世界の十字路

時雨青葉

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第6章 命の代償

幼馴染みの告白

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 久々に帰った自分の部屋は、やはり何も変わっていなかった。


 ―――たった一つを除いて。


 実は、予想していなかった来訪者を睥睨へいげいする。


 ほんの少しの休憩を兼ねて立ち寄った部屋で、梨央が厳しい目つきで待ち構えていたのだ。


 その隣には、自分と全く同じ容姿をした少年が居心地悪そうに立っている。


「……すみません。彼女だけには気付かれてしまって。」


 申し訳なさそうに縮こまる自分の影に、実は微笑を向けた。


「別に構わないよ。そんなに責任を感じる必要はないって。長い間ありがとう。お疲れ様。」


 ねぎらいの言葉をかけてやると、彼はほっとしたように笑って目を閉じた。
 仕事を終えた彼の体が、あっという間に透けて消えていく。


 それを見送った実は、梨央に構わずベッドに身を投げた。
 体が泥のように重くて、少しでいいから横になりたかったのだ。


「一ヶ月以上も、何をしてたの?」


 梨央が冷たく問う。


 それで時間の概念を思い出し、枕元の充電器にささったままの携帯電話にスイッチを入れてみた。


 ディスプレイに表示された日付は、十一月二十三日。
 どうりで寒いと思った。


 そんなくだらない感想もそこそこに、携帯電話を裏返して伏せる。


「……別に。」
「別に、じゃないでしょ!」


 梨央が悲鳴じみた声をあげる。
 その声の機微に気付いて、目だけで梨央を見た。


 梨央の目には、今にも零れそうなほどに涙が溜まっていた。


「なんで泣いてるの?」


 訊くと、梨央が傷ついたように顔を歪めた。
 おそらく、こちらの声と態度が思ったよりもずっと冷たかったからだろう。


 一瞬こちらの態度に気圧された梨央だったが、ぐっと表情を引き締めた彼女は再度口を開いた。


「実。もう、桜理には会わない方がいいよ。」


 唐突に、梨央はそんなことを言う。


「は?」


 さすがに、だるさを押し退けて反応してしまった。


 いきなり何を言い出すのか。
 思わず身を起こすと、梨央がすかさず肩を掴んで揺さぶってきた。


「だから、桜理のところには行っちゃだめ! もう、あの子に会っちゃいけない! 絶対に会わない方がいいの!!」


「な、なんで……」


「だって……―――桜理は、実を殺そうとしてるんだよ!?」


 梨央がせきを切ったように言い立てる。


 ずっと言いたくて仕方なかったのだろう。
 涙を流しながら、梨央は焦った様子で何度も実の肩を揺らした。


「桜理は、自分が生きるために実を利用するつもりなの。桜理が生きるためには実が死ななくちゃいけないって、本人が言ってたもん。実なら、絶対にお願いを聞いてくれるはずだからって。……実、桜理にだまされてるんだってば!」


「梨央、とりあえず落ち着いて……」


「実を待ってたこの一ヶ月、気が気じゃなかった。もし、実が死んでたらどうしようって……すごく、心配したんだから。また桜理に会いに行ったら、今度こそ実は死んじゃうかもしれない。だから、行かないで。もう、桜理のところに行っちゃだめ…っ」


 そのまま、梨央はとうとう泣き崩れてしまう。


(どうしてこんなことに……)


 実は細く、小さく息を吐いた。


 まさか、桜理と梨央の間にそんなやり取りがあったとは。


 多分、自分が桜理をフォローするようなことを言っても、火に油を注ぐような展開にしかならないのだろう。


(―――まあ、もうどうでもいいか。)


 そう感じた瞬間、胸と頭の温度が一気に下がった。


「……知ってるよ。」
「え?」


 泣き声の合間に、間の抜けた声を漏らす梨央。
 そんな梨央を前に、実は少しも揺るがない瞳で口を開いた。


「知ってる。全部知ってるよ。それを承知の上で、俺は桜理のために動いてる。」


 こちらの言葉が予想外だったのか、梨央はしばし呆けていた。


 それ以上のことは言えないので黙ってその様子を見つめていると、徐々に彼女の唇が震え出す。


「どう……して?」


 あまりにもショックが大きかったのかもしれない。
 梨央の口から漏れた声は、小さくかすれていた。


 実は微かに微笑む。


「桜理がこうなったのは、俺のせいなんだ。だから、俺には桜理のために動く義務がある。……というのは建前で、本当は俺がそうしたいだけなんだけどね。桜理が望むなら、別に死んだっていい。」


「どうして? ……なんで、そんなこと言えるの? そもそも、なんであの子があそこにいたのよ。桜理は、地球の人じゃないの? もう、意味が分からない…っ」


 梨央が混乱したように首を振った。


「……嫌。だめ……死んじゃうなんて、絶対に嫌! 行かないで!! 行かないで、実……」


 梨央がすがるようにしがみついてくる。


 だけど、自分にはその体を抱き締めることも、彼女を安心させるような言葉をかけることもできない。


 いくら必死に引き止められようとも、自分の考えは変わらないから。


「………っ」


 実は唇を噛み締める。


 梨央の優しさと一途な想いが苦しい。
 その苦しさに負けて、静かに目を閉じる。


 自分の選択と、これから梨央に突きつける現実。
 それに、身を切られる思いがする。


 大事な幼馴染みで、大事な友人だ。
 できることなら、彼女を傷つけたくない。


 しかし、自分が桜理を優先して死を選んだら、梨央が傷ついてしまう。
 それが揺るぎない結末なら、梨央を傷つける未来を受け入れるしかないだろう。


 どんなに考え直したって、自分の選択は変わらない。
 こればかりは、どうしようもないんだ。




 だって自分は―――、記憶を封印してもなお、ずっと桜理に縛られて続けていたのだから。




「梨央……ごめん。」


 そっと梨央の頭をなでて、手の先に魔力を集める。


 きっと、忘れてしまった方が楽だ。


 これ以上つらい思いをする前に。
 一生消えない傷を作ってしまう前に。


 自分とは関係のないところで、彼女が笑って幸せに暮らせるように。


「……なんで?」
「え?」


 しゃくりあげていた梨央が、ふいに呟いた。


「なんで、実ばかりこんな目に遭わなきゃいけないの? 死ぬようなことをしなきゃいけないの? 神様がそう決めたから? だったら、私は神様を恨むよ。どうして、実ばっかり……」


 顔を上げた梨央は、き物が落ちたかのように落ち着いた表情をしていた。


 何をされようとしていたのかを本能的に悟ったのか、頭に置かれた実の手を掴んでゆっくりと下に降ろす。


 そして、実の目を間近から見つめた梨央はこう言った。


「実、一緒に逃げよう?」


 予想だにしない言葉に、実は絶句する。
 固まった実に、梨央は必死に言葉を連ねた。


「逃げよう? ここでも、向こうでも、どこでもいい。誰も追ってこられないような場所に逃げよう? そこで、静かに暮らそう? どんな生活が待っているかなんて分からないけど……それでも、実がこれ以上つらい思いをしないなら、私は今の生活を捨ててもいい。」


 混乱のあまり、思考がとんでもない方向に行ってしまっているようだ。
 実は、微かな焦りを見せながら梨央の肩を掴む。


「梨央、落ち着いて。何言ってるんだよ。」
「落ち着いてる。言ってることも本気だよ。」


 心配そうに顔を覗き込む実に、梨央ははっきりとそう告げた。
 その瞳にこもった光がしっかりしていることに気付き、実は狼狽うろたえてしまう。


 意味が分からない。
 彼女が、どうしてここまで自分のために必死なのか。


 眉を寄せて少し考えたところで、実はハッとする。


 今の梨央の姿は、自分にそっくりだ。
 誰かのために、自分を捨てる覚悟でここに立っている。


 梨央の自分への想い。
 もしそれが、自分が桜理へいだいているものと同じ種類のものだとしたら―――


「梨央、もしかして……」


 茫然とそう零した実に、梨央は痛いほどに純なまなしを注いでいた。


「遅いよ。やっと気付いたの?」


 この先を聞きたくない。
 自衛本能がそう訴えていた。


 聞いてしまったら、二人の間の何かが壊れてしまう。
 しかし―――




「私は、実のことが好きなんだよ?」




 梨央は、その破壊の言葉を躊躇ためらいなく言い放った。

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