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第13歩目 こじれた絆
ミシェリアの胸の内
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沈痛な面持ちで、ミシェリアは語り始める。
「旦那様は気難しい方ですが、お仕事にはとても実直な方です。お仕事が立て込んでいると、自分のことを脇に置いて、何日も休まずに働かれます。わたくしは、そんな旦那様のお役に少しでも立ちたくて……」
なるほど。
その思いの結果が、これだけ読み込んだ本の数々ということか。
「でも……でも……」
憂いを帯びた表情で目を伏せるシュルクの前で、ミシェリアが肩を震わせ始めた。
「こんなことをしても、意味なんてないのですわ…。わたくしがいくら勉強をしても、旦那様は何も言ってくださらないし、誰にもわたくしを紹介しようともしない。誰かがお屋敷に来る時はいつも、部屋から出ないようにときつく言われましたわ。きっとそれは、わたくしの生まれのせい。元奴隷の妻なんて、表に出したくないからなのです。」
ミシェリアは訥々と続ける。
「旦那様の重荷になりたくない。だからいっそ、とことん嫌われてしまえばいい。わたくしも、旦那様のことを嫌いになってしまえばいい。そう思って旦那様に逆らうような態度をとってみても……だめなのです。衝突すれば、いつもより少しだけ旦那様が口を利いてくれる。絶対に歩み寄れないけれど、それでもいつもより会話が続くんです。それが嬉しくて……だめだって思うのに、逆にどんどん好きになってしまうのです。嫌いになりたいのに、嫌いになんか…っ」
あー……この既視感はなんだろう。
ミシェリアの発言の方向性が、少し前までのフィオリアのようだ。
ミシェリアは、ヒンスのことを気難しいと表現した。
彼女の話からヒンスという人物の性格を推測するなら、彼が彼女を表に出さないのは、必ずしも彼女が嫌いだからというわけではなく―――
(うわ……もしかして、俺とフィオリアも傍目からはこんな風に見えてたのか…?)
そう思うと過去の自分が情けなくなり、思わず溜め息が漏れてしまった。
「あ……すみません。わたくしったら、会ったばかりのあなたにこんなことを……」
こちらの溜め息をどう捉えたのか、ミシェリアが眉を下げて余計に縮こまってしまう。
「別に、言いたいことがあるなら言えばいいじゃないですか。俺は特に怒ってないですよ。今の溜め息は単なる自己嫌悪なんで、気にしないでください。」
「でも……」
「っていうか、この状況で今さら遠慮されてもねぇ…。さっき、自分が何をしようとしたか覚えてます?」
「えっと、その……それは……」
鍵の閉まった部屋に、男女で二人きり。
今さらこの状況の意味に思い至ったらしく、ミシェリアは途端に顔を真っ赤にした。
「よく分かんないけど、女の人って追い詰められると、こんなに大胆なことする生き物なんですか?」
「いや、あれは酔った勢いで……」
呆れたようなシュルクの視線が痛いのか、ミシェリアは蚊の鳴くような声で言い訳をしながら、そろそろと顔を背けた。
「その酔った勢いで、俺はかなり心臓に悪い思いをしましたよ?」
「あうぅ……」
「それともいっそ、美味しくいただけばよかったですか?」
「だ、だめですわ! そんな、旦那様を裏切るようなこと!!」
即で首を左右に振り、勢いよく顔を上げるミシェリア。
シュルクは、そんな彼女の額を軽くつついてやった。
「ほーら。やっぱり、それが本音だった。冗談に決まってるでしょ。まったく。」
にやりと意地の悪い笑みをたたえたシュルクに、ミシェリアが別の意味で顔を赤くする。
「あ、あなたって……意地悪ですのね。」
「その言葉は聞き飽きました。」
仕上げと言わんばかりに、爽やかな笑顔で言うシュルク。
ミシェリアは目を丸くし、次に悔しげに唇を噛んで、再びシュルクに拳をぶつけ始めた。
「そ、そこは! 笑って受け流すところではありませんわ! 少しは、わたくしで遊んだことを悪く思ってはいかがですの!?」
「いやぁ、お互い様なんじゃないですかー? これで、さっきまでのことはチャラにしてあげますよ。」
「まあ! あなた、わたくしが文句を言えないと分かってて…っ。もう! あなたのその余裕は何なのです!? なんだか、わたくしが子供みたいに見えるじゃないですか!」
「別に、故意じゃありませんけど?」
「どの口が言いまして!? あ、あなたなんか嫌いですわ!! あなたなんか、旦那様に比べたら……」
それまでテンポよく悔しさをぶつけていたのに、旦那様という言葉が出た瞬間に、その勢いがなくなってしまった。
「旦那様に比べたら?」
「………」
試しに先を促してみたが、ミシェリアは口を固く引き結んだまま眉を下げてしまう。
「チャンスは逃さない方がいいですよ? 会ったばかりで何も知らない相手だからこそ、逆に言えることもあるんじゃないですか?」
なんとなくだが、ミシェリアが自分に絡んだ本当の理由は、そこにある気がした。
身分の卑しさを気にしているミシェリアのことだから、ニコラを始めとするヒンスの関係者には、胸の内を打ち明けられないでいたのだろう。
それでも、日々募る想いを誰かに聞いてほしくて、苦しくてつらくて。
そんな時に、タイミングよく自分たちが訪ねてきたわけだ。
そこで同じ女性であるフィオリアではなく自分に白羽の矢が立ったのは、自分の庶民オーラを無意識に感じ取ったというところか。
「俺も聞いてみたいところですね。あんな無愛想な人のどこに、惹かれる要素があるのか。」
あえて上から目線で、挑発的に言ってやる。
するとミシェリアは一瞬だけムッとして、すぐに表現を和らげた。
「あなたって……乗りかかった船には、全力で乗っかる人なのですね。」
「ええ。中途半端は嫌いなもんで。ってなわけで、ぜひとも旦那様自慢を聞かせてくださいよ。ま、違うと思ったら正直に否定してやりますけど。」
「まあ、言いましたわね。よろしくてよ。その勝負、受けて差し上げますわ。」
口調こそ気分を害したような感じだったものの、ミシェリアの表情は今までで一番穏やかだった。
始めはぽつり、ぽつりと。
躊躇うように話をしていたミシェリアだったが、こちらが口を挟まずに聞く姿勢を貫いていると、少しずつ話が感情を伴って豊かになっていく。
これも、何かの縁だろう。
楽しそうに、そして嬉しそうに語るミシェリアの話を、シュルクは何もせずに、ただ聞き続けることにした。
「旦那様は気難しい方ですが、お仕事にはとても実直な方です。お仕事が立て込んでいると、自分のことを脇に置いて、何日も休まずに働かれます。わたくしは、そんな旦那様のお役に少しでも立ちたくて……」
なるほど。
その思いの結果が、これだけ読み込んだ本の数々ということか。
「でも……でも……」
憂いを帯びた表情で目を伏せるシュルクの前で、ミシェリアが肩を震わせ始めた。
「こんなことをしても、意味なんてないのですわ…。わたくしがいくら勉強をしても、旦那様は何も言ってくださらないし、誰にもわたくしを紹介しようともしない。誰かがお屋敷に来る時はいつも、部屋から出ないようにときつく言われましたわ。きっとそれは、わたくしの生まれのせい。元奴隷の妻なんて、表に出したくないからなのです。」
ミシェリアは訥々と続ける。
「旦那様の重荷になりたくない。だからいっそ、とことん嫌われてしまえばいい。わたくしも、旦那様のことを嫌いになってしまえばいい。そう思って旦那様に逆らうような態度をとってみても……だめなのです。衝突すれば、いつもより少しだけ旦那様が口を利いてくれる。絶対に歩み寄れないけれど、それでもいつもより会話が続くんです。それが嬉しくて……だめだって思うのに、逆にどんどん好きになってしまうのです。嫌いになりたいのに、嫌いになんか…っ」
あー……この既視感はなんだろう。
ミシェリアの発言の方向性が、少し前までのフィオリアのようだ。
ミシェリアは、ヒンスのことを気難しいと表現した。
彼女の話からヒンスという人物の性格を推測するなら、彼が彼女を表に出さないのは、必ずしも彼女が嫌いだからというわけではなく―――
(うわ……もしかして、俺とフィオリアも傍目からはこんな風に見えてたのか…?)
そう思うと過去の自分が情けなくなり、思わず溜め息が漏れてしまった。
「あ……すみません。わたくしったら、会ったばかりのあなたにこんなことを……」
こちらの溜め息をどう捉えたのか、ミシェリアが眉を下げて余計に縮こまってしまう。
「別に、言いたいことがあるなら言えばいいじゃないですか。俺は特に怒ってないですよ。今の溜め息は単なる自己嫌悪なんで、気にしないでください。」
「でも……」
「っていうか、この状況で今さら遠慮されてもねぇ…。さっき、自分が何をしようとしたか覚えてます?」
「えっと、その……それは……」
鍵の閉まった部屋に、男女で二人きり。
今さらこの状況の意味に思い至ったらしく、ミシェリアは途端に顔を真っ赤にした。
「よく分かんないけど、女の人って追い詰められると、こんなに大胆なことする生き物なんですか?」
「いや、あれは酔った勢いで……」
呆れたようなシュルクの視線が痛いのか、ミシェリアは蚊の鳴くような声で言い訳をしながら、そろそろと顔を背けた。
「その酔った勢いで、俺はかなり心臓に悪い思いをしましたよ?」
「あうぅ……」
「それともいっそ、美味しくいただけばよかったですか?」
「だ、だめですわ! そんな、旦那様を裏切るようなこと!!」
即で首を左右に振り、勢いよく顔を上げるミシェリア。
シュルクは、そんな彼女の額を軽くつついてやった。
「ほーら。やっぱり、それが本音だった。冗談に決まってるでしょ。まったく。」
にやりと意地の悪い笑みをたたえたシュルクに、ミシェリアが別の意味で顔を赤くする。
「あ、あなたって……意地悪ですのね。」
「その言葉は聞き飽きました。」
仕上げと言わんばかりに、爽やかな笑顔で言うシュルク。
ミシェリアは目を丸くし、次に悔しげに唇を噛んで、再びシュルクに拳をぶつけ始めた。
「そ、そこは! 笑って受け流すところではありませんわ! 少しは、わたくしで遊んだことを悪く思ってはいかがですの!?」
「いやぁ、お互い様なんじゃないですかー? これで、さっきまでのことはチャラにしてあげますよ。」
「まあ! あなた、わたくしが文句を言えないと分かってて…っ。もう! あなたのその余裕は何なのです!? なんだか、わたくしが子供みたいに見えるじゃないですか!」
「別に、故意じゃありませんけど?」
「どの口が言いまして!? あ、あなたなんか嫌いですわ!! あなたなんか、旦那様に比べたら……」
それまでテンポよく悔しさをぶつけていたのに、旦那様という言葉が出た瞬間に、その勢いがなくなってしまった。
「旦那様に比べたら?」
「………」
試しに先を促してみたが、ミシェリアは口を固く引き結んだまま眉を下げてしまう。
「チャンスは逃さない方がいいですよ? 会ったばかりで何も知らない相手だからこそ、逆に言えることもあるんじゃないですか?」
なんとなくだが、ミシェリアが自分に絡んだ本当の理由は、そこにある気がした。
身分の卑しさを気にしているミシェリアのことだから、ニコラを始めとするヒンスの関係者には、胸の内を打ち明けられないでいたのだろう。
それでも、日々募る想いを誰かに聞いてほしくて、苦しくてつらくて。
そんな時に、タイミングよく自分たちが訪ねてきたわけだ。
そこで同じ女性であるフィオリアではなく自分に白羽の矢が立ったのは、自分の庶民オーラを無意識に感じ取ったというところか。
「俺も聞いてみたいところですね。あんな無愛想な人のどこに、惹かれる要素があるのか。」
あえて上から目線で、挑発的に言ってやる。
するとミシェリアは一瞬だけムッとして、すぐに表現を和らげた。
「あなたって……乗りかかった船には、全力で乗っかる人なのですね。」
「ええ。中途半端は嫌いなもんで。ってなわけで、ぜひとも旦那様自慢を聞かせてくださいよ。ま、違うと思ったら正直に否定してやりますけど。」
「まあ、言いましたわね。よろしくてよ。その勝負、受けて差し上げますわ。」
口調こそ気分を害したような感じだったものの、ミシェリアの表情は今までで一番穏やかだった。
始めはぽつり、ぽつりと。
躊躇うように話をしていたミシェリアだったが、こちらが口を挟まずに聞く姿勢を貫いていると、少しずつ話が感情を伴って豊かになっていく。
これも、何かの縁だろう。
楽しそうに、そして嬉しそうに語るミシェリアの話を、シュルクは何もせずに、ただ聞き続けることにした。
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