竜焔の騎士

時雨青葉

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第4章 決まっている勝利

魔境からの介入

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「キリハ君……だったかな? 少しいいかい?」


 キリハがその男性に声をかけられたのは、開会式も終わって、選手たちがそれぞれの競技場に移動した後。
 誰もいなくなった特別控え室でのことだった。


「そうだけど……誰?」


 キリハは眉をひそめて首を傾げる。


 無駄にカメラに囲まれたくなかったら、試合が始まってしばらく経ってから出てこい。
 ミゲルにそう言われてたので、こうして一人で特別控え室にこもっていたわけだが、こんな客が来るとは聞いていなかった。


 そもそも、ここには自分が知らない人間など入ってこないはずだけど……


「国防軍参謀局第一部隊隊長、並びに国防軍総督部序列第二位のランドルフという。君とは一度、国防管理部の会議室で会っていると思うが。」


「!!」


 キリハは大きく目を見開き、次に威嚇態勢でランドルフを睨んだ。


「ああ、そんなに身構えないでくれ。私から君に近づいたりはしない。」
「だったら、さっさと出てってよ。」


 総督部と聞いただけで気分が悪い。
 しかもあの時あの部屋にいたということは、彼はあの下衆げすどもの仲間ということではないか。
 話を聞く気もない。


「はあ…。君の警戒は仕方ない。だから、話も手短に終わらせるよ。ジョーもちゃんと、話を通しておいてくれればいいものを。」
「……え?」


 何を言われても拒否するつもりでいたキリハは、思わず肩を震わせた。


 今ランドルフは、ジョーの名前を出さなかったか?


 身を固くするキリハが見つめる中、ランドルフはポケットから、折り畳まれた一枚の紙を取り出した。


「毎年、ジョーに渡していたんだけどね。今年はジョーがディアラントと同じブロックになってしまったから、代わりに君に託そうと思ってここに来たんだ。何せ、他の所は盗聴器だらけで、話どころではないからね。」


 一言も発しないキリハには構わず、ランドルフは手に持つ紙片をひらひらと掲げる。


「これをミゲルに渡しなさい。多分ミゲルなら、ジョーから何かしら聞いているだろう。ディアラントの試合の時間まで、まだ余裕がある。」


「嫌だって言ったら?」


 うなるような声で訊ねるキリハ。


 ジョーやミゲルの名前を出されたところで、怪しいものは怪しい。
 すぐに信用しろと言う方が無理だ。


 ランドルフは静かに目を閉じ、持っていた紙片を机に置いた。


「判断は君次第だ。これがミゲルの手に渡らなかったら―――その時は、ディアラントが死ぬかもしれないだけだ。」


「!?」


「じゃあ、確かに託したからね。お師匠さんを守りたいなら、騙されたと思ってこれをミゲルに渡してごらん。」


 ランドルフはそう言って、あっさりと部屋から去っていった。


 キリハはしばしその場にたたずみ、意を決して机の上に乗る紙片を取り上げた。


 中を開くと、そこにはいくつもの数字とアルファベットが並んでいる。
 何も知らない自分には意味の分からない暗号だが、分かる人間には通じるのかもしれない。


「………」


 キリハはじっと紙面を見つめた。


 託されたのは、この紙が一枚だけ。
 この前のように、薬ではない。


 でも、本当に信じてもいいのだろうか?


 特に悪質な交渉などを持ちかけてこなかったとはいえ、彼もまたジェラルドと同じく、総督部の人間だ。
 これが罠である可能性は十分に高い。


 やはり、彼の言葉に従うのは気が引けるが……


『その時は、ディアラントが死ぬかもしれないだけだ。』


 頭の中に警鐘を鳴らすのは、ランドルフが告げたこの言葉。


 迷っている時間がないなら―――


 キリハは紙片をポケットに突っ込み、特別控室のドアを開いて廊下へと飛び出した。

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