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第4章 絶望から希望へ
起こった奇跡
しおりを挟む「―――あ…」
出てくる言葉が、それしかなかった。
ロイリアの腹部に、薬品が込められた弾丸が突き刺さっている。
それがレクトの血を打ち込まれた時の光景を彷彿とさせて、思考も体も凍ってしまう。
しかしそこで、以前とは違う変化が現れる。
「―――っ!?」
いち早くその異変を感じたキリハは、信じられない気持ちで手元を見下ろした。
「うそ…。焔が……鎮まっていく…?」
そんな馬鹿な。
先ほどまで《焔乱舞》は、ロイリアを救おうとして炎を撒き散らしていたはずだ。
その炎が鎮まっていくということは、ロイリアを救う必要がなくなったということ。
じゃあまさか、この弾薬は……
おそるおそる。
ゆっくりと後ろを振り返る。
そこでは……
「これで……どうだ…っ」
大きく息を荒げて。
額から大量の汗を流して。
発砲済みの銃を構えたままの、白衣姿のジョーがいた。
「キリハ君……焔は、収まった…?」
「う、うん……」
「じゃあ……焔としては、もうロイリアを殺す必要がないって……そう判断したってことでいいね…?」
「た、多分……」
キリハがぎこちなく頷くと、ターニャやディアラント、ミゲルたちが瞠目してジョーに注目する。
肩で大きく息をするジョーは、それを聞いて不敵に口の端を吊り上げた。
「この勝負……僕の勝ちだ…っ」
もはや、気合いだけで宣言したのだろう。
それが限界を突破するきっかけとなったらしく、ジョーは力尽きたようにその場に崩れ落ちてしまった。
「アルシード!!」
キリハは大慌てで彼に駆け寄る。
この十日ばかり、自分がどんなに我慢していたと思っているのだ。
ようやく会えたのに、また死にかけるなんてことだけはやめてくれ。
本気で耐えられない。
自分も崩れ落ちるようにジョーの傍に膝をついたキリハは、未だに呼吸が整わない彼の肩を何度も揺さぶる。
「アルシード…っ。―――アル……アルッ!!」
「あっ…ははっ」
泣きそうなキリハの叫びを聞くジョーが、ふいに笑い出したのはその時。
「何さ……もう愛称呼び? 僕をそう呼ぶのは、父さんや母さんくらいなんだけどな。本当に君は……隙があれば、すぐに近くまで寄り添ってきちゃうんだから。」
軽く咳き込みながら、くすくすと肩を震わせるジョー。
しばらくして顔を上げた彼は、優しく瞳を和ませてキリハの頭をなでた。
「まったくもう……天才科学者を死ぬほど働かせたお代は高いよー?」
「………っ」
その一言だけで、十分だった。
全てを悟ったキリハは、ぽろぽろと大粒の涙を流す。
「やっぱり……アルが、ロイリアを治す薬を作ってくれたんだね…っ」
「まあ、助けられる確証はなかったけどね。じっくりと検証してる時間もなかったから、デッドオアアライブのぶっつけ本番ばっか。おかげで、眠るどころか食事を取る時間すらなかったよ。……間に合ってよかった。」
そう言って息をついたジョーは、キリハの瞳をまっすぐに見つめる。
「命の対価は命だ。これで、貸し借りなしだからね?」
「え…?」
どういう意味だろうか。
泣きながら首を傾げるキリハに、ジョーは笑みに苦いものを交える。
「あら、自覚なし? 焔と一緒に僕を叩き起こしに来たのは、キリハ君じゃないの?」
「!!」
そう言われてハッとする。
(焔…。本当に、アルを呼び戻してくれたんだ……)
君の声なら届くかもしれない。
ユアンの言葉にすがって《焔乱舞》に託した願いは、ちゃんと彼に通じていたんだ。
「ちゃんと聞こえてたよ、君の声。まぁ……ちょっとうるさすぎて、頭が割れるかと思ったけど。」
「だ、だって!」
苦言を呈するジョーに、キリハは思わず反論する。
「絶対に嫌だったんだ! アルがいなくなっちゃうなんて!! アルは俺にとって特別なんだよ!? 近くにいてくれなきゃやだ! それくらい、アルが大好きなんだもん!!」
「はは……それも全部聞こえたって。だからちゃんと、戻ってきてあげたじゃない。炎の波に延々と追いかけられるのは、もうこりごりだよ。」
げんなりと肩を落としたジョーは、そこでキリハから目を逸らした。
「あの、さ……」
「何?」
「その……」
「?」
急にどうしたのだろう。
ちょっと赤らめた頬を掻いて視線を右往左往なんて、もしかして照れてます?
初めて見る彼の仕草に、キリハは目をまたたく。
涙も綺麗に止まってしまった。
「―――ありがとね。」
十分に間を置いた彼が告げたのは、感謝の言葉。
「僕を呼び戻してくれたことだよ。」
再度キリハと向き合って、ジョーは複雑そうな表情で瞳を伏せる。
「簡単に死んで、復讐から途中退場なんてごめんだって、そう思って生きてきたけど……あの時ばかりは、本気でだめだと思ってた。」
「アル……」
「だけど……君が呼んでいるなら仕方ないかって思えた。君が純粋に僕を必要としてくれて、僕に君を守りたいって認めさせてくれたから、僕は戻ってくることができたんだよ。」
そう語ったジョーの表情は少し暗かったけど、微笑みに宿る優しさは本物。
そんな彼の手が、もう一度キリハの髪を滑る。
「キリハ君。どうか、僕のようにはならないで。」
壮絶な過去を乗り越えてきた彼の願いが、心の奥にまで染み渡る。
「僕はともかく、君には復讐なんて似合わないよ。もちろん、どうしても我慢ならないっていうなら止めはしないけど……できることなら、ゆっくりと傷を癒して、復讐よりも大切なものを見つけて? そのためなら、僕はなんだってしよう。」
―――ああもう、ずるい。
闇の道を選んでもいいって、今まではそう言ってたくせに。
止めはしないって前置きは入れたけど、結局はその道を選ぶなってことでしょ?
でも……不思議だね。
サーシャに言われた時は怒っちゃったのに、アルシードに言われたらすんなりと受け入れられちゃったよ。
それはきっと……闇の中にいるからこそ、アルシードの光がより綺麗に見えるからで。
「その言葉……そっくりそのまま、アルにも返してやる…っ」
くしゃりと顔を歪めたキリハは、ジョーの胸に飛び込む。
そして、ようやく触れられた温もりを確かめるように、強く強くその体を抱き締めた。
「ありがとう…っ。ありがとう、アル…っ」
「うん。」
「よかった…。死んじゃわなくて、本当によかった…っ」
「うん。心配させてごめんね。」
「ほんとだよ! アルの意地っ張り! ひねくれ者! 鈍感!!」
「なんで、鈍感に一際力がこもってるの…?」
「自分に聞いて!! うう……ううう…っ」
どっと気が抜けて、涙が止まらない。
この短い期間に、一生分の絶望を味わった気分だった。
だけど、それで傷ついた分を取り返すように、奇跡のような出来事が立て続けに起こっている。
それらが自分に見せてくれるのは、確かな希望。
その希望を噛み締めると、胸がいっぱいで張り裂けそうだった。
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