竜焔の騎士

時雨青葉

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第3章 裏切り

共倒れ

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「カレンちゃん!」


 翌日の昼過ぎ。
 会議室にカレンが入ると、血相を変えたサーシャがすぐに彼女へと駆け寄った。


「ルカ君は……」


「大丈夫。今は病院でぐっすりと眠ってるよ。朝になってようやく仮眠を取るって言ってくれたから、先生にお願いして、鎮静剤と栄養剤を打ってもらっちゃった。」


「カレンちゃんは、大丈夫?」


「あたしはまだ平気。これが終わったら、寝かせてもらうつもりだし。」


「そっか……」


「うん。……キリハは、まだ起きない?」


 訊ねると、憔悴しょうすいしていたサーシャの表情が、さらに暗くかげった。


「うん…。お医者さんの話では、検査結果に薬物反応はなかったって…。だから、キリハ自身が起きたくないのかもしれないって…っ」


「そう…。そんなに、ひどい光景だったんですね。」


「………」


 質問を投げかけた先で、ディアラントとミゲルは険しい表情で目を逸らしてしまう。
 ターニャとフールも、沈痛な雰囲気で黙り込んでいた。


 さすがにショッキングすぎるから、この場では言えない。


 キリハの危険を察知したルカがそう言っていたけれど、そんな表現では生ぬるいくらいの光景だったのだろう。


 一様に口を閉ざして詳しくは語りたがらない彼らを見ていると、キリハが現実を拒絶するのも仕方ないように思えた。


「これから、どうするんですか…?」
「どうする……っつってもな……」


 カレンの問いに、ミゲルが隣へと目を向ける。
 そこで深く考え込んでいたディアラントは、やがて小さく肩を落とした。


「そうですね。キリハもジャミルも眠っている今は、警察の調査報告を待つしかないですね。詳しい話は、二人が起きてから―――」


「馬鹿なことを言ってんじゃないよ!!」


 ディアラントの言葉を遮るように、大きな怒号がとどろいたのはその時。


「今のキリハ君とルカ君が、どんなにひどい精神状況だと思ってるの!? それなのに、詳しい話…? 思い出したくないことを無理に話させて、傷口を余計に広げるつもりなの!? 事件の詳細が分かる情報なら、昨日のうちに集められるだけ集めて渡してやったじゃんかよ!!」


 空気をつんざく、激情がこもった声。
 怒鳴られたディアラントを始め、室内にいる全員が戸惑いに揺れる。


 それは、発言の内容そのものに対する戸惑いではない。
 その発言をした人物に対するものだ。




「ジョー先輩…?」




 躊躇ためらいがちに、ディアラントがその人の名前を呼ぶ。


「………っ。あ……」


 それで我に返ったらしいジョーは、自身も戸惑ったように口を押さえた。


 これまで何が起こっても、笑みすら浮かべて冷徹に任務をこなしてきた彼。


 以前にキリハが生死の境をさまよった時にすら調子を崩さなかった彼が、ここまで感情をあらわにするなんて。


 狼狽うろたえる皆の視線が、ジョーに集まる。
 どうにか取り繕おうとしていた彼は、やがて諦めの息をついて片手で顔を覆った。


「……キリハ君は、気持ちが落ち着くまではレイミヤに帰そう。」


 覇気をなくした口調で、ジョーは言う。


「今のあの子に、ドラゴン討伐は無理だ。あの子につきっきりで寄り添ってくれる人たちのところで、どんなに時間をかけてでも、痛みをやわらげてあげるべきだよ。」


 ジョーが言うことももっともなので、誰も異論を唱えない。
 それを肯定と受け取ったジョーは、サーシャに目を向ける。


「サーシャちゃん。君もレイミヤに行って、キリハ君を支えてあげてくれないかな? 孤児院の人たちには、僕からお願いしておくから。」


「は、はい!」


 彼女もそれを望んでいるらしく、サーシャは表情を引き締めて深く頷いた。
 それに同じく頷きを返したジョーは、その隣にいるカレンに視線を移す。


「カレンちゃんも、今日は報告のために来てもらっちゃったけど、休んだらすぐに病院に戻って。絶対に、ルカ君から目を離さないであげて。」


「最初からそのつもりです。」


 力強く言い切るカレン。
 それにジョーは、安心したように表情を緩めた。




「―――ジョー、。」




 その時、まとまりかけた話に別の声が割り込む。


「君もしばらく、フィロアから離れなさい。」


 ハッとしたジョーに、声の主であるフールはそう命じた。


「別に、ここに残りたいと言うなら止めはしない。だけど―――」


 すっと下がる、深みのあるフールの声。




「ジャミルを……特に、エリクを殺さずにいられる自信が、君にはあるかい?」




 とんでもないフールの質問。
 それに、その場の全員が驚いて目を剥く。


 しかし。


「………っ」


 問われた本人は、険しい表情で奥歯を噛み締めて、握った拳を震わせるだけ。
 質問への答えは、明らかだった。




「よく聞きなさい。―――。」
「―――っ!!」




 次に告げられた言葉に、ジョーはびくりと身をすくませる。
 顔を上げてフールを見つめる彼は、険しい表情を一転させて、ひどく弱々しい表情になっていた。


「エリクが残してくれた暗号が、結果としてキリハを救ったことは、君も分かっているね?」


「………」


「昨日、ルカがエリクの暗号を解読した文書を送ってくれた。まずは、それを読んで落ち着きなさい。暗号の解読方法も送ってもらったから、ルカ君の解読結果が疑わしいなら、原文を読むといい。君なら、五分もあれば解読方法を覚えられるだろう?」


「………」


 何一つ反論できないからか、ジョーは気まずげに視線を横に逸らす。
 そこで、これまで厳しかったフールの口調がやわらいだ。


「休みなさい。自分のことが分からない君のためにも言うけど、今の君は限界を何回も超えすぎてボロボロだ。これ以上無理を重ねたら、君は本当に死んでしまう。病院でだけじゃなくて、事件現場や宮殿でも発作を起こしてるんだろう?」


「え…?」


 大きな病気を連想させるようなフールの物言い。
 当然そんな光景を見たことがない人々は、新たな戸惑いと不安を胸にジョーを見る。


「………っ」


 ジョーは何も語らない。
 無意識に動いた彼の右手が、左腕のひじ辺りを強く握り締めた。


 その仕草に、フールは小さく息をつく。


「どんなに薬でごまかそうとしても、まるで効き目がない……体が必死に訴えているじゃないか。〝もう耐えられない〟って。」


「………」


「君はよくやった。十分すぎるほどに頑張ったよ。君が抜けた分のフォローは、ケンゼルとオークスが全力でやってくれるだろう。今はみんなを信じて―――」


「分かりましたよ。」


 その時、ずっと黙っていたジョーがそう告げた。
 肩から力を抜いた彼は、瞑目して溜め息をつく。


「確かに、僕があの人を殺すのは筋違いですね。あの人に復讐する権利は、ルカ君にしかありませんから。おっしゃるとおり、僕にも頭を冷やす時間が必要なようです。ただ―――」


 静かに開かれる瑠璃色の双眸。
 そこに宿るのは、強烈な敵意と拒絶。


「フォローなんて、くだらないことは考えないでいただけます? システム管理とレティシアたちの監督くらい、遠隔でいくらでもできるんですよ。僕の領域に、勝手に入ってこないでください。」


 そう告げた彼は、即座にその場からきびすを返す。


 明らかに周囲からの追及を嫌がった彼の手が、会議室のドアノブに触れようとしたところで、向こう側からドアが開いた。


「おい、会議は中止だ!!」


 汗を流しながら飛び込んできた彼は、戸惑うジョーや皆に構わず、矢継ぎ早に告げる。




「キリハ君の目が覚めたぞ!!」



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