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第1章 見え隠れする白い影
ジャミルの構想
しおりを挟む「気を悪くされたなら、申し訳ありません。」
デリケートな話題であることは分かっているらしく、ジャミルはすぐさまそんな断りを入れてきた。
「眠るあなたを見ていて、考えてしまったのです。あなたは竜使いである逆境をはね除けて、現場の最前線で差別なく命と向き合っているというのに……私たちは何をしているのだろうと。」
「………」
「本来なら、現場を変えるのは上の役目。しかし私は、自分の病院に竜使いがいないのをいいことに、その役目から目を背けていたようです。ワンズ先生は素晴らしいですね。自ら竜使いの街に病院を構えて、あなたを堂々と応援しているんですから。」
「………」
どうしよう。
どんなコメントをお返しするべきか。
思わず、戸惑ってしまった。
なるほど。
宮殿に行ったルカが、何かにつけて複雑そうに顔をしかめている理由が分かった。
別に差別されたいわけではないのだが、差別される環境に慣れすぎてしまったが故に、普通扱いされるのは戸惑う。
しかも、そんな風に後悔するような態度を取られると、こちらとしてはどうすればいいのか分からないのだ。
この状況で、自分が言えるのは……
「このVIP扱いで、十分に空気は変えたと思いますよ?」
その一言のみだった。
界隈に名を馳せる権威が、倒れた竜使いを自身の病院に受け入れた。
しかも一等病室に担ぎ込むだけではなく、自らその治療にあたっているとなれば、その影響力はいかばかりか。
間違いなく、ここを出た自分を見る目は変わっていることだろう。
「あはは。そんな当然のことを持ち上げないでくださいよ。私だって、善意と後悔だけであなたを特別室に運んだわけじゃないんです。」
「へえ…。では、そこにある下心とは?」
そうそう。
そっちの方がしっくりくる。
「……あ。」
無意識にまた軽口を叩いてしまったことを自覚し、すぐにそれを反省。
やってしまった。
普通に訊けよという話なのに、頭と口が勝手に嫌味な訊き方をしてしまった。
こうして自身を振り返ると、ルカほど露骨じゃないだけで、自分も相当ひねくれたタイプなのかもしれない。
「失礼しました。申し訳ありません。」
「いえいえ。それにしても、エリク先生……随分とたくましい根性をお持ちですね。」
「人命を前に、差別でへこたれている暇がありますか? 差別で怯んだ隙に、いくつの命が零れ落ちていくか分からないんです。この道に進む以上、くだらないプライドや繊細さなんてポイですよ。」
この話なら、院長にもラスターにもしたことがある。
そして、この話を聞いた九割がこう言うのだ。
「タフですねぇ……ある意味、医者にぴったりだ。」
ほらね。
「失礼。別に、悪い意味で言ったわけじゃないんです。」
「気にしないでください。院長にもラスターにも言われましたから。」
「そうでしょうね。ワンズ先生があなたを後継者レベルで可愛がっている理由が、よく伝わりました。」
「え? 社畜奴隷の間違いでは?」
「ほら。あなたはまた……」
「あ…」
「ふふふ…。でも、こんなあなたになら、私も下心を明け透けなく話せそうですね。」
どこかほっとした様子のジャミルは、まっすぐにエリクを見つめた。
「実は、私の研究に協力していただけないかと思いまして。」
「先生の研究に…?」
「ええ。」
頷くジャミル。
「以前から構想はあったんです。竜使いに特徴的な赤い瞳には、何かしら特異的な仕組みがあるのではないかと。それを解き明かせれば、そこから竜使い独特の疾病が見つかるかもしれないし……差別の象徴たるその瞳を、消すことも可能なんじゃないかと。」
「―――っ!!」
その発言に、エリクは思わず息を飲んだ。
この赤い瞳が、なくなれば……
竜使いを見分ける手段がなくなるのだ。
時が流れるにつれて、差別的風潮も自然と薄らいでいくはずだ。
「……なんだ。ずっと前から、世界を変えようとなさっていたんじゃないですか。」
気付けば、笑みが零れていた。
それに合わせて、ジャミルも微笑む。
「思っていても、行動に起こせていないのでは意味がありませんよ。構想自体はあったものの、竜使いの方の協力はなかなか得られなくて……」
「そういうことでしたら、喜んで協力します。」
断る理由はないので快諾。
すると、ジャミルが嬉しそうに目を細めた。
「それはよかった。ようやくこの研究に手をつけられると思うと、とても嬉しいです。……では、詳しくは後日話すとして、邪魔者は早く退散するとしましょう。」
そんなことを言って、ジャミルは席を立った。
「邪魔者って……」
「ふふ。」
不可解そうなエリクに、ジャミルは含み笑いを一つ。
「可愛い子供たちが、応接室で今か今かと待っていますよ。これ以上あなたを独り占めしては、あの子たちに恨まれてしまう。」
「!!」
それだけで、誰がここに来ているのかが分かった。
「ちゃんと構ってあげてくださいね。あの子たち、毎日ここに来ては、面会時間が終わるまであなたの傍に張りついていたんですから。」
「……はい。」
これはこれは。
この後しばらく、休む時間はなさそうだ。
苦笑と照れ笑いが混ざった表情をするエリクは、去っていくジャミルを無言で見送った。
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