなのに、いつの間にか意識が別のところへ飛んでいっていたらしい。
「どうしたんだ? お前らしくもなく、ぼーっとして。」
ミゲルが不思議そうな顔でこちらの顔を覗き込んでくる。
「いや、大丈夫。ちょっと、疲れてるだけ。」
「そうか?」
再度訊ねてくるミゲルに、キリハは無理やり張りつけたような笑みで頷いた。
「……ならいいんだけどよ。それより、後は頼んだぜ。」
ミゲルがドラゴンを指差すので、キリハは一瞬だけ口元をひきつらせた。
わざわざ《焔乱舞》を使わなくてもいいのではないか、と。
先ほどまで考えていたことが、喉元までぐっとせり上がってくる。
「ああ……うん、分かった。」
しかし、実際に言の葉に乗せるのは了承の意。
当たり前だ。
ここにいながら、《焔乱舞》の使用を拒むわけにはいかない。
それに、今は眠っているとはいえ、《焔乱舞》によって一瞬で終わらせた方が、このドラゴンとしても幸せだろうから。
「じゃあ……みんな、下がっててくれる?」
ミゲルやルカたちを見回し、キリハはいつもどおりの言葉をかける。
だが……
「キー坊……今日のお前、大丈夫か? おれだけでも傍にいるぜ?」
こちらの身を案じてか、今日はミゲルがそう言ってきた。
キリハは、その提案に首を横に振る。
「大丈夫。」
「でもよ―――」
「いいから!!」
唐突に響いたキリハの怒鳴り声に、撤退を始めていたルカたちやドラゴン殲滅部隊の人々の視線が集まる。
皆一様に、驚愕と困惑を浮かべた表情をしていた。
何事かと囁く声がざわめきとなり、この場に騒然とした空気をもたらす。
しかし、この場で一番驚いていたのは他でもないキリハ自身だった。
我に返って口元に手をやるその顔は青ざめていて、見開かれた双眸からは動揺が見て取れる。
「ごっ……ごめん。ほら、この間みたく、みんなに火傷とかさせたくないしさ……」
とっさに笑顔を取り繕うも上手くいかず、キリハは悔やむように唇を噛んでミゲルに背を向けた。
「一人にして…。そうじゃないと、焔が使えないんだ。」
無理に吐き出した声は、かすれそうなほどの切なさに満ちていた。
「お、おう……」
すっかり呆気に取られていた様子のミゲルが、ぎこちなく頷く。
人の気配が遠退いていくのを、キリハは胸が引き裂かれるような思いで待った。
最悪だ。
自分のことを心配してくれた人に当たり散らしてしまうなんて。
《焔乱舞》の使用を躊躇っているのは自分勝手な感情であって、ミゲルは関係ないというのに。
でも、今回の流れを見ていて思ってしまったのだ。
少しずつ場数を踏んできた今なら、もしかしたら《焔乱舞》を使わずともドラゴンを倒すことができるのではないかと。
今自分がここまで注目されているのは、《焔乱舞》がドラゴン討伐に必要不可欠だと思われているから。
もし《焔乱舞》がなくともドラゴンを倒せるとなれば、人々の関心も自分から離れるかもしれない。
そして自分は、《焔乱舞》に選ばれた特別な竜使いから、一人の竜使いに戻れるかもしれない。
……なんて自己中心的で、後ろ向きな考えだろう。
「………っ」
目元を歪め、キリハはドラゴンを見上げる。
眠ってはいても、全身から血を流し、至る所から鱗を剥ぎ取られたその姿は、目をつむりたくなるほどに痛々しい。
人の気配は、もう近くにはなかった。
キリハは目を閉じ、そっと《焔乱舞》に手をかける。
いくら使うの躊躇ったところで、結局自分には《焔乱舞》を使う以外の道など選べない。
こんな苦しそうなドラゴンを目の前にして、この剣を抜かないわけにはいかないもの。
このドラゴンには、人間側のしがらみなど関係ないのだから。
「今、終わらせるから……」
ぽつりと呟くキリハの手元で、《焔乱舞》が爆裂的な炎を吐き出した。
幸いにも遺跡保護のために規制されていたおかげで周辺に人は住んでおらず、その場にいた観光客も無事に避難させることができた。
「どうだ? 作業の進み具合は?」
ミゲルが忙しなく動き回る男性に話しかける。
「進捗は八十パーセントといったところですな。あともう少し血液サンプルと各所の鱗のサンプルが欲しいので。」
マイペースに髭をなぞる男性に、ミゲルは露骨に表情を歪めた。
「おいおい、急いでくれよ? 麻酔が切れたら、ひとたまりもねぇぜ。」
その顔に焦りを滲ませて、ミゲルは地面に横たわるドラゴンに目をやる。
今回のドラゴンは今までに比べるとサイズが小さく、奇跡的に麻酔弾が効果を発揮した。
今は眠っているドラゴンの周りに研究員が群がり、血液や鱗といった生体サンプルを採取中である。
「………」
まるで砂糖菓子に集まるアリのような研究員たちを、キリハはぼうっと見つめていた。
ドラゴンの体には無数の切り傷が刻まれ、そこに差し込まれたチューブを通って、業務用のタンクに血液がどんどん流れ込んでいく。
ああやって最後の血の一滴まで絞り尽くしてしまえば、ドラゴンはこのまま目覚めることなく死んでしまうのだろう。
麻酔の効果さえ切れなければ、苦しむことなく眠るように死ぬことができるのだ。
そうすれば、使わなくてもいいのだろうか……
「おい、キー坊!!」
「……えっ?」
肩を揺さぶられて、キリハは夢から覚めたような心地でまばたきを繰り返した。
改めて前を見ると、ドラゴンの周囲から研究員たちが消えている。
ずっと作業を見守っていたはずなのに、いつの間にか意識が別のところへ飛んでいっていたらしい。
「どうしたんだ? お前らしくもなく、ぼーっとして。」
ミゲルが不思議そうな顔でこちらの顔を覗き込んでくる。
「いや、大丈夫。ちょっと、疲れてるだけ。」
「そうか?」
再度訊ねてくるミゲルに、キリハは無理やり張りつけたような笑みで頷いた。
「……ならいいんだけどよ。それより、後は頼んだぜ。」
ミゲルがドラゴンを指差すので、キリハは一瞬だけ口元をひきつらせた。
わざわざ《焔乱舞》を使わなくてもいいのではないか、と。
先ほどまで考えていたことが、喉元までぐっとせり上がってくる。
「ああ……うん、分かった。」
しかし、実際に言の葉に乗せるのは了承の意。
当たり前だ。
ここにいながら、《焔乱舞》の使用を拒むわけにはいかない。
それに、今は眠っているとはいえ、《焔乱舞》によって一瞬で終わらせた方が、このドラゴンとしても幸せだろうから。
「じゃあ……みんな、下がっててくれる?」
ミゲルやルカたちを見回し、キリハはいつもどおりの言葉をかける。
だが……
「キー坊……今日のお前、大丈夫か? おれだけでも傍にいるぜ?」
こちらの身を案じてか、今日はミゲルがそう言ってきた。
キリハは、その提案に首を横に振る。
「大丈夫。」
「でもよ―――」
「いいから!!」
唐突に響いたキリハの怒鳴り声に、撤退を始めていたルカたちやドラゴン殲滅部隊の人々の視線が集まる。
皆一様に、驚愕と困惑を浮かべた表情をしていた。
何事かと囁く声がざわめきとなり、この場に騒然とした空気をもたらす。
しかし、この場で一番驚いていたのは他でもないキリハ自身だった。
我に返って口元に手をやるその顔は青ざめていて、見開かれた双眸からは動揺が見て取れる。
「ごっ……ごめん。ほら、この間みたく、みんなに火傷とかさせたくないしさ……」
とっさに笑顔を取り繕うも上手くいかず、キリハは悔やむように唇を噛んでミゲルに背を向けた。
「一人にして…。そうじゃないと、焔が使えないんだ。」
無理に吐き出した声は、かすれそうなほどの切なさに満ちていた。
「お、おう……」
すっかり呆気に取られていた様子のミゲルが、ぎこちなく頷く。
人の気配が遠退いていくのを、キリハは胸が引き裂かれるような思いで待った。
最悪だ。
自分のことを心配してくれた人に当たり散らしてしまうなんて。
《焔乱舞》の使用を躊躇っているのは自分勝手な感情であって、ミゲルは関係ないというのに。
でも、今回の流れを見ていて思ってしまったのだ。
少しずつ場数を踏んできた今なら、もしかしたら《焔乱舞》を使わずともドラゴンを倒すことができるのではないかと。
今自分がここまで注目されているのは、《焔乱舞》がドラゴン討伐に必要不可欠だと思われているから。
もし《焔乱舞》がなくともドラゴンを倒せるとなれば、人々の関心も自分から離れるかもしれない。
そして自分は、《焔乱舞》に選ばれた特別な竜使いから、一人の竜使いに戻れるかもしれない。
……なんて自己中心的で、後ろ向きな考えだろう。
「………っ」
目元を歪め、キリハはドラゴンを見上げる。
眠ってはいても、全身から血を流し、至る所から鱗を剥ぎ取られたその姿は、目をつむりたくなるほどに痛々しい。
人の気配は、もう近くにはなかった。
キリハは目を閉じ、そっと《焔乱舞》に手をかける。
いくら使うの躊躇ったところで、結局自分には《焔乱舞》を使う以外の道など選べない。
こんな苦しそうなドラゴンを目の前にして、この剣を抜かないわけにはいかないもの。
このドラゴンには、人間側のしがらみなど関係ないのだから。
「今、終わらせるから……」
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