世界の十字路

時雨青葉

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第2章 力を嫌う少女

守護獣

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 白い狼は、ゆったりとした足取りで実の傍までやってくる。
 微笑んで狼を迎え入れた実は、その首筋を優しくなでた。


「厳密に言うと、ハエルの存在が俺たちの血縁関係を証明する決定打だったんだ。」
「……どういうことだ?」


 全く意味が分からない拓也は、眉を寄せるしかない。


 それも仕方ない反応だ。
 自分も、つい数週間前までは知らなかったことだし。


 実は一つ苦笑して、頭を解説モードに切り替えた。


「拓也、守護獣しゅごじゅうって知ってる?」


 まずは、端的にそう訊ねる。


「守護獣?」


 おうむ返しに呟く拓也。
 その反応だけで、答えには十分。
 実は、そのまま説明に移ることにする。


「この街の各家には、その家につく守護獣っていう存在がいるんだよ。」


「……聞いたことがないな。語感から察するに、守護に特化した聖獣か?」


「うーん…。話を聞くに、聖獣みたいに精霊の力を扱えるわけじゃないから、それとはまた別種の存在かな。」


「うむ……」


 うなる拓也は、どこか納得がいかなそう。
 その様子に違和感を持った実は、こてんと首を傾げる。


「どうしたの?」
「いや…。とりあえず、説明を続けてくれ。」
「そ、そう…?」


 そんな曖昧あいまいな言い方をされると余計に気になるのだけど、本人がそう言うならいいか。


 少しばかり戸惑ったものの、実は再び口を開く。


「まあ、守護獣の役割は拓也が言ったとおりだね。守護獣は自分が選んだ一つの家系と契約を交わしているんだけど、家の人たちから魔力をもらう代わりに、その人たちが住む家の敷地を徹底的に守るんだ。その守りは、物理的なものにも魔法的なものにも有効なんだって。契約とはいっても、上下のある主従関係というよりは、対等な協力関係というべきかな?」


「ううーん…。やっぱり腑に落ちねぇ。」


 さらなる解説を聞いた拓也は、余計に顔を渋くしてしまった。


「そんな生き物が実在していれば、絶対に国が情報を掴んでるはずだ。城や知恵のそのの書物にも記されてるだろうし、それならおれが知らないはずがないのに。いや、実際にいるんだけどさ。」


「……ははぁ。ようは、読書家のプライドにさわったのね。」


 そういや、拓也は魔法関連についてはパソコン並みの知識量を持っていたっけ。
 なんでも、知恵のそのにある書物はあらかた読破しているのだとか。


 なるほど。
 そういうことなら、彼の反応も納得だ。


 違和感が解消した実は、ハエルの背をなでながら説明を再開した。


「まあ、国が情報を掴んでいない理由の一つは、数が少ないからかな。守りが専門の上に魔力を糧にして生きる守護獣は、自然界で生き抜くのも大変なんだって。本来はこの近くにあった聖域で静かに暮らしてたらしいけど、聖域の魔力が枯渇して住処すみかがなくなったのが、人間と共存するきっかけだったらしい。」


「別の理由としては、街ぐるみで守護獣の存在を隠してるからか?」


「さすがは拓也。言うまでもなかったね。幸いにも、守護獣は一般的な動物に近い姿がほとんどだから、ペットとして飼っているってていで通してるわけさ。中には龍みたいな姿をしていて、どうにも家から出せないような守護獣もいるけど、それは本当に一部だけって話だし。……あいつも、こんなに有益な生き物のことを城の人間に教えてやる気はないらしいね。」


 途端に、実の表情が嫌そうに歪む。
 それで〝あいつ〟という単語が誰のことを指すのかを察した拓也であった。


 確かに、この世界の神の一人であるレティルなら、守護獣の存在くらい当然のように知っていることだろう。


 国が守護獣の存在を掴んでいないということは、彼がこのことに関して見て見ぬふりをしているということだ。


「とりあえず、守護獣の概要は分かった。……で、どうしてこの守護獣がいると血縁関係が証明されることになるんだ?」


 いまいち納得がいかない様子の拓也。
 その心境は分かるので 、実はすぐに答えを述べた。


「守護獣は自分が守る家を決めると、その家を死ぬまで守り通すものなんだって。契約の時にそういう制限が出るのか、はたまた動物的な本能なのか……詳しいことは分からないんだけど、守護獣は自分がつかえると決めた家の血族にしか、自分の体に触れさせないらしいよ。」


「ふむ…。仮に契約による制限だとしたら、なかなかに興味深い生態だな。」


「あと、守護獣との契約には契約者の血が必要なんだって。だからなのか、契約を結んだ人の血族には守護獣の声が聞こえるようになる。そして、守護獣もその血でつかえる家の人間を見分けるんだ。」


「あー…。なんとなく、理屈が分かってきたぞ。」


 先ほどまでの疑問だらけの表情は消え失せ、拓也は真剣に考え込んでいる。
 その様子を見るだけで、彼が自力で答えに辿り着いたことは察せられた。


「ようは、そういうこと。ハエルが俺に自分にさわることを許した上に、俺にはハエルの声が最初から聞こえちゃってたんだよ。さらに、俺がこんな見た目なわけじゃん?」


「なるほどな。守護獣の存在が前提にあったなら、その見た目の方がだめ押しの決定打と言えるな。お前、エリオス様にそっくりだし。」


「そうそう。ハエルに守護獣のことを教えてもらって、俺もようやく納得できたわけさ。……まあ当たり前だけど、街の人たちはかなりびっくりしたけどね。どう考えたって、父さんの子供だっていうには俺の歳は合わないしさ。」


 そう言って、実はくすくすと笑った。
 そんな何気ない実の笑顔に、不覚にも拓也は驚いてしまう。


 なんの含みもない、純粋な笑顔。
 今の実にとって、それがどれほどの意味を持つか。


「実。」
「ん、何?」


 実は、穏やかな笑みで続きをうながすだけ。


「大丈夫か? ……無理、してないか?」


 意を決したような慎重さで紡がれた、拓也の言葉。
 それを聞いた実の表情が固まった。
 その後、室内がしんと静まり返る。


 訊かない方がよかっただろうかと不安になる拓也だったが、実は数秒もすると息を吐き出しながら目を伏せた。


「全く無理をしてないって言ったら、さすがに嘘になるのかな…。でも、普通に過ごす分にはなんの支障もないよ。昔の自分に飲まれそうになることも、心配してたほどはないし。むしろ、ここに来るようになって少し気が楽になったんだ。……決して、いい意味じゃないけどね。」


 実が力なく笑う。


 切ないような、悲しいような、寂しいような。
 でも仕方ないのだと、その目が言外に語っている。


「ここは地球じゃない。当然だけど、地球の常識が全て正しいとも限らない。……この世界じゃ、自分の身を守るために他人を手にかけることなんて、少なからずあることなんだよね。」


 そう言った実は、なんだか今にも泣き出してしまいそうに見えた。

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