98 / 714
第3章 こじれ
シェイラと尚希
しおりを挟む「どうしよう……来ちゃった……」
目の前に大きな門を見据えて、シェイラは溜め息をついた。
「実さん、会ってくれるかな…?」
いざ来てみたものの、この大きな門を前にすると不安が込み上げてきて足がすくむ。
さっきは結局、逃げるようにして帰ってしまった。
実に言われたことを受け止めきれなかったのもあるし、初めて見た実の表情や雰囲気がなんとなく怖くて、その場に留まることに耐えられなかったのもある。
それでもやはり、限界が来ている自分にとって、実は唯一頼れる存在だった。
会いたい。
もう一度彼と話をしたい。
それで、少しでも長く彼の隣にいたい。
恋愛感情とは違うけれど、どうしようもなくそう思う。
―――いや、いっそこの気持ちを恋愛感情にできたなら、自分はある意味楽になれるのかもしれない。
「どうしよう……」
シェイラは無為に足踏みをする。
数分前から門の前にいるのだが、決心がつかずに門に手を伸ばしてはやめ、また手を伸ばしてはやめ……
ずっと、それの繰り返しだ。
「さっきあんなだったし、会ってくれなかったらどうしよう…。一日くらい、時間を置いてから来るべきだったかな。でも……」
門に手をかけて、またそこで手が止まる。
実に会いたい。
でも、実は自分がこんなことを考えていると知ったら、どんな顔をするのだろう。
板挟みから逃げたくて、彼に恋愛感情を持てたらなんて……そんなことを思っていると知ったら―――
「どうしたの?」
真後ろから、突然かけられた声。
シェイラは固まり、数秒後―――
バンッ
勢いよく振り向くと同時に、後ずさった勢いで門に激突した。
「そ、そんなに驚かなくても……」
声をかけてきた男性が、ぱちくりと目をしばたたかせる。
「あ、あなたは……」
「実や拓也と一緒にいたんだけど、覚えてない? 尚希だよ。あ、でも……エーリリテにはキースって呼ばれてるな。……まあ、どっちの呼び名でも構わないよ。」
「あ…」
緊張状態を脱したシェイラの中で、ようやく合点がいく。
「エーリリテさんの……」
言うと、尚希は困ったように眉を下げて笑った。
「あはは…。やっぱり、そっちで覚えられちゃってる?」
「そうですね。」
尚希の立場も少し気の毒だと思っていたので、シェイラは尚希と同じように苦笑を呈した。
「この辺りは、その話で持ちきりでしたから。キースさん、急に有名人ですね。」
「それなんだけど……」
尚希が頭痛でもこらえるように頭を抱える。
「この街は、間違っても田舎ってわけじゃないと思うんだけど、この音速並みの話の広がり方はなんなの?」
「ああ、それなら……」
呟いた瞬間、尚希の目がきらりと光った。
「何!? 何か知ってるの!?」
「え、ええ……」
シェイラは記憶を手繰り寄せる。
「領主様が、上機嫌で言い回ってました。よほど嬉しかったのか、同じ人に何度も同じ話をしてしまうくらいで。最後には、ユリアス様に引きずられていったみたいです、けど……」
シェイラがそこまで言うと同時に、口をあんぐりと開けていた尚希が脱力して門にもたれかかった。
「犯人は、あの人だったのか…っ。ってか、あの人もあの人で、なんかおかしくない? 普通、娘の結婚をああも簡単に認めるもん? オレたち、会ってから数日しか経ってないよ? それなのに、あの人の暴走で結婚前提まで発展しちゃって…。いや、確かに一目惚れはしましたけど。オレはいいかなって思わないでもないけど。でも、どう考えても展開が早すぎるって。……でも、元はといえばオレが口を滑らせたのが原因であって、やっぱオレのせいなのか…?」
「キ、キースさん…?」
だめだ。
完全に一人の世界へと旅立っている。
この独り言は、果たして自分が聞いてもいいのだろうか。
シェイラが自分の立ち位置に悩んでいる間にも、尚希はエーリリテと自分の関係に対する責任について、呪文のように呟き続けている。
「キースさん、帰ってきてください!」
聞けば聞くほど可哀想になってきて、シェイラはたまらず尚希の袖を揺らした。
すると、尚希は大袈裟にも思えるほど大きく肩を震わせて我に返る。
「あっ……ごめん。変なことを聞かせちゃったね。」
気まずげな尚希の頬が、羞恥でほんのり色づく。
「大丈夫です。胸にしまっておきますから。」
「助かる。」
照れくさそうな尚希に、シェイラはくすりと笑ってもう一度口を開いた。
「……多分、ほっとしたんじゃないでしょうか?」
そう呟くと、尚希が意味を問うような仕草で首を傾げてくる。
「私、エーリリテさんと仲がいいので、少しだけ知ってるんです。本当なら、エーリリテさんはもう婚約者がいて、結婚しててもおかしくない歳なんだって。でも、エーリリテさんってあの性格じゃないですか。」
脳裏に、まっすぐすぎるエーリリテの姿が浮かぶ。
「どうせなら好きになった人と一緒になりたいって、日頃から言ってましたよ。領主を継ぐのが自分しかいないなら、こんなわがままも言えなかっただろうけどって…。私にはああいう偉い人たちの世界は分からないですけど、好きな人と一緒になりたいって気持ちはすごく分かるんです。領主様もお優しいから、エーリリテさんの気持ちを汲んでくれてて。それでようやく、エーリリテさんが選んでもいいって人が出てきたんですから、エーリリテさんも領主様も逃がす気ないですよ、絶対。」
長い付き合いだからこそ、そう断言できる。
すっかりシェイラの言葉に聞き入っていた尚希はしばらく何も言えずにいたが、時間をかけて表情を穏やかなものへと変化させていった。
「逃げられない、か。肝に銘じておくよ。」
尚希は肩をすくめ、ふと視線を下へと滑らせる。
「それにしても、そっか…。確かに、普通ならもう結婚してるはずの歳だよな。まあ、それを言ったら、オレだってかなり特殊だけど。」
「特殊、ですか?」
「ああ、ごめんね。こっちの話。」
尚希はごまかすように手を振る。
「そういえば、どうしてここでうろうろしてたの?」
そして、さらりと話題を変えてきた。
「えっ!?」
油断していたところに自分の話を放り込まれて、シェイラは瞬く間に小パニックに陥る。
「あのっ、べ、別に大した用ではなくて…。その……み、実さんに少し会いたくて…っ」
「実に?」
尚希は少しだけ瞠目したが、それ以上は言及せずに後方を振り仰いだ。
「実となら、さっき大通りで会ったよ。なんか用があるって言って、拓也と一緒に歩いていったけど。」
「え…」
それ以上の声が出なかった。
ここで散々悩んでいたのに、肝心の実がいないなんて。
「そうなんですか……」
ぽつりと零れた声は、自分でもびっくりするくらいに暗く落ち込んだものだった。
それを聞いて、やはり自分は相当実と話したかったのだと思い知る。
「……大事な話?」
こちらと目線を合わせた尚希が、優しく訊いてくる。
柔らかな夕焼け色の瞳。
それを見ていると、ふっと肩の力が抜けていく気がした。
「はい。実はさっきも来たんですけど、その時は変な終わり方になっちゃったんです。だから、もう一度話したくて……」
不思議なことに、するすると言葉が出てくる。
「そっか。じゃあさ、代わりにオレが聞いてあげようか?」
「え?」
思わぬ申し出に、シェイラは素っ頓狂な声をあげる。
一方の尚希は、ただ優しく彼女を見つめる。
「だって、すぐにでも言いたいって顔をしてるから。オレじゃあシェイラちゃんが求めてることは言えないかもしれないけど、話を聞くことだけならできる。まあ、オレに話すってことは、おまけでエーリリテもついてくるけどね。どうする?」
シェイラは、目を丸くして尚希を見上げた。
不思議な人だ。
そう思った。
尚希の声は、不思議な心地よさを含んでいた。
実の声が心の真ん中に直接響くものだとしたら、尚希の声は心の外側からそっと包んでくれるような優しいもの。
温かくて、どんなことでも受け入れてくれそうな甘い響き。
決して強要してくるわけではない。
でも、自分の気持ちと自然と向き合わせてくれる声だった。
この人には、話しても大丈夫かもしれない。
躊躇いや反感はこれっぽっちもなく、ごくごく自然にそう思えた。
「聞いてほしい、です。」
素直に頷くと、尚希はまるで親のように目元を和ませて微笑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!!
2巻2月9日電子版解禁です!!
紙は9日に配送開始、12日発売!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話
ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。
異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」
異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる