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第2章 崩壊までのカウントダウン
痛烈な本音
しおりを挟む『お願いします! キリハを助けてください!!』
数日前に聞いた声が、今日も耳を離れない。
なし崩し的に押し込まれてしまった特別病室。
そこで忙しなくパソコンのキーボードを叩きながら、ジョーは深く溜め息をつく。
(しかしまあ……本当に監視だけなんだ。処分が甘すぎるでしょ。)
扉の向こうにある気配を横目に見ながら、そう思う。
人を縛る法は数多あれど、さすがにドラゴンとの共謀を裁く法律はない。
ましてや、ドラゴンへの危害を裁く法律など論外。
そういう意味では、自分とルカの行為はなんの罪にも問われない。
しかし、自分が持っている情報とネットワークは、あまりにも膨大で危険。
弱みを握られて自分に逆らえない人間が、どれだけいると思っているのだ。
本来ならここは、反逆容疑でも吹っかけて自分を拘束した上で、自分から情報やネットワークを完全に遮断するべき。
そこまでしないにしても、携帯電話やパソコンは取り上げておくべきだっただろうに。
(そこまで……こんな僕を信頼してるとでも言いたいの?)
この判断を下したターニャとディアラントに向けて、心の中で毒づく。
(信頼、仲間、助け合い……聞いて呆れる。僕はただ、契約のために働いてきただけであって―――こんな国の奴らなんか、大っ嫌いなんだよ。)
どろり、と。
ひた隠しにしてきた復讐心が、とぐろを巻いて鎌首をもたげる。
『さっきの話を聞いて面白そうだと思ったから、わざわざここで待ってたんじゃねぇのか? オレの言うとおり、いい仕返し方法だろ?』
認めるのは癪だが、あのルカの発言は自分の心境を的確に射抜いていた。
確かに、あれは好奇心をくすぐられる提案だったとも。
大量のドラゴンに襲われて恐怖する有象無象を想像すると、少しばかり心が躍った。
ルカの誘いに乗れば、ランドルフとの契約を反故にすることになる。
理性的にそう判断する一方で、別にその契約にこだわる必要もないだろうと囁く自分もいた。
だって自分の復讐計画は、自分を裏切った兄を覚えている連中が、兄の死を知らぬまま死ねば達成なのだ。
ランドルフとの契約でテロ組織の奴らを根絶やしにしているのは、万が一にも兄の死を明るみに出さないための予防線に過ぎない。
彼らへの仕返し自体は十五年前に済んでいるので、兄を知る人たちが死んだ後なら、彼らが生きようが死のうが、それこそ秘密を暴露しようがどうでもいいのである。
それならば、ランドルフとの契約を履行しながら彼らの寿命を待たずとも、ドラゴンの強襲にかこつけて彼らを一気に葬ってしまうのもあり。
その過程で建物や墓も木っ端微塵になるだろうから、微かに残っている物理的な兄の痕跡だって綺麗に消せる。
両親やターニャたちはルルアにでも亡命させてやれば、その後のことはどうとでもなるのでは?
そんなことも考えていた自分は、かなりレクト側になびいていたと言えよう。
一度でもあの交渉に応えていたら、竜騎士隊と自分が抜けたドラゴン討伐をあえて失敗するように操り、ドラゴン討伐のノウハウを持っている奴らを自然な流れで潰していた自信がある。
それを、ギリギリで躊躇っていた理由は……
「………っ」
脳裏に浮かぶ、無邪気な面影。
とっさにそれを振り払うも、そうはさせないと言わんばかりに、少女の声が木霊する。
『今のキリハは、あなたが唯一の拠り所なんです。お願いします。私にできることなら、なんでもします。だから、あなたまで……ルカ君みたいに、キリハの傍から消えないでください…っ』
自分に深く頭を下げて、そう頼み込んできたサーシャ。
まさかこの事件の後、自分に一番に交渉を持ちかけてくる人物が彼女になろうとは。
(あの子、あんなに行動的な子だったっけ…? 特に興味を引くようなものもなかったし、記憶が薄いなぁ……)
自分の人間に対する記憶領域は、かなり極端にできている。
興味関心を持った相手は鮮明に網羅しているが、それ以外は霞にも等しくぼやけているのだ。
サーシャは間違いなく、霞側の人間だった。
(助けて、かぁ…。―――どうしてこの僕が、なんのメリットもないのに、セレニアの人間を助けなきゃいけないの?)
これまで何度も、サーシャのように助けを求められた。
その度にこう思ってきたし、そうやって自分を引き込もうとする奴らが腐りきっていたのもあって、うざったい蝿は容赦なく叩き潰させてもらった。
それなのに、何故自分はサーシャにこの言葉を突きつけられなかったのだろう。
そして今こうしてその気持ちをなぞっても、いまひとつ納得いかないのは何故なのだろう。
(まさか、この僕が情にでもほだされてたっていうの? こんなにもセレニア中を恨んで、復讐のためだけに生きてきた僕が?)
ありえない。
ありえるはずがない。
自分は、闇だけを見つめて生きていくと決めたんだ。
今さら善人ぶった光なんか見せないでくれ。
そんなもの、〝ジョー〟には必要ない。
ぐるぐると巡る思考が煩わしくて、何度も頭を振る。
ちょうどその時、オンライン通話の着信を知らせる通知音が、イヤホンから聞こえてきた。
助かった。
これは、ちょうどいい気晴らしになる。
ろくに相手の名前を見ないまま、とりあえず通話に出る。
「随分としけた顔をしているなぁ。―――アルシード・レイン。」
耳朶を打つのは、自信に満ちた傲慢な声。
それは―――今この時において、最も聞きたくなかった声だった。
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