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第1章 悔恨
死神と対峙する覚悟
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元より、自分は人一倍霊感が強いらしい。
この世ならざるものの姿はそれこそ幼い頃、物心つく前から見えていたし、それを追い払う力もそれなりに持ち合わせていた。
だからこその厳しい修行だったらしいのだが、生憎とそれが役立ったと思ったことはなかった。
常人に見えないものは色々と見えていたが、それらがこちらに危害を加えてきたことはない。
それを追い払うにしても、神社で行うような特別な儀式など必要なかったからだ。
きっと祖父は、稀代の力を持つ自分が後々は九条家が長く戦ってきた死神を滅せられると期待したのだろう。
まあ、自分としてはその期待は疑問であり、重荷でしかなかったけども。
昔の資料を見る限り、死神と称されるモノは確かに存在したのだろう。
しかし、それが今なお存在しているものだとはとても思えなかった。
現代へと時が流れるにつれ、死神の被害は減少の一途を辿っている。
一番新しい被害報告は、祖父だって生まれていない頃のものだ。
祖父も、自身は死神を目にしたことなどないらしい。
それも当たり前。
死神を知覚できない限り自分が狙われていることにも気付けないのに、どうやってこの家に助けを求めろと言うのだ。
死神を知覚できる人間がほとんどいない今、死神の被害が九条家の耳に入ることはないのではないだろうか。
もちろん、死神による被害がゼロとは言い切れないが、九条家の手が届かない範囲のことでは、また別の家が動くはず。
自分は、死神と関わることなく生きていくだろう。
そう思って疑わなかった。
そんな自分の認識を真正面からぶち壊してくれたのが、実だったわけだ。
彼から死神の存在を感じ取った時は、あまりの衝撃に眩暈がしたとも。
早く真相を確かめたくて実たちを屋敷に招き入れ、異常者と思われることを承知で実の服を脱がしにかかっていた。
そして、実の胸に焼印のごとく捺されていた刻印を見て落胆にも似た気持ちを抱いた時―――死神など、ただの思い過ごしであってくれと願っていた自分を自覚した。
今なら分かる。
自分は、実を見た瞬間に直面させられた死神の存在に、無意識下で怯えたのだと。
あれは明らかに、人間の力が及ぶ範疇を超越した存在。
対抗できるわけがないじゃないか。
正直、こんな存在を相手にしてきた先祖の正気を疑った。
そんな気持ちに陥りながらも実たちの相手ができたのは、曲がりなりにも父からこの神社を預かっているという責任感があったから。
自分はこれまで育ってきた神社を大切に思っているし、いずれこの神社を継ぐことだって抵抗も異論もなく受け入れている。
必要になれば、これまでは頓着していなかったしきたりや伝統を重んじる心構えだってある。
だからこそ、あの時の自分は衝動が赴くままに動くことができなかった。
(―――ああ、そうか。)
ふと得心した。
自分が何故、ここでこうしているのか。
覚悟を決めるためだ。
実を介して死神の存在を確信した今、死神などいるわけがないという先入観じみた思いは、単なる言い訳に成り下がってしまった。
だから、その言い訳を捨てて死神を認め、死神と対峙していく覚悟を決めに来たのだ。
今回のように、死神は唐突に姿を現す。
次がいつかは分からない。
もしかしたら、今後は死神に会うことも、死神の話を聞くこともないかもしれない。
だが、それに甘んじてはいけないのだ。
「……はは。」
蓮は一人でくすりと微笑む。
不思議と、今は恐怖を感じなかった。
実の刻印を見て落胆したくせに、その後驚くほど早く落ち着きを取り戻したことを顧みると、実たちと話しているうちに恐怖が消えてしまったのだろう。
きっとあの時に、自分は無意識で腹をくくったのだ。
そうでなければ、できうる限りの協力をするという言葉が出るはずもない。
あれだけ怖気づいて、先祖の正気を疑った自分はなんだったのか。
あっという間にその恐怖の根源と対峙する覚悟ができてしまうのだから、自分は間違いなく九条の血を受け継いでいるようだ。
血脈の強さを実感する、初めての瞬間だった。
―――これは、観念するしかないか。
そこまで思い至って肩の力を抜いた時、静まり返っていた境内にやたらと大きく聞こえる音が響いた。
床板が軋む音。
誰かがこちらに向かっているようだ。
蓮が様子を見るために体の向きを変えたのと、着物の女性がこちらを覗き込んできたのは、ほとんど同じタイミングだった。
女性は蓮の姿を認め、目を丸くする。
「まあ…。蓮ったら、こんなところにいたのね。一体どういう心境の変化かしら。熱でもあるの?」
まさしく予想どおりの反応だ。
蓮は苦笑して、母の琴美を見上げた。
「ちょっと、色々あったんだ。」
言いながら、蓮は拝殿の外がいやに明るいことに気がついた。
左腕にはめた腕時計を見ると、時刻は九時半。
思った以上に時間が経過していた。
「どうしたの? 母さんが境内に入るなんて、珍しいね。」
「あ、そうそう。」
琴美は用事を思い出したように両手を合わせる。
「あなたにお客様よ。」
「僕に?」
「ええ。あなたか紫苑君に用があるって。紫苑君は高校に行ってるでしょうから、あなたを呼ぼうと思ったのだけれど、肝心のあなたがいないんだもの。捜したわ。」
蓮は思わず眉をひそめる。
なんだか、とても嫌な予感がした。
「誰?」
自然と口調が険しくなる。
琴美はそんな蓮の機微には気付かず、困ったように首を捻った。
「それが……名前は教えてくれなかったのよ。この間の者ですって言えば分かるからって―――」
「すぐに行く。」
蓮は即答し、立ち上がるや否や床を蹴った。
この世ならざるものの姿はそれこそ幼い頃、物心つく前から見えていたし、それを追い払う力もそれなりに持ち合わせていた。
だからこその厳しい修行だったらしいのだが、生憎とそれが役立ったと思ったことはなかった。
常人に見えないものは色々と見えていたが、それらがこちらに危害を加えてきたことはない。
それを追い払うにしても、神社で行うような特別な儀式など必要なかったからだ。
きっと祖父は、稀代の力を持つ自分が後々は九条家が長く戦ってきた死神を滅せられると期待したのだろう。
まあ、自分としてはその期待は疑問であり、重荷でしかなかったけども。
昔の資料を見る限り、死神と称されるモノは確かに存在したのだろう。
しかし、それが今なお存在しているものだとはとても思えなかった。
現代へと時が流れるにつれ、死神の被害は減少の一途を辿っている。
一番新しい被害報告は、祖父だって生まれていない頃のものだ。
祖父も、自身は死神を目にしたことなどないらしい。
それも当たり前。
死神を知覚できない限り自分が狙われていることにも気付けないのに、どうやってこの家に助けを求めろと言うのだ。
死神を知覚できる人間がほとんどいない今、死神の被害が九条家の耳に入ることはないのではないだろうか。
もちろん、死神による被害がゼロとは言い切れないが、九条家の手が届かない範囲のことでは、また別の家が動くはず。
自分は、死神と関わることなく生きていくだろう。
そう思って疑わなかった。
そんな自分の認識を真正面からぶち壊してくれたのが、実だったわけだ。
彼から死神の存在を感じ取った時は、あまりの衝撃に眩暈がしたとも。
早く真相を確かめたくて実たちを屋敷に招き入れ、異常者と思われることを承知で実の服を脱がしにかかっていた。
そして、実の胸に焼印のごとく捺されていた刻印を見て落胆にも似た気持ちを抱いた時―――死神など、ただの思い過ごしであってくれと願っていた自分を自覚した。
今なら分かる。
自分は、実を見た瞬間に直面させられた死神の存在に、無意識下で怯えたのだと。
あれは明らかに、人間の力が及ぶ範疇を超越した存在。
対抗できるわけがないじゃないか。
正直、こんな存在を相手にしてきた先祖の正気を疑った。
そんな気持ちに陥りながらも実たちの相手ができたのは、曲がりなりにも父からこの神社を預かっているという責任感があったから。
自分はこれまで育ってきた神社を大切に思っているし、いずれこの神社を継ぐことだって抵抗も異論もなく受け入れている。
必要になれば、これまでは頓着していなかったしきたりや伝統を重んじる心構えだってある。
だからこそ、あの時の自分は衝動が赴くままに動くことができなかった。
(―――ああ、そうか。)
ふと得心した。
自分が何故、ここでこうしているのか。
覚悟を決めるためだ。
実を介して死神の存在を確信した今、死神などいるわけがないという先入観じみた思いは、単なる言い訳に成り下がってしまった。
だから、その言い訳を捨てて死神を認め、死神と対峙していく覚悟を決めに来たのだ。
今回のように、死神は唐突に姿を現す。
次がいつかは分からない。
もしかしたら、今後は死神に会うことも、死神の話を聞くこともないかもしれない。
だが、それに甘んじてはいけないのだ。
「……はは。」
蓮は一人でくすりと微笑む。
不思議と、今は恐怖を感じなかった。
実の刻印を見て落胆したくせに、その後驚くほど早く落ち着きを取り戻したことを顧みると、実たちと話しているうちに恐怖が消えてしまったのだろう。
きっとあの時に、自分は無意識で腹をくくったのだ。
そうでなければ、できうる限りの協力をするという言葉が出るはずもない。
あれだけ怖気づいて、先祖の正気を疑った自分はなんだったのか。
あっという間にその恐怖の根源と対峙する覚悟ができてしまうのだから、自分は間違いなく九条の血を受け継いでいるようだ。
血脈の強さを実感する、初めての瞬間だった。
―――これは、観念するしかないか。
そこまで思い至って肩の力を抜いた時、静まり返っていた境内にやたらと大きく聞こえる音が響いた。
床板が軋む音。
誰かがこちらに向かっているようだ。
蓮が様子を見るために体の向きを変えたのと、着物の女性がこちらを覗き込んできたのは、ほとんど同じタイミングだった。
女性は蓮の姿を認め、目を丸くする。
「まあ…。蓮ったら、こんなところにいたのね。一体どういう心境の変化かしら。熱でもあるの?」
まさしく予想どおりの反応だ。
蓮は苦笑して、母の琴美を見上げた。
「ちょっと、色々あったんだ。」
言いながら、蓮は拝殿の外がいやに明るいことに気がついた。
左腕にはめた腕時計を見ると、時刻は九時半。
思った以上に時間が経過していた。
「どうしたの? 母さんが境内に入るなんて、珍しいね。」
「あ、そうそう。」
琴美は用事を思い出したように両手を合わせる。
「あなたにお客様よ。」
「僕に?」
「ええ。あなたか紫苑君に用があるって。紫苑君は高校に行ってるでしょうから、あなたを呼ぼうと思ったのだけれど、肝心のあなたがいないんだもの。捜したわ。」
蓮は思わず眉をひそめる。
なんだか、とても嫌な予感がした。
「誰?」
自然と口調が険しくなる。
琴美はそんな蓮の機微には気付かず、困ったように首を捻った。
「それが……名前は教えてくれなかったのよ。この間の者ですって言えば分かるからって―――」
「すぐに行く。」
蓮は即答し、立ち上がるや否や床を蹴った。
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