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第21歩目 何を一番にするべきか
〝世間知らず〟
しおりを挟む「あらあら……ふふっ。超優秀な護衛君も、持久戦は苦手みたいねー。」
フィオリアの後ろからひょっこりと顔を出したラミアは、眠っているシュルクを見て唇を弧の形にした。
その後、なんの断りもなしに隣に腰かけるラミア。
これまでのように受け入れることなんかできなくて、つい窓際に寄って距離を取ってしまった。
「改めて見ても、綺麗な寝顔ねぇ。絵にして宣伝チラシでも作ったら、暇とお金を持て余した貴婦人がたくさん釣れそうだわ。」
シュルクの髪と頬をなでるラミアは、とても上機嫌。
不愉快になるなという方が無理だった。
「触らないで。」
せっかく休んでいるシュルクを起こしたくはないので、小声でそう告げてラミアの手を払う。
「つれないわねー。この子との契約もあるし、あんたたちにはまだ手を出さないわよ。それに、明日には仲間になってるかもしれない子だしね。最低限の信用くらいは維持しなくちゃ。」
「ふざけないで。昨日も言ったけど、シュルクはあなたたちの仲間になるような人じゃないわ。」
「ふーん……」
はっきりと断言するフィオリアにラミアが向けたのは、どこか違和感を抱いているような訝しげな視線。
「なら……どうしてあんたは、そんなに不安そうな顔をしてるのかしらね?」
それは、確実に自分の心を揺さぶる意地悪な問いかけ。
答えられない自分を置いて、ラミアは淡々と口を動かし続ける。
「不安になるってことは、もしかしたらこの子があたしの誘いを受けるかもしれないって疑ってるんでしょう? それは、あたしたちの仲間にならないこの子っていうのが、あなたの勝手な理想だから? それとも……単純に、この子を信じられないだけ?」
「そ、そんなこと…っ」
「この子も可哀想ねぇ…。この子はあんたを信用しているからこそ危険を承知でツアーに同行させたのに、そんなあんたに全然信用してもらえないなんて。」
「だから、そんなことないって―――」
「しー…」
思わず声を荒げようとした瞬間、見計らったようなタイミングでラミアの指が唇を塞ぐ。
「起こしちゃっていいの?」
からかうように問われて、反射的にシュルクを見る。
「んん…」
周囲の音が気になったのか、微かに眉を寄せて唸るシュルク。
ただ、完全に起きたわけではなかったようで、しばらく黙っていると、彼はまた穏やかな寝息を立て始めた。
「へえー。ただのわがまま娘かと思ってたんだけど、一応は最低限の気遣いができるのね?」
「―――っ!」
挑発とも受け取れるラミアの発言。
ただでさえ余裕がない今の心境では、無視して受け流すことなどできなかった。
「元はと言えば、あなたたちのせいじゃない!」
衝動のままに、ラミアに掴みかかってしまう。
「あなたたちが、こんな最低なことをしているのがいけないのよ!? そのせいで、私とシュルクがどんなに苦しんでると思ってるの!?」
「んー…。まあ、それは事実だろうから否定はしないんだけどさ……」
どこか暢気な口調で呟いたラミアが、フィオリアのマフラーに手をかける。
そして次の瞬間、彼女はフィオリアのマフラーを強く引いた。
「世間知らずのお嬢様に、一つ教えておいてあげるわ。」
息が触れ合うほどの間近から、切れるように鋭い声音でラミアが告げる。
その表情は、とてつもない凄みと冷徹さで染め上げられていた。
「ここはね、綺麗事だけで生きていける優しい世界じゃないの。自分の手を汚して支配者になるか、支配者に媚を売って協力者になるか、そのどちらもを拒んで奴隷となるか。それしか選べる道がないのよ。」
「そ、そんなの…っ」
「言い訳だって? 逃げればいいって? そう思ってる? 当然のように恵まれているあなたには、分からないでしょうね。学やお金がない庶民なんて、逃げたところでどこかで犬死にするだけなのよ? ましてや……まだ独り立ちできない子供に、そんなことができると思って?」
「………っ」
フィオリアは、青い顔で唾を飲み込むしかない。
悪いのはラミアたちだって。
そう思う気持ちは変わらない。
変わらないはずなのに、過酷な環境を生き抜いてきた猛者のような眼光にさらされると、何も言えなくなってしまう。
〝世間知らずのお嬢様〟
〝当然のように恵まれているあなたには、分からないでしょうね。〟
〝まだ独り立ちできない子供に、そんなことができると思って?〟
彼女が告げた言葉の数々が胸に突き刺さって、何も言わせてくれないのだ。
「ま、今となっては嬉々としてこの仕事をしてるあたしが言うには、ちょっとおかしな話だけどね。さすがに腹立しかったから、思わず言っちゃったわ。ほーんと、これだからお貴族様ってのは嫌いなのよ。」
「………」
蔑むようなラミアの声を聞きながら、フィオリアは深くうつむいて手を離した。
改めて、これまで城の中でしか生きてこなかった自分の視野の狭さを思い知る。
シュルクの時も、ラミアの時もそう。
自分は表面上の行動しか見ていなくて、そこに至る経緯や背景を軽んじていたんだ。
シュルクの涙とラミアの軽蔑を見れば、否応なしにその事実が浮き彫りになってしまう。
小さく肩を震わせるフィオリア。
それを見て何を思ったのか、ラミアが再度口を開いた。
「倫理に反するってだけで潔癖な正義を振りかざすだけなら、何も救えないわよ? その証拠に……この坊やをここまで追い詰めたのは、あなたじゃない。」
いっそのこと清々しく聞こえるほど残酷に、彼女はそう言い放った。
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