世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
116 / 714
第4章 転落

信じることって……

しおりを挟む

「あなたは、無茶をしすぎなんですよ。」
「んん?」


 飛び立つなりハエルに言われ、実は気だるげに生返事をする。


「そうかな?」
「そうです。」


 本当に、この子は自分のことに無頓着すぎて困る。


 ハエルは思わず溜め息を吐いた。


「ついこの前、あんな危険なことをして倒れたばかりですよ? なのに、目が覚めたと思ったら例の儀式を実行してしまうし、さらには植物の再生なんて大技を出して…。普通なら、とっくのとうに死んでます。近くで見ている私は、ずっと冷や汗ものだったんですよ? 帰ったら、ゆっくり休んでくださいね。」


「うーん…。そうもいかないかも。」


「実様!」


 たしなめるようにハエルが声を荒げるも、実には全く効果がない。


「んなこと言ったって…。俺の予想では、今夜はやばいことになるよ? なんのために儀式をしてきたと思ってんのさ。」


「しかしですね……」


「大丈夫だよ。……どうせ、俺は普通に当てはまらないんだから。」


 実は自らをあざけるように笑う。


 そんな実が何を考えているのかをなんとなく感じ取って、ハエルは複雑な気持ちにならざるを得なかった。


「実様とエリオス様とで一番違うのは、そこかもしれませんね。エリオス様も涼しい顔で他人の何倍も働くお方でしたけど、他人を使うこともきちんと知っていましたよ。実様にとっては、それが自分の力を見限って無難な道を選んでいるように見えるのですか?」


「いや、そうじゃない。」


 試しに訊ねてみると、実は即座に首を横に振って遥か遠くを見つめた。


「きっと、あの人はすごい人なんだよ。自分の限界を客観的に判断できて、助けを求められるくらい周りを信頼してて……そして、それに応えてもらえるくらい周りに信頼されてるんだ。今の俺には……できそうもない、かな。」


「ご自分が〝鍵〟だと、思い出してしまったからですか?」


 重ねて問うと、実は少し黙った後にくすりと笑って肩をすくめた。


「そうかもね…。〝鍵〟にとってこの世界は、敵の巣窟だもん。信頼なんて程遠いよね。だからかな……昔の記憶と魔力を取り戻してから、人を信じることが難しくなってるんだ。」


 ぽつり、と。
 滅多に自分の心境を話さない実が、そんなことを告げた。


「拓也や尚希さんも、俺を殺すようなことはしない。拓也を試すようなこともしたんだから、それは分かってるのに……心のどこかで、いつも疑ってる。エーリリテや、ユリアスさんやじいちゃんにも……どうしても、心を許すことができないんだよ。」


 ふいに、ハエルの首に回されていた実の腕に力がこもった。


 あっさりとしていた口調は一転、何かをこらえるかのように激情を押し殺した声が、噛み締められた唇から漏れる。


「信じるって、こんなに怖くて勇気のることなんだね…。こんな俺に、誰に助けを求めろって言うの…?」


 その問いかけは、人を信じられないという実の心労を如実に表しているものだった。


「助けてって言えば、みんなが手を差し伸べてくれる。そんなの分かってるよ。みんな、優しい人たちだもん。でも、俺には助けてなんて言えないよ。敵になるかもしれない人に手を伸ばすより、一人で抱え込んでいた方が何倍もマシ。だから……拓也たちが俺を信じて、心配してくれることがたまらなく苦しい。悲しくて、みんなを信じられない自分が許せなくて……それなのに、俺は人を信じないことでしか立っていられなくて…。ほんと……どうかしてるよ、俺は……」


 脳裏で響く子供の声。


 昔の自分を拒絶して、無邪気に笑っていた頃の自分を貫くはずだった。
 そのためにあの憎い人格を再構築することまでしたというのに、現実はこれだ。


 日に日に膨らむ人間への恐怖に、完全に屈服してしまっている自分がいる。


 人間に対するこのさい心は、昔の自分がいだいていたものであることは間違いない。


 地球で何もかも忘れて過ごしていた頃は、こんなことを感じたことすらなかったのだから。


 昔の自分が内包していたものは、人殺しをいとわない冷酷な心だけではなかったらしい。


 そのいしずえにあったのは、こんなにも巨大な恐怖と疑念。


 こんなものに何年もさらされていたら、自分の心を守るために人を殺そうと思うこともありえるのかもしれない。


 ―――そう思ってしまうことこそ、昔の自分に飲まれかけている何よりの証拠で……


(違う…。違う、違う……違うんだ……)


 必死に自分自身を否定する実は、奥歯を噛み締めて強く目をつぶった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...