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【番外編2】嵐との出会い
第6の嵐 揺れる確信
しおりを挟む「なあ……お前は、馬鹿なのか?」
学生寮の最上階にあるカフェテリア。
ディアラントと一緒にそこへ移動したおれは我慢できず、開口一番にその言葉をぶつけた。
「ふえ?」
クロワッサンをかじっていたディアラントは、きょとんとした顔でおれを見やる。
「ふぁかって……いひなり、ふごいほほひひまふね。」
「おい、パンをくわえたまましゃべるな。」
半目で見下ろすと、ディアラントは「ふぁーい」と間の抜けた返事をして、もごもごとクロワッサンを噛む。
「なんか、さすがにアイロスが可哀想に思えてきてよ。お前、あいつがどれだけ胃痛と格闘してたか知ってっか?」
「はい、もちろん。いやぁ、高校時代から変わりませんね、アイロス先輩も。」
こいつは、笑顔でむごいことを……
「いや。オレも、アイロス先輩の配慮には感謝してますよ? 入学前に呼び出されて、みっちりきっちりと代表委員とか先輩方のことを叩き込まれましたからねー。……でも。」
言葉の合間にコーヒーを飲んだディアラントの瞳に、静かで鋭い光が宿る。
「話を聞いてる時点で、大人しくしてても意味ないなーって思ってたんで。嫌がる人間を無理やり委員会に引き込むほど、先輩たちも人は悪くないでしょう?」
「代表委員になるのが嫌なのか?」
内心の動揺を押し隠して、おれは問う。
進路が保証されている代表委員への入会を拒む人間がいるとは、夢にも思っていなかったからだ。
「正直、どっちでもいいんですよねー。確かに少しばかり都合は悪くなりますけど、オレはやりたいことを曲げるつもりはないですし。そうなったらなったで、その時に考えますよ。」
都合が悪い?
はっきりと本人の口からその言葉を聞き、おれは今度こそ驚愕を顔に出してしまう。
この大学に純粋な理由で入ってくる奴などいない。
これまで過ごしてきた三年間で得た確信が、初めて揺れる。
「やりたいこと?」
訊ねる。
「はい!」
ディアラントは、キラキラとした顔で頷いた。
「オレ、教師になりたいんですよ。ここに入ったのは、少しでもたくさんの人の剣技を見たかったからです。それに、貴重な映像記録はここに入らないと見れないですしね。」
ディアラントの答えを聞いたおれは、半分理解、半分納得できないという、なんとも複雑な気持ちに陥った。
なるほど。
確かにそれでは、代表委員に入るのは都合が悪いかもしれない。
代表委員に保証された進路は、国防軍だからだ。
まだ卒業まで時間があるというのに、おれたちの元にはすでに国防軍の配属希望調査が回ってきている。
代表委員への入会イコール国防軍への配属というのは、今や完成されつつある等式だった。
そして、納得できないのは―――
「教師? そんな、化け物じみた目を持ってるくせにか?」
この際、剣の腕や成績は置いておくとしよう。
あの目の価値は、それらのマイナス分を帳消しにしても余るくらいのものなのだから。
ディアラントさえ望めば、代表委員の権限の恩恵に与らなくても上への道は開ける。
それなのに、こいつはそれを望まないというのか。
激しい入学争いを勝ち抜いてきたというのに、上を求めないとでもいうのか。
いくら貴重な映像記録が目当てだったとしても、ただ教師になりたいというだけなら、こんな激戦区へ来る必要などなかったではないか。
頼むから、違うと言ってくれ。
なんでこんなことを願っているのか分からないまま、おれはディアラントの答えを待った。
一方のディアラントは、おれの指摘を受けて心底驚いたように目を丸くする。
「……ほら、ね?」
しばらくの時間を置いておれに向けられたのは、ものすごく穏やかな顔だった。
「目立たないように隠れたって、本物にはばれるもんなんですよ。お見逸れいたしました。まさか、初対面で看破されるとは…。さすがはミゲル先輩ですね。」
ディアラントは肩をすくめる。
「オレはこの目、割と教師向きだと思ってますけどねー。一見で大方の太刀筋が見えるってことは、瞬時に相手の弱点を見抜くことに等しいです。裏を返せば、その弱点をカバーする動き方も同時に見えるってこと。軍に入るよりは、次の世代を育てていくことに使った方が有意義じゃないですか?」
ディアラントは、にこやかな顔で語る。
「オレ、誰かに剣を教えることが好きなんですよ。自分の教え子の成長を感じるのは、もっと好きです。将来はオレ自身が活躍するんじゃなくて、オレが育てた教え子たちが活躍するのを見ていたいんです。考えるだけでワクワクしますよ。」
「………」
おれは、何も言えなかった。
何故だ。
何故、こいつには全く嘘がないんだ。
どんなに目を凝らしても、こいつの目に曇りを見つけることができない。
無理だ。
おれには、こいつを理解できない。
こいつが見ている未来は、おれとは決して交わらないものだ。
住んでいる世界が違うと言っても過言ではない。
そう思えた。
ディアラントは、返す言葉を見つけることができないおれを、しばらくの間じっと見つめていた。
そして、沈黙を経て彼の口から零れたのは―――
「なんか……オレ、先輩に悪いことしたっぽいですね。」
そんな一言だった。
「は?」
条件反射的にそう返したおれに向けて、ディアラントは少しだけ悲しげな笑みを浮かべる。
「この話、終わりにしましょうか。コーヒー、ご馳走様でした。」
相も変わらず言葉も出ないおれに構わず、ディアラントはカップの乗ったトレーを片手に、席から立ち上がった。
「オレを委員に推薦するかどうかは、先輩にお任せします。それと、オレみたいな一年坊主に言われるのは癪だと思うんですけど……先輩はちゃんと、人に認められている人だと思います。もっと、自分を認めてもいいんじゃないですか?」
「………っ」
目を見開いて身動きすら奪われてしまったおれを置いて、ディアラントはカフェテリアを去っていった。
「…………ほんとに……」
ぽつりとそう呟いていたことに、この時のおれは気付いていなかった。
それほどまでに動揺していた。
改めて、ディアラントの目の異常さを痛感する。
あいつの目は、一体何をどこまで見抜けるというのだ。
なんであいつは……ひた隠しにしているおれの本心まで、一瞬で見抜くんだ。
おれは……
おれは………
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