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第2章 諍い
それは、不可逆的な―――
しおりを挟む「覚悟しておくがよい。そうやって生き長らえたこと、思う存分後悔させてやろう。」
お前のことなど、ずたぼろにしてやる。
開幕早々言外にそう言われたが、実はそれに一片の動揺も見せなかった。
ただ不敵な笑みをたたえて、死神と向かい合う。
「ふーん。面白いじゃん。させてみろよ。できるもんならな。」
「ほう、強気だな。」
「当たり前。さっきも言ったとおり、後悔するつもりはないからね。俺に後悔させる前に、あんたは俺の力の核を探さなきゃならないだろ? 隠し場所には自信があるんだ。そう簡単には見つからないよ。ちなみに、俺を追っかけても意味ないから。」
「そんなこと、分かっておるわ。」
死神は言い捨て、実が現れる前と同じように水晶玉の前に腰を下ろした。
「今のお主ほど自由な存在はいまい。いくら追跡したところで、見失うのが関の山だ。」
「へぇ、分かってんじゃん。」
実は笑みを深めた。
「じゃあ、どうするつもりなの?」
訊ねると、死神は軽く笑った。
「その強気も、いつまで続くものかね。」
「ん?」
「お主は確かに自由だが、かといって全く縛られていないわけではあるまい? 少なくとも、時間には縛られているのではないか?」
言われて、実はすぐにその質問の意図に思い至る。
(そういうことね……)
実が見つめる前で、死神は魂が収まったかごを掲げた。
「果たして、魂ともう一つの力がいつまで離れていられるものかな。それ以前に、魂を失った肉体がそんなに長く持つはずもあるまい。私が何かしなくとも、お主は時間に追い詰められる。いずれ、自ら私の手に落ちてくるはずだ。」
あれだけ怒り狂っておきながら、冷静な思考を取り戻すのが早いことだ。
だが……
実はそこで、儚げに微笑んだ。
「俺か、は分からないけどね……」
浮かべた笑みを崩さないように意識しながら言うと、死神が興味深そうな様子で首を傾げた。
「ほう?」
続きを促されて、実は口を開く。
「体がだめになるよりも先に、人格の方がだめになる可能性が高いってこと。本当なら、もう死んでるはずの命を無理に繋いでるからね。自我を保つのも、結構な労力なんだ。あんたが欲しいのは、俺っていう人格を含めた完全な魂だろ? 体がだめになるのを悠長に待っていたら、俺を完全体では手に入れられない。あんたのものになりたくないから消えるっていう選択肢は、俺の中にもあるんだけど?」
「なるほどな…。しかし、お主は決してその選択をしないだろう?」
「何を根拠に?」
「お主は、肉体にひどく執着しておったからな。それはおそらく、肉体を手放せば預かっている命が潰えるからなのだろう?」
鋭い指摘。
とっさには答えられずに黙る実に、死神は淡々と続けた。
「お主は自分が死ぬことというより、自分が預かっている命が絶えることを容認できないのだ。そのくらい、以前のお主の言動から簡単に推測できる。そんなお主が自我を捨てられるわけがない。どこの誰かは知らぬが、自ら命を預かってやるほど大切な者を、自分の都合で殺したくはないだろう?」
「……まあね。」
最終的に、実は死神の推測を素直に認めた。
そう。
ああは言ったものの、自分には死を選べない。
桜理の命を抱えている限り死ぬことは許されないし、自分に死ぬことを許すつもりもない。
確かに死神が言うとおり、自分は自身が死ぬことよりも桜理の命が絶えることを容認できないのだ。
彼と戦っていた時は自分も限界間近だったから精神的に余裕がなかったとはいえ、下手に情報を与えすぎてしまったようだ。
この心理戦、いかにして自分に有利な方向に転じさせたものか。
思考を巡らしていて、実はふと目を見開いた。
その後、急に力なく笑う。
それを見た死神が、怪訝深そうに眉をひそめた。
「どうした?」
「いや……」
実は微かに首を振る。
「確かに、俺は死ねない。だから……やっぱり、ちょっと焦ってるんだよな。思った以上に、俺は不安定だからさ。正直、俺がいつまで自分を認識して保っていられるか、分かったもんじゃない。下手すれば、数秒後には俺はいないかもしれない。それくらい、今の俺は希薄なんだ。」
訥々と、実は自分の状況を語る。
「精神力には自信があるし、自我も人一倍強い気もするんだけど……そんな意地も霞みそうになる。桜理が大事で、桜理を死なせたくないからここにいるはずなのに、その感情すらも遠い昔のことに感じて、実感がなくなる。いつの間にか……死を拒む自分よりも、死を受け入れる自分が勝ってるんだよ。死ってのは、本当に不可逆的なものなんだろうな。きっと……―――誰も、拒めない。」
実の声はどこか寂しげで、そして明らかな諦観を示していた。
死神は息を飲むが、実は彼の動揺に気付かない。
気付けなかった。
さらに言うなら、それどころではなかったのだ。
視覚と聴覚に、ノイズが混じってきていた。
気が遠くなるのとは、どこか違う。
まるで自分という存在が薄れ、思考や自我や存在意識や、その全てが混沌とした闇の中に溶けていくような心地。
避けようもない死が、この身に迫っているような―――……
実はそれにほとんど飲み込まれていて、自分の姿が消えかかっていることにも気付いていなかった。
「おい…っ」
死神が叫ぶも、もう遅い。
実の姿は、空気に溶け込むように消えてしまった。
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