539 / 598
【番外編2】嵐との出会い
第5の嵐 初対面の衝撃
しおりを挟むさすがのおれでも、アイロスがここまでかばっていた後輩に介入するわけ……まあ、するわけなんだが。
「邪魔するぜー。」
おれは、剣術指南研究部の主な活動拠点となっている視聴覚室のドアを開ける。
途端に視界が一気に翳り、明度差についていけないおれの目はしばし暗闇に沈んだ。
視聴覚室は暗幕が閉めきられ、照明も落とされている。
まるで小さな映画館のようなそこでは、十数人の学生たちがノートを片手に、大型モニターを睨んでいた。
おれが視聴覚室に入ると、室内は微かなざわめきに包まれた。
次に、一番後ろの席に座っていた男が席を立って近付いてくる。
「どうしたんだい、ミゲル。君がここに来るなんて、初めてなんじゃないかい?」
声をかけてきたのは、部長のネイメルだ。
超がつくほどの剣術オタクで、こいつに剣の流派について語らせたら、余裕で夜が明けるという。
人柄が柔らかく懐も深いので、気弱な後輩は揃ってネイメルに集まるのだが、おれからすると正直少し苦手なタイプの人間だ。
こいつに気を許したら、いつか寝首をかかれる。
そんな、本能的な危機感がするのだ。
おそらく、ジョーとは違ったタイプの頭脳派なのだろう。
おれは視聴覚室を一望する。
ここは、授業風景や過去資料を飽きるほど見続けて、剣とは何か、そして流派に込められた意味とは何かについて論じる部活だ。
だからか少しばかり特殊な人間ばかりが集まっており、普通の人間が入りづらい空気を醸している。
はっきり言おう。
周りからの評価は、根暗オタク集団である。
そんなオタク連中は、おれのことをまるで異分子を見るような目で見つめていた。
仮にも剣術指南と謳っているのだから、映像とばかりにらめっこしてないで、実際に高校生などの指南にでも行けばいいのだ。
そう思ってしまうおれは、確かにこの空間においては異分子なのだろう。
「ちょっと、ここにいる新入生の顔を見に来ただけだ。」
早くも居心地が悪くなってきたので手短に用件を伝えると、ネイメルを含めた剣術指南研究部の連中は、それぞれに驚愕の表情を浮かべた。
その視線が滑るように視聴覚室の奥へと向かい、ある一点に集中する。
視聴覚室の一番前にある教卓。
映像を再生するためのパソコンの前に、お目当ての人物は座っていた。
パッと見は、どこにでもいる普通の奴なんだがな……
おれは、ディアラントをしげしげと観察する。
別に飛び抜けて顔がいいというわけでもなく、身長もまあ並より少し高いくらいだろう。
サイズの大きいパーカーを着ているせいで詳しい体格までは分からないが、袖から覗く手はすらりと細い。
となると、そこまで体力馬鹿というわけでもなさそうだ。
正直、アイロスがあんな変な行動にさえ出なければ、おれはこいつのことなんか気にも留めなかったと思うが。
さて、そんな感じで全員の視線を一身に受けるディアラントだが、当の本人は全く周囲の様子に気付いていないようだった。
伏せがちの目はパソコンの画面に固定されていて、その意識は完全に映像の中に吸い込まれているらしい。
「あらあら。戦国世代の〝覇王〟直々のお出ましだっていうのに、あの子は…。ビデオを見始めると、本当に周りが見えなくなっちゃうんだから。」
またその呼び名か。
苦笑を呈するネイメルに殺気を込めた一瞥を送り、おれはすぐにディアラントへと視線を戻す。
たまたまその時、おれはディアラントの手が微かに動いていることに気がついた。
右手を思案げに口元に持っていき、胴に回した左手で右肘を支えているというディアラントの体勢。
動いているのは、この場にいるほとんどの人間からは死角になって見えない左手の方だ。
まるで一定のリズムを刻む指揮者のような動きかと思えば、急に不規則で乱暴な動きを示す左手。
変な手癖だ。
そう思っていたおれは、特に意識もせずディアラントの隣にある大型モニターに目をやって、大きな衝撃を受けた。
「………っ!?」
慌ててディアラントの手元を確認。
そしてさらに、もう一度モニターを確認。
モニターに映っているのは、かれこれ十年以上前の国家民間親善大会決勝戦の映像記録。
一歩進んでくるりとターン。
身を屈めて相手の攻撃をかわした流れで、驚く相手の腹をめがけて剣を滑らせ、ギリギリで体勢を整えた相手と剣を交えて一拍停止。
互いに剣を振り払い、軽くステップを踏むように三歩後ろへ下がる。
この年の優勝者の動きを、ディアラントの左手は完璧なまでに追っていた。
いや、追っていたという表現には語弊があるか。
ディアラントの動きと映像の動き。
それは寸分の狂いもなく、ピッタリと重なっていたのだから。
まるで、ディアラントによって映像の動きが決められているような。
そんな錯覚すらした。
「おい。あいつ……あのビデオを見るの、何回目だ?」
おれには分からない。
どれだけ繰り返し同じものを見続ければ、あそこまで完璧に動きを模倣できるのか。
「え? 初めてだけど?」
「……はあっ!?」
一瞬何を言われたのか理解できず、おれはそんな素っ頓狂な声をあげていた。
「はあって……何をそんなに驚くんだい? まだ部に入って二週間しか経ってないんだから、当たり前だろう?」
「いや……お前、気付いてないのか?」
「何が?」
ネイメルは不可解そうに眉を寄せる。
他の部員たちも、おれに不思議そうな目を向けるだけだった。
嘘だろ?
初めて見る映像なのに、あそこまで動きを真似ることができるもんなのか?
―――答えは否。
相手は人間だ。
動きを定められている機械とは訳が違う。
しかも、映像に流れているのは国一番の実力者を決める大会。
初見で看破される程度の動きしかできないなら、あの大会で決勝まで進めるはずがない。
試しにおれも映像を睨んでみたが、その動きを完全に把握することはできなかった。
それなのに……あいつの左手は、魔法のように映像を支配している。
たった一目見ただけで、どんな猛者の動きだろうと見抜けるのだとしたら……―――こいつの目は化け物だ。
この時点で、おれのディアラントに対する認識は普通から大きく外れることになった。
「で、どうするんだい? 顔を見に来たって言ってたけど、声かける?」
「……ああ、頼むわ。」
半ば茫然としながらもひとまず答えると、ネイメルは暗い視聴覚室の中をすたすたと歩いていった。
ピクリとも動かないディアラントの隣に立ち、すっと手を伸ばすと、パソコンの電源を強制的に落とす。
「ああっ!?」
途端に、ディアラントが絶望的な声をあげる。
パソコンの側に置いてあったリモコンを取り上げて室内の照明をつけるネイメルに、ディアラントは抗議的な顔で頬を膨らませた。
「先輩! 今、いいところだったのにー!!」
「お客さん。君に。」
「へ?」
ポカンと口を開け、ネイメルに促されたディアラントがおれの方を見る。
おれの姿を捉えたディアラントの表情が少しの間だけ驚きに彩られ、次に無邪気で悪戯っぽい笑顔に満たされていった。
「あ…。一応、はじめましてって言うべきですよね! お噂はかねがね。アイロス先輩からも、話は聞いてますよー!!」
初対面とは思えないフレンドリーさだ。
呆気に取られるおれに、ディアラントはくすくすと楽しそうな笑い声をあげる。
「この前、アイロス先輩から『お前なんか知らん!』って言われたんで、そろそろ来る頃かなーなんて思ってたんですよー。どうします? 場所変えましょうか? オレはここでも全然構いませんけど!」
アイロスがあれだけの心労を抱えていたというのに、こいつの馬鹿らしいほどの明るさはなんなのだ。
「いや……別の場所で頼む。」
さすがに、この空間にいることに耐えきれなくなってきた頃だ。
頭を抱えつつそう答えたおれに、ディアラントは快く頷いて椅子から飛び降りるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
雷王、大いに懊悩す~ラスボス魔王、使命を果たして元の世界に戻りたくない異世界転移チート勇者によって全力で延命させられるの巻~
朽縄咲良
ファンタジー
――「要するに、アンタには死なれちゃ困るんだよ。俺が、この異世界で幸せな一生を送って、天寿を全うするまで、な」
魔族を統べる魔王イラ・ギャレマスは、自身の城へと攻め込んできた“伝説の四勇士”の三人、ジェレミィア・ファミィ・エラルティスを、その圧倒的な力を以て圧倒する。
残るは、黒髪黒目の冴えない男――シュータ・ナカムラのみ。
だが……シュータは、魔法陣で三人の仲間を魔王城の遥か彼方へと吹っ飛ばし、ただひとりで魔王と対峙する。
――そして、二十分後。
不様に大理石の床に這いつくばっていたのは、魔王ギャレマスの方だった。
シュータの繰り出す圧倒的なチート攻撃の前に為す術もないギャレマスは、自身の敗北と迫りくる死を覚悟するが、そんな彼に対し、シュータは不敵な笑みを浮かべながら、意外な提案を持ちかけるのだった――。
「なぁ、魔王。ここはひとつ、手を組もうぜ……!」
『地上最強の生物』だが、めっぽうお人好しで、バカが付くくらいに娘の事を溺愛している中年オヤj……ナイスミドル(忖度)の魔王が、反則級のチートマシマシ異世界転移勇者をはじめとした周囲の者たちに翻弄されまくるコメディファンタジー、ここに開幕!
哀れな魔王の、明日はどっちだ……?
(表紙イラストは、ペケさんから戴きました)
*小説家になろう・ノベルアッププラスにも、同作品を掲載しております。
【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-
ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!!
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。
しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。
え、鑑定サーチてなに?
ストレージで収納防御て?
お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。
スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。
※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。
またカクヨム様にも掲載しております。
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
封印されていたおじさん、500年後の世界で無双する
鶴井こう
ファンタジー
「魔王を押さえつけている今のうちに、俺ごとやれ!」と自ら犠牲になり、自分ごと魔王を封印した英雄ゼノン・ウェンライト。
突然目が覚めたと思ったら五百年後の世界だった。
しかもそこには弱体化して少女になっていた魔王もいた。
魔王を監視しつつ、とりあえず生活の金を稼ごうと、冒険者協会の門を叩くゼノン。
英雄ゼノンこと冒険者トントンは、おじさんだと馬鹿にされても気にせず、時代が変わってもその強さで無双し伝説を次々と作っていく。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる