竜焔の騎士

時雨青葉

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【番外編2】嵐との出会い

第5の嵐 初対面の衝撃

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 さすがのおれでも、アイロスがここまでかばっていた後輩に介入するわけ……まあ、するわけなんだが。


「邪魔するぜー。」


 おれは、剣術指南研究部の主な活動拠点となっている視聴覚室のドアを開ける。


 途端に視界が一気にかげり、明度差についていけないおれの目はしばし暗闇に沈んだ。


 視聴覚室は暗幕が閉めきられ、照明も落とされている。


 まるで小さな映画館のようなそこでは、十数人の学生たちがノートを片手に、大型モニターを睨んでいた。


 おれが視聴覚室に入ると、室内は微かなざわめきに包まれた。
 次に、一番後ろの席に座っていた男が席を立って近付いてくる。


「どうしたんだい、ミゲル。君がここに来るなんて、初めてなんじゃないかい?」


 声をかけてきたのは、部長のネイメルだ。


 超がつくほどの剣術オタクで、こいつに剣の流派について語らせたら、余裕で夜が明けるという。


 人柄が柔らかく懐も深いので、気弱な後輩は揃ってネイメルに集まるのだが、おれからすると正直少し苦手なタイプの人間だ。


 こいつに気を許したら、いつか寝首をかかれる。
 そんな、本能的な危機感がするのだ。


 おそらく、ジョーとは違ったタイプの頭脳派なのだろう。


 おれは視聴覚室を一望する。


 ここは、授業風景や過去資料を飽きるほど見続けて、剣とは何か、そして流派に込められた意味とは何かについて論じる部活だ。


 だからか少しばかり特殊な人間ばかりが集まっており、普通の人間が入りづらい空気をかもしている。


 はっきり言おう。
 周りからの評価は、根暗オタク集団である。


 そんなオタク連中は、おれのことをまるで異分子を見るような目で見つめていた。


 仮にも剣術指南とうたっているのだから、映像とばかりにらめっこしてないで、実際に高校生などの指南にでも行けばいいのだ。


 そう思ってしまうおれは、確かにこの空間においては異分子なのだろう。


「ちょっと、ここにいる新入生の顔を見に来ただけだ。」


 早くも居心地が悪くなってきたので手短に用件を伝えると、ネイメルを含めた剣術指南研究部の連中は、それぞれに驚愕の表情を浮かべた。


 その視線が滑るように視聴覚室の奥へと向かい、ある一点に集中する。


 視聴覚室の一番前にある教卓。
 映像を再生するためのパソコンの前に、お目当ての人物は座っていた。


 パッと見は、どこにでもいる普通の奴なんだがな……


 おれは、ディアラントをしげしげと観察する。


 別に飛び抜けて顔がいいというわけでもなく、身長もまあ並より少し高いくらいだろう。


 サイズの大きいパーカーを着ているせいで詳しい体格までは分からないが、そでからのぞく手はすらりと細い。


 となると、そこまで体力馬鹿というわけでもなさそうだ。


 正直、アイロスがあんな変な行動にさえ出なければ、おれはこいつのことなんか気にも留めなかったと思うが。


 さて、そんな感じで全員の視線を一身に受けるディアラントだが、当の本人は全く周囲の様子に気付いていないようだった。


 伏せがちの目はパソコンの画面に固定されていて、その意識は完全に映像の中に吸い込まれているらしい。


「あらあら。戦国世代の〝覇王〟直々のお出ましだっていうのに、あの子は…。ビデオを見始めると、本当に周りが見えなくなっちゃうんだから。」


 またその呼び名か。


 苦笑を呈するネイメルに殺気を込めた一瞥いちべつを送り、おれはすぐにディアラントへと視線を戻す。


 たまたまその時、おれはディアラントの手が微かに動いていることに気がついた。


 右手を思案げに口元に持っていき、胴に回した左手で右肘を支えているというディアラントの体勢。


 動いているのは、この場にいるほとんどの人間からは死角になって見えない左手の方だ。


 まるで一定のリズムを刻む指揮者のような動きかと思えば、急に不規則で乱暴な動きを示す左手。


 変な手癖だ。


 そう思っていたおれは、特に意識もせずディアラントの隣にある大型モニターに目をやって、大きな衝撃を受けた。


「………っ!?」


 慌ててディアラントの手元を確認。
 そしてさらに、もう一度モニターを確認。


 モニターに映っているのは、かれこれ十年以上前の国家民間親善大会決勝戦の映像記録。


 一歩進んでくるりとターン。


 身を屈めて相手の攻撃をかわした流れで、驚く相手の腹をめがけて剣を滑らせ、ギリギリで体勢を整えた相手と剣を交えて一拍停止。


 互いに剣を振り払い、軽くステップを踏むように三歩後ろへ下がる。


 この年の優勝者の動きを、ディアラントの左手は完璧なまでに追っていた。
 いや、追っていたという表現には語弊があるか。


 ディアラントの動きと映像の動き。
 それは寸分の狂いもなく、ピッタリと重なっていたのだから。


 まるで、ディアラントによって映像の動きが決められているような。
 そんな錯覚すらした。


「おい。あいつ……あのビデオを見るの、何回目だ?」


 おれには分からない。
 どれだけ繰り返し同じものを見続ければ、あそこまで完璧に動きを模倣できるのか。


「え? 初めてだけど?」
「……はあっ!?」


 一瞬何を言われたのか理解できず、おれはそんな素っ頓狂な声をあげていた。


「はあって……何をそんなに驚くんだい? まだ部に入って二週間しか経ってないんだから、当たり前だろう?」


「いや……お前、気付いてないのか?」
「何が?」


 ネイメルは不可解そうに眉を寄せる。
 他の部員たちも、おれに不思議そうな目を向けるだけだった。


 嘘だろ?
 初めて見る映像なのに、あそこまで動きを真似ることができるもんなのか?


 ―――答えは否。


 相手は人間だ。
 動きを定められている機械とは訳が違う。


 しかも、映像に流れているのは国一番の実力者を決める大会。
 初見で看破される程度の動きしかできないなら、あの大会で決勝まで進めるはずがない。


 試しにおれも映像を睨んでみたが、その動きを完全に把握することはできなかった。


 それなのに……あいつの左手は、魔法のように映像を支配している。




 たった一目見ただけで、どんな猛者もさの動きだろうと見抜けるのだとしたら……―――こいつの目は化け物だ。




 この時点で、おれのディアラントに対する認識は普通から大きく外れることになった。


「で、どうするんだい? 顔を見に来たって言ってたけど、声かける?」
「……ああ、頼むわ。」


 なかば茫然としながらもひとまず答えると、ネイメルは暗い視聴覚室の中をすたすたと歩いていった。


 ピクリとも動かないディアラントの隣に立ち、すっと手を伸ばすと、パソコンの電源を強制的に落とす。


「ああっ!?」


 途端に、ディアラントが絶望的な声をあげる。


 パソコンの側に置いてあったリモコンを取り上げて室内の照明をつけるネイメルに、ディアラントは抗議的な顔で頬を膨らませた。


「先輩! 今、いいところだったのにー!!」
「お客さん。君に。」
「へ?」


 ポカンと口を開け、ネイメルにうながされたディアラントがおれの方を見る。


 おれの姿をとらえたディアラントの表情が少しの間だけ驚きに彩られ、次に無邪気で悪戯いたずらっぽい笑顔に満たされていった。


「あ…。一応、はじめましてって言うべきですよね! お噂はかねがね。アイロス先輩からも、話は聞いてますよー!!」


 初対面とは思えないフレンドリーさだ。
 呆気に取られるおれに、ディアラントはくすくすと楽しそうな笑い声をあげる。


「この前、アイロス先輩から『お前なんか知らん!』って言われたんで、そろそろ来る頃かなーなんて思ってたんですよー。どうします? 場所変えましょうか? オレはここでも全然構いませんけど!」


 アイロスがあれだけの心労を抱えていたというのに、こいつの馬鹿らしいほどの明るさはなんなのだ。


「いや……別の場所で頼む。」


 さすがに、この空間にいることに耐えきれなくなってきた頃だ。


 頭を抱えつつそう答えたおれに、ディアラントは快く頷いて椅子から飛び降りるのだった。

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