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第4章 それぞれが深みへ……
強き知将の、唯一の爆弾。
しおりを挟む「はあっ!? ジョー先輩が、倒れたぁ!?」
どうにかキリハを落ち着けた後にミゲルからその報告を聞き、ディアラントは大きく目を剥いた。
「おいおい…。一体、何がどうなってんだよ……」
「《焔乱舞》を使えるキリハの不調だけでも大打撃なのに、後方支援と作戦指揮を統括するジョーさんまで倒れるなんて……どんなに楽観的に考えても、笑えませんね……」
ディアラントと共に今後のドラゴン討伐について話し合っていたターニャは、深刻そうに表情を曇らせた。
ドラゴン殲滅部隊は、左遷部隊という建前から、ただでさえ人数が少ない。
かなり効率的な討伐が可能になっているとはいえ、一人欠けるだけでも状況が大きく変わる。
竜騎士隊のルカ、カレン、サーシャの三人がまるっと抜けるだけでも痛手。
それなのに、レティシアたちと《焔乱舞》を操れる最大火力のキリハと、その対ともいえる最大頭脳のジョーが共に脱落なんて、冗談抜きに戦力半減以下と言っても過言ではない状況だ。
「それで、ジョー先輩は? 医者に引き渡したんですか?」
「いや……」
ディアラントの問いかけに、ミゲルは苦い顔。
「あいつ、自分でどうにかするの一点張りで……医者も拒否って逃げていきやがった。息もまともにできなくて、本当に死にかけみてぇな顔してたくせによ……」
「そんな……」
フールの表現が誇張でもなんでもなかったと分かる、ミゲルの証言。
それに、ディアラントもターニャも顔色をなくす。
ふとその時、遠くから激しく廊下を踏み鳴らす音が聞こえてくる。
それは迷いなく、こちらに近づいてきて―――
「おい! ア……ジョーはどこだ!?」
室内に乗り込んできた人物たちは、こちらを見るなりそう問い詰めてきた。
「ケンゼル総指令長……オークスさん…?」
情報部と研究部を治める大御所が揃い踏みとは。
まさかの大物の登場に、ディアラントたちは戸惑いを隠せない。
「呆けてないで答えろ!!」
「あの子は……あの子はどうなっとる!? まさか、もう手遅れになっとらんじゃろうな!?」
「え……え…?」
代表でケンゼルたちに詰め寄られるディアラントは、目を白黒とさせるしかない。
普段の飄々とした態度を完全に覆した、必死な表情。
上がった呼吸と答えを急かす眼差しが、如実に物語る。
〝どうか、間に合ってくれ。〟
そんな、切実な願いを―――
「ケンゼル、オークス。まだ大丈夫だよ。」
狼狽えるディアラントを救うように、別の声が二人に答える。
それは、ちょうど会議室に入ってきたフールだった。
「ミゲルから逃げたジョーを、僕が捕まえておいた。事情を知ってる僕が相手だったからか、まだ大人しかったよ。とはいえ……あれは、かなりまずそうだ。」
フールは重たげな溜め息をつく。
「完全に想定外だっただけに、精神的なショックが大きすぎたんだね。エリクとルカの現場を目撃してすぐ、呼吸不全の発作を起こした。それから何度も倒れてるみたいだけど、薬も全く効かないようだ。」
「ああ……」
「やっぱり…っ」
絶望に満ちた表情で顔を覆うケンゼルと、険しく唇を噛むオークス。
「それで、あの子は今……」
「安心して。今は、ランドルフに見張らせてるよ。しばらくは実家から仕事をするって言うから、ランドルフから親御さんに連絡させた。飛んで迎えに来るそうだ。」
「そうか……」
「それならまだ、救いはあるかもしれんのぅ……」
「そうは言っても、まだ安心には程遠いね。」
ユアンとしての口調のまま、フールは思案げに腕を組む。
「あの子の実家は、フィロアからさほど離れていない。ちょっとでも気が立ったら、すぐにジャミルやエリクを殺せてしまう。あの状況で仕事まで取り上げて無理に休ませたら、取り返しがつかないことになる可能性が高いか。」
「………」
ケンゼルもオークスも、フールの言葉を否定しない。
その沈黙を同意と受け取り、彼は静かに判断を下した。
「仕方ないね。ちょうど、キリハをレイミヤに帰す手はずを整えているところだ。キリハの護衛と監督をしろという名目で、レイミヤまで遠ざけよう。」
「……そうだな。あの子も飲み込める落としどころは、そこしかないか。」
「傷と傷を抱き合わせることに不安は残るが……ルカやエリクといさせるよりは、圧倒的にいいじゃろう。フール様、寛大な対応に感謝します。」
「気にすることないよ。僕だって君たちと同じく、あの子をこれ以上の深みには落としたくないんだ。」
深く頭を下げてきたケンゼルとオークスに、フールも沈痛な声音で答える。
「ちょっと……待ってくださいよ……」
三人の会話をただ聞くことしかできなかったディアラントが、そこで唇を震わせる。
「オレらにも分かるように話してくださいよ! ジョー先輩がどうしたっていうんですか!? あの人はこの事件に、なんの関係もないはずですよね!? 今は、キリハの方が―――」
「分かっとるわい。」
半ば混乱したディアラントの言葉は、静かなケンゼルの声に遮られる。
「分かっとる。今回の一番の被害者は、間違いなくキリハとルカじゃ。あの二人の心境を思うと、わしらも心が痛い。じゃが……すまんな。今のわしらにとって、キリハたち以上に心配なのはあの子なんじゃ。」
「悪く思わないでくれ。あの子は、僕たちにとっては孫も同然なんだ。傷だらけのあの子を見守り続けてきた、十五年の月日には勝てん。」
「十五年……」
ここでも出てくる〝十五年〟というキーワード。
次の言葉を継げないディアラントたち。
そんな彼らの前で、ケンゼルとオークスは崩れ落ちるように、近くの椅子へと腰かけた。
「事件の詳細を聞いた時は、心臓が止まるかと思ったわい…。よりにもよって、あんな場面を見てしまったとは。」
「あんな場面って、ルカ君とエリクさんのやり取りってことですよね…?」
それは察することができたので確認を取ると、ケンゼルとオークスは微かに頷く。
「それの何が、ジョー先輩にあそこまでのショックを与えたっていうんです? そりゃあ、オレだって結構なショックは受けましたけど、死にかけるほどじゃ―――」
「ああ、そうだ。」
ディアラントの戸惑いを、今度はオークスが肯定する。
「普通ならそうだろう。あの子だって、あの場面以外なら一ミリも動揺しなかったはずだ。初志貫徹の完璧主義で、憎たらしいくらいに強く、修羅場をくぐり抜けてきた子だからな。でも、あれだけはだめだ。あれだけは……」
オークスは、ぎゅっと目を閉じる。
「どうして……よりにもよって―――二度目だなんて……」
切ない声音で、オークスは絞り出すように告げる。
「このままじゃあ……ただでさえバラバラなあの子の心が………今度こそ、完全に壊れて消えてしまう…っ」
小さいながらも悲痛な響きを轟かせるようなオークスの嘆きに、ケンゼルもフールも深くうつむいて視線を逸らす。
三人が醸し出す深刻さは、安易な気休めを口にすることも許されないほどのものだった。
「十五年前に……あの人に、何があったっていうんですか…?」
当時のジョーは、まだ十三歳。
自分はもう、その時の記憶なんて曖昧だ。
それなのに十五年の月日を超えて、大人になったジョーを死の危険にまで追い込むほどの出来事。
そしてケンゼルやオークス、ランドルフやフールまでもが彼を心配し続けるほどの出来事。
自分には、到底想像がつかなかった。
「すまんの…。それは、わしらの口からは言えん。あの子が自分から話さなければ、意味がないことなんじゃ。」
憂いをたたえた瞳で眉を下げて、ケンゼルはこう続ける。
「自分自身で認めなければ……―――死んだ亡霊は、永遠に生き返らんのじゃよ。」
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