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第3章 こじれ
心が揺れるのは……
しおりを挟む「なるほど、そういう話ね。」
一通りシェイラの話を聞き終えた尚希は、腕を組んでそう唸った。
尚希の隣では、エーリリテが憤然とした様子で目をつむっている。
必死に感情を抑え込めているのか、膝の上で握り締められた両手は微かに震えていた。
その様子は、どう見ても怒りに打ち震えているといった感じだ。
そんなエーリリテを前に、シェイラは一言も発せられない状態になっていた。
「うーん…。多分、実はね―――」
話を切り出そうとした尚希は、シェイラの縮こまった姿に言葉を引っ込めた。
そして、シェイラの視線を追って隣を見て……
「うおっ!?」
ようやく、怒り爆発寸前のエーリリテに気付く。
そんな尚希を見て、シェイラがほっと息をついた。
対する尚希は、エーリリテの尋常じゃない怒りオーラに息を飲む。
はてさて、シェイラの話の何がエーリリテの怒りに触れてしまったのか。
理由を聞こうにも、エーリリテのこのオーラが質問をする隙すら与えてくれない。
かといって、こんな状態のエーリリテを無視して話を進めるなどできるはずもなく……
尚希は、ちらりとシェイラを一瞥する。
シェイラは尚希と目が合うと、ふるふると首を振った。
どうやら、シェイラにも心当たりはないらしい。
尚希は深呼吸をして、覚悟を決める。
「エーリリテ、どうした?」
できるだけ刺激しないように声をかけたつもりだったが、エーリリテにじろりと睨まれ、そんな気遣いは無意味だったと知る。
「どうしたもこうしたも……」
エーリリテは怒りに任せて、目の前のテーブルを思い切り叩いた。
尚希もシェイラも、思わずエーリリテから逃げるように身を引いてしまう。
「なんなのよ、実のその態度は!? 仮にもそれが、自分を頼ってきた人に対する態度だっていうわけ!? 信じられない! 帰ってきたらただじゃおかないわよ、あの馬鹿! 前々から、ムカついてはいたのよ。人をからかった挙げ句の果てに怒らせて、それでも笑ってるなんて普通じゃないわ。悪魔よ、悪魔!」
「おい、落ち着けって。」
躊躇いがちに肩に置かれた尚希の手を、エーリリテががっしりと掴む。
そして彼女は、困惑する尚希にずいっと詰め寄った。
「キース! あなたも実にひどいことをされてない!? 言われてない!?」
「い、いやっ……実、オレには礼儀正しいし、敬語だし……」
言い繕う余裕もないので素直に事実を言うと、エーリリテはさらに間合いを詰めてくる。
「はあっ!? なんで!? でも、言われてみればそうだったかも…。ど、どうしてキースにはそんな態度なのよ!?」
「お、おそらくオレが年上だからでは……」
「じゃあなんで、私にはあんなんなのよ! なんの差!?」
「それは、エーリリテが身内だからじゃないかな!?」
半分猛獣と化しているエーリリテを、尚希は一生懸命なだめる。
おそらく実が自分に対してあの態度なのは、初対面の時が封印を解いていない状態だったというのが大きいと思う。
だが、エーリリテにそれを言っても上手くは伝わらないだろう。
それに……
尚希は、ふとエーリリテを見つめてみる。
エーリリテは、こちらの次の言葉を真剣な眼差しでじーっと待っていた。
(からかいがいがあるんだよな、エーリリテって……)
そんな真剣に待たれたら、逆に焦らしたくなってくるというものだ。
そこまで考えて、尚希はくすりと笑った。
当然、そんな尚希の反応にエーリリテが食らいつかないはずがなかった。
「何よ! なんで笑うのよ!?」
「ご、ごめん。急に笑えてきて……」
「だから、なんでよー!? なんでキースまで、実みたいなことをするの!?」
「やっぱ、実もこんな感じなの?」
込み上げてくる笑いをどうにか我慢して訊くと、エーリリテはぶんぶんと頷いた。
「そうよ。こっちは真剣に話してるっていうのに……なんで? 私の何がいけないのー…?」
本気で悩み始めるエーリリテに、尚希の我慢は早くも臨界点を迎えた。
「くっ……ごめん。エーリリテ……もう、限界………あははははっ!」
そのまま腹を抱えて、大笑いし始める尚希。
「何よ!? 一体なんだっての!? 言ってみなさいよ、キース!」
目の端に涙を浮かべて笑う尚希にエーリリテが掴みかかるが、尚希は答える余裕もなく笑い続ける。
「あの!」
震える声が飛び込んだのはその時だ。
見ると、すっかり蚊帳の外だったシェイラが、気まずそうな上目遣いでこちらを見ていた。
「私、ここにいてもいいんでしょうか…?」
「……エーリリテ、離れようか。」
「……はい。」
尚希とエーリリテは素早く元の位置に戻る。
すっかり脱線してしまったが、エーリリテを静めることには成功したようだ。
若干の気まずさが残るものの、尚希はこほんと咳払いをすると口を開いた。
「とりあえず、話を本題に戻そうか。そもそもだけど、シェイラちゃん。実にもう一度会いに来たのはなんで?」
「え…」
その質問に戸惑いつつも、シェイラはおずおずと答える。
「えっと…。どうしてって訊かれると、上手くは言えないんですけど……とにかく、実さんと話したかったんです。多分……実さんのことをもっと知りたい、のかな? 実さんの言葉を聞いてるとびっくりすることもあるけど、なんか……ほっとするんです。」
「それは、実のことを好きになっちゃったってこと?」
尚希が、至極当然な疑問を投げかけてくる。
「多分、違います。」
言いながら、シェイラは尚希から逃げるように視線を逸らした。
「……でも、いっそのことそうなったらいいなって……そう思っちゃう自分がいるのは確かです。」
「ちょっ…」
そこで声をあげたのはエーリリテだ。
だが、その声は尚希が彼女を制するように出した手によって遮られる。
二人の視線を受けながら、シェイラは唇を噛んだ。
自分がずるい方向に逃げようとしていることは分かっている。
昔から仲がよくて、自分の気持ちを誰よりも知っているエーリリテが口を挟みたくなるのももっともだ。
でも、今放った言葉も自分の胸に渦巻く本音であることは事実。
確かに、今の自分は実に心を傾けようとしている。
でも、仕方ないのだ。
「実さんは……私の本当の気持ちを理解してくれた。私に同じ気持ちを返してくれた、初めての人なんです。……甘えちゃだめですか? もう二度とこんな人に出会えないかもしれないのに、心が揺れるのはいけないことですか? この地獄から、抜け出せるかもしれないんです。この気持ちが恋愛じゃなくてもいい。傍にいてほしいって、傍にいたいって思ってしまうことは……いけないことなんですか?」
なんて意地汚いのだろう。
自分で止められない自分の心がつらい。
分かっている。
これは恋じゃない。
ただ自分が逃げたいだけ。
でも、こんなにつらくて報われない恋をしているくらいなら、いっそ全てを投げ捨てて違う道を選びたくもなる。
勢いと成り行きかもしれないけど、自分が泣きついた時に、実は自分を突き放しはしなかった。
言葉にはなかったその優しさの中に飛び込んではいけないのだろうか。
彼の胸にすがりつくのは、罪なことなの…?
「シェイラ……」
顔を覆ったシェイラに、すっかり毒気を抜かれた様子のエーリリテが半ば茫然としている。
これまで長い付き合いだったとはいえ、シェイラがここまで追い込まれていたとは勘づいていなかったようだ。
青白い顔で唇を震わせていたエーリリテは、ふとした拍子にうつむいて、ゆっくりと立ち上がる。
「エーリリテ?」
「………、……す。」
尚希の呼びかけに、エーリリテはぼそぼそと何かを返した。
「え…?」
もう一度訊ねる尚希。
そんな尚希に、エーリリテは今度ははっきりと告げた。
「あの二人、この街から追い出す。」
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