183 / 714
第6章 命の代償
選ぶのは、ただ一人だけ―――
しおりを挟む「………」
「………」
その沈黙は、何よりも重い。
思いもしなかった展開に、理性が弾き飛ばされそうだ。
現実から逃避したがる心を叱咤して、実はきつく目を閉じた。
「梨央、ごめん。」
ゆっくりと、血を吐く思いで拒絶の言葉を紡ぐ。
「俺には、その気持ちを受け取れない。だから、梨央と逃げることもできないよ。梨央はこの生活を捨ててもいいって言ったけど、本当にそう? 自分がいつ死ぬかも分からないって恐怖に、この先ずっと耐えられるの?」
とにかく、梨央を遠ざけなくては。
梨央の覚悟を問うように、あえて冷たい目で梨央を射る。
「………っ」
嘘を許さない実の剣幕に、梨央は答えられずに唇を噛み締めた。
「ほら、答えられないってことは無理なんだよ。」
実は呆れたように息を吐いて肩をすくめた。
そうだ、これでいい。
梨央を侮蔑する態度の裏で、悲鳴をあげそうな心を必死に押し殺す。
梨央のこの気持ちは自分に向けられていいものではないし、ましてや自分が受け取っていいものでもない。
だから、これでいいのだ。
自らに、暗示のように言い聞かせる。
梨央を傷つけて、梨央を傷つけたことに自分自身も傷つく。
それでも構わない。
今は傷しか残らなくとも、未来のためにはこれが一番いい。
梨央の傷は、これからの時間がゆっくりと癒してくれるはずだ。
地球には、それだけのものがある。
そんな世界を、梨央に捨てさせてはいけない。
「思いつきだけで、なんでもかんでも話さないでくれ。」
「………」
シャツにしがみついていた梨央の手が、ゆっくりと離れる。
実は黙って立ち上がると、梨央の隣を通り過ぎた。
もう語ることは何もない。
このまま自分がここにいても、互いにつらいだけだ。
一旦この場を去ったように見せて、部屋の外から梨央の感情が薄らぐように魔法で干渉するか。
そう考え、部屋を出ようとドアノブに手をかけた。
その時―――
「私は……」
梨央が、やけにはっきりとした口調で呟いた。
「私は、実がこんなつらい道を歩まなくちゃいけないことが、ただ許せないだけなの。」
「うん……で?」
必死に言い聞かせていた暗示が、揺れる。
実はドアノブを握ったまま、石のように固まった。
聞いちゃだめだ。
これ以上、梨央の気持ちを知ってはいけない。
分かっているのに、背中に刺さる梨央の視線が痛くて動けなかった。
「だから、私は実を選ぶよ。」
―――ガンッ
その瞬間、自分の拳が渾身の力で壁を殴りつけていた。
骨の髄にまで響く痛みは、激情のあまりか他人事のようにしか感じることができなかった。
「……やめてくれ。」
口腔から漏れたのは、懇願にも似た悲痛な声。
必死に殺した激情が、爆発的にあふれて理性をさらう。
後に残るのは、とてつもなく理不尽で醜く澱んだもの。
「なんで……なんで、俺なんだ。拓也でも晴人でも、他の誰でもいい。でも……なんで俺なんだ!! なんでそんなに俺を想うことができるんだよ!? どうして、俺なんかのために全てを捨てるなんて言える!? その選択の先には、絶対に幸せなんか待ってないんだぞ。そんなの、分かりきったことなのに………くそっ」
噛み締めた唇が破れて、口腔内に血の味が広がっていく。
自分が何を言いたいのか分からなくなる。
胸の中がどろどろとしたものに満たされて、窒息しそうだ。
こんな醜態なんかさらしたくないのに、心の内に渦巻いた感情を吐露することしかできない。
そんな自分に、どうしようもなく嫌悪感を覚えた。
梨央が必死に言葉を紡ごうとしている。
顔を見ていなくとも、彼女が涙を流していることくらい容易に分かった。
「私は……実を好きでいちゃいけないの? 実の邪魔にしかならない?」
実は何も答えない。
答えるほどの余裕もなかった。
―――――実。
この泥沼から自分を救い出すように、か細い声が響く。
その声にすがるように、実はハッとして首を回していた。
目についたのは、ベッドの上に放り投げてあった桜の枝。
それが淡く発光し、風もないのにさわさわと揺れていた。
梨央が枝を凝視する前で、実はそれを拾う。
そして、大事そうに優しくそれを抱いた。
「……桜理が、呼んでる。」
そのことをなぞった瞬間、自分の中に渦巻いていた激情が跡形もなく消え去っていく。
早く行かないと。
混乱に押し退けられていた使命感が、数秒にも満たない間に自分を支配していく。
それを見ていた梨央が、慌てて実の腕を掴んだ。
「だめ!」
梨央はそう訴えるが、そんな梨央を射た実の瞳は一点の曇りもなく、そして機械のように無機質だった。
「梨央。さっき、俺に〝どうして?〟って訊いたよね。その答えなら、梨央が自分で言ったよ。」
抑揚に欠けた声が、静かに空気を震わせる。
「引く気がないなら、こう言ってあげる。梨央は俺のためなら今の生活を捨てるとまで言ったのに―――どうして、同じ理由で俺が桜理のために動くのはだめなの?」
「―――っ!!」
その問いかけに、梨央が完全に言葉を失った。
反論の一切を封じられた彼女の手から、わずかに力が抜ける。
「それに、梨央は知ってたはずだよ。たくさんの友達がいたけど……俺が、馬鹿みたいに桜理しか見てなかったってことを。」
突きつけた事実を、梨央は否定しない。
幼馴染みとしてずっと近くにいたのだから、否定できないはずだ。
黙り込むしかなくなった梨央に、実は最終宣告を放つ。
「俺は、桜理のために自分の命を使うって決めたんだ。こればかりは、何を言われたって譲らない。」
はっきりと告げられた言葉に込められた覚悟。
それに怯んだ梨央の腕から、最後の力が失われる。
その一拍の間に、実はなんの躊躇いもなく梨央の手を振り払った。
バランスを崩した梨央を空気のように無視して、実は光の風と共にその場から消えてしまう。
「………」
残された梨央は、実が消えていった場所を見つめる。
次に実に振り払われた手を見つめ、目を閉じる。
最後に開かれたその瞳に、絶望といった類いの感情はなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!!
2巻2月9日電子版解禁です!!
紙は9日に配送開始、12日発売!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話
ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。
異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」
異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる