竜焔の騎士

時雨青葉

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第1章 《焔乱舞》の静まり

ドラゴンよりも、お前の方が―――

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 なんで……なんで!?




 泣きたくなる気持ちを振り払うように、キリハは早足で廊下を駆けた。


 引っ掻き回しているのは自分。
 そんなの分かってる。
 自分が大人しく皆の意見を受け入れれば、ある意味一番穏やかにこの件には片がつく。


 でもそれは、二つの命を見捨てるということ。
 そんな悲しい結末、認められるわけがない。


 暴れられたら危険?
 自分たちでその原因を作っておいて、何を言っているのだ。


 仕方ないだろう?
 誰だって傷つけられれば、自分の命を守るために牙を剥く。
 それは、人間に限ったことではないはずだ。


 ドラゴンたちは自分を守るために必死なだけなのに、それを危険だと言われても意味が分からない。
 彼らを危険だと責めるなら、普段からドラゴンたちと戦っている自分たちはなんだというのだ。


 今回については、悪いのはあのドラゴンたちじゃない。
 自分たちの都合を押しつけようとする人間の方が、よっぽど悪者だ。




 ――――――ッ!!




 その時鼓膜をつんざいたのは、甲高い鳴き声。


「!?」


 キリハはその場で足を止めた。


 今の鳴き声は、まさに自分が向かっている先から聞こえてきたもの。


「―――っ」


 瞬く間に広がる嫌な予感。
 それはすぐに、足を突き動かす衝動となる。


「どうしたの!?」


 地下シェルターの入り口で耳を塞いでいる男性の姿を見つけ、キリハはたまらず彼らに詰め寄った。
 そこにいたのは、ドラゴン殲滅部隊のアイロスとネグレだ。


「キリハ君……」


 息を切らせるキリハの姿に、アイロスとネグレは明らかに困った表情をした。


「何かあったの?」


 再度キリハは訊ねる。
 すると逡巡しゅんじゅんする素振りを見せながらも、アイロスが重たげな口を開いた。


「分からない。さっきから、急にドラゴンが暴れ出したみたいで…。俺たちも、迂闊うかつに近寄れないんだよ。」


 アイロスが説明する間にも、ドアの向こうからは、激しい鳴き声と地面を踏む重たい音が響いてくる。


「………っ」


 息を飲んだキリハは、ドアを開こうと床を蹴った。
 しかしそれは、途端に慌て出したネグレに阻止されてしまう。


「ちょっ……離して!」
「だめだって! 今入ったら、危ないだろ!?」


「だって…っ」
「気持ちは分かるけど、今はこらえてくれ! お前が怪我でもしたら…っ」


「じゃあ、あの子たちはどうでもいいっていうの!?」
「しょうがねぇだろ!? おれはドラゴンよりも、お前の方が大事なんだから!!」


「………っ」


 ネグレの訴えに、言葉がつまった。


 ネグレはドラゴンがうとましくて、自分を遠ざけようとしているわけじゃない。
 ただ自分のことが心配で、こうして止めてくれているのだ。


 暴れるドラゴンに近づくなんて、確かに無謀な自殺行為。
 それが分からないほど馬鹿じゃない。


「でも…っ」


 キリハは顔を歪める。


 危ないことは、十も百も承知だ。
 でも、放っておけるわけがない。


 ドア一枚挟んだ向こう側で、ドラゴンたちが苦しんでいるかもしれないのに―――




「ネグレ君。」




 その時、アイロスが静かにネグレを呼んだ。


「行かせてあげて。」
「!!」


 アイロスの言葉に、キリハはすがるような目で彼を見つめる。


「何言ってるんですか、アイロスさん!!」


 目を見開くネグレは、キリハの前からどこうとしない。


「何かあってからじゃ遅いんですよ! おれは、またキリハに死ぬような思いをさせるのは嫌です!!」
「分かってるよ。俺だってそうだ。でも、今キリハ君が望んでるのは、守られることじゃない。」


「それは、そうかもしれませんけど…っ。でも、ジョーさんからの指示では……」


 ネグレの口からジョーの名を聞き、心臓がどきりと跳ねた。


 さすがはジョーだ。
 自分がこうして地下に来ることを誰よりも早く予測して、自分をドラゴンに近づけないように手を打っていたらしい。


『僕は、一刻も早くドラゴンを処分すべきだと思いますよ。』


 それだけ、あの言葉が本気だということだ。


「それも分かってる。」


 アイロスの声は、あくまでも穏やかだった。


「ジョー先輩の考えに文句はない。あの人の判断には余計な遠慮がない分、いつだって公平的で正しいよ。でもね……」


 キリハを見つめるアイロスの目に宿るのは、深いうれいだった。


「このままじゃ、キリハ君が傷つくだけだ。何も分からないままで遠ざけるのは、力でねじ伏せるのと変わらないよ。たとえ、どうしたって結論が変わらないとしても……キリハ君には、納得できるまで足掻く権利があると思うんだ。」


 アイロスはキリハの手を取ると、キリハの目をまっすぐに見つめた。


「キリハ君、約束して。絶対に無茶はしないこと。危険だと思ったら、すぐに引くんだよ。いいね? もしドラゴンが君に危害を加えようとしたら、その時は―――」


 アイロスの瞳に険しい光がよぎる。


「その時は、悪いけどドラゴンを斬るよ。」
「………っ」


 その瞳に込められたすごみに、キリハは一瞬、答えることを躊躇ためらってしまった。


『そんなに簡単に、自分を投げ出すな。』
 

 ディアラントの言葉が、痛いほどに突き刺さる。


 捨て身になるのは簡単だ。
 でも、それで危険な目に遭うのは、自分だけじゃないのだ。


 自分が周囲に構わず身を投げ出せば、そのせいでドラゴンたちが殺されるかもしれない。
 アイロスの態度と口調が、それを訴えてきていた。


「……分かった。」


 少しの沈黙の後、キリハはこくりと頷いた。


 リスクは高い。
 でも、せっかくアイロスが行かせてくれようとしているのだ。
 その想いは無駄にしたくない。


「そう。」


 アイロスは、そっと目を閉じて頷いた。

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