世界の十字路

時雨青葉

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第2章 諍い

九条家の実力

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 尚希が叫んだ瞬間、実の動きがピタリと静止した。


 そうだ。
 少し考えれば明らかではないか。


 ―――これが、実であるはずがないと。


「お前、誰だ?」


 動かなくなった実に低く問う。
 すると―――


「くくく……」
 

 くぐもった笑い声が、その口腔から漏れた。
 それに、琴美以外の三人が顔を歪める。


 その声は確かに実のものだったが、明らかに実のものではなかった。


 実の声に、別の人物の声が重なっている。
 そんな耳ざわりな響きが、尚希たちの頭を満たしていたのだ。


 ちょうどその時、台所に隆文と紫苑が姿を現した。


「よく気付いたな。」


 耳朶じだを打った実の声に、隆文と紫苑も目元を険しくする。
 説明しなくても、すぐに状況を理解できたらしい。


「お前…っ」


 尚希の頭に、カッと血がのぼる。


 やたらともったいぶった口調。
 一度しか聞いたことがなくとも、その口調は犯人の姿を鮮やかに思い起こさせた。


 犯人の正体に思い至った拓也も、殺意を込めた目つきで実の体を乗っ取ったそれを睨む。


 それぞれが各々おのおのの緊張感に身を固くする中、尚希が震える唇を開いた。


「なんのために、こんなことをする。」


「くく……なんのためだと? 知れたことよ。あやつの魂を完全体にするためだ。肉体が破壊されれば、さしものあやつもここには戻れまい。」


「てめえ…っ。そこまでして実が欲しいのか!?」


「そうだ。ここまで私を驚かせた魂だ。そう簡単に手放すつもりはない。何がなんでも手に入れる。そのためには、肉体がどうあっても邪魔なのだよ。早く手を打たねば、あやつは危ないからな。」


「なっ…!?」


 尚希が目をくと、死神は実の声で愉快そうに笑った。


「ははは。やはり気付いていないのだな。あやつは、お主らが思っている以上に不安定だぞ? いつ人格が消え失せてもおかしくはない。」


「!?」


 彼の口から語られたことが嘘にしろ真実にしろ、その言葉が尚希たちに衝撃を与えるのはやすいことだった。


「私は、あやつの人格も含めて全てを手に入れる。さあ、分かったらその手を離すがいい。離す気がないのなら、無理にでも離してもらうぞ。私は、この体がどうなっても構わぬからな。骨が折れても、文句は言うまいな?」


「くっ…」


 再び肉体の限界を無視した力を入れ始めた死神に、尚希は歯噛みする。


 ここで自分が力を緩めなければ、死神は慈悲なく実の体を破壊するだろう。


 魔法で体の自由を奪うことは可能だが、仮にも神である彼にそれがどこまで通用するか。


「………っ」
 

 葛藤かっとうからわずかに力を緩めた、その時だ。


「植松さん、そのままで。」


 りんとした声が尚希を止めた。


 思わず顔を上げた先にいたのは蓮。
 どこから持ってきたのか、彼の左手には水が滴るさかきの枝が持たれている。


「蓮君……」
「そのままで、いてください。」


 蓮の目は有無を言わせない威圧的な光を帯びていて、尚希は緩めた手に無意識でもう一度力を込めた。


 蓮はキッと目に力を込めると、何かを呟きながら実に近付き、さかきの枝を振った。
 青々とした葉から水滴が飛び散り、枝が勢いよく実の胸に打たれる。


「ぐ…っ」


 実の口から苦悶の声が発せられ、体がびくんと痙攣けいれんしてけ反った。


 蓮は構わず、呪文を詠唱し続ける。
 それにつれて、死神の声ににじむ苦悶の色が増していく。


 蓮がもう一度さかきの枝を振り、今度は実の肩口に枝を叩き落した。


「うっ…」


 とうとう、実の体が膝をついた。


「くくく……」


 実の肩が震え、低い笑い声が漏れる。
 蓮はそれに一瞬表情を歪めたが、ぐっと目を閉じて呪文の詠唱に集中する。


「まさか……こんな、古い術が、未だに生きていたとはな。……さすがは、九条家。私を狩ろうとする家々の中でも……一際しつこかった、だけのことはある。その往生際の悪さ、だけは……今なお健在か……」


 徐々に抜けていく実の体の力。
 尚希は、信じられない気持ちでそれを見つめていた。


 あの実でさえ敵わなかった相手が、蓮の前にあっさりと膝をついているとは。


『ここのしがらみは、ここの人間に任せるのが賢明だろうと思います。』


 実の言葉の正しさを、改めて知る。


「く…っ……」


 実の頭が、がくりと下がる。


「……致し方あるまい。今回は、大人しく退いてやろう。」
「逃げられると思うのか?」


 紫苑が静かに威嚇する様子で言う。
 もちろん、この場にいる誰にも死神を逃がすつもりはなかった。


 しかし―――


「ふふ、馬鹿を言うでない。お主らごときに、むざむざとやられる私ではないわ。己の力をわきまえるがいい。」


 ぐいっと上がった実の顔。
 その目があやしく光った。

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