世界の十字路

時雨青葉

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第4章 1日目

実が無茶をする理由

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 純粋な疑問を投げかけてから、ゆうに十秒は経った後。
 迷う素振りを見せながらも、尚希は重たそうな口を開いた。


「……実はきっと、自分に未来があるなんて思っていないんだ。」
「………?」


 予想外だったのか、紫苑は上手く反応できない様子だった。


 それも無理はないだろう。
 尚希は構わずに続ける。


「実は、自分がいつ死んでもおかしくないと思ってる。今みたいに生きようと足掻いていても、心のどこかでは死を受け入れている。だから……もうだめだと判断したら、実はあっさりと生きることを諦めてしまうんだろうな。そんな実にとって、未来なんてものは夢物語でしかないんだ。未来を思い描いても、どうせそれは実現しない。その前に絶対……自分は死んでいるから。」


 それは、ただの絶望的観測ではなくて、あの世界の常識を映した確信なのだろう。


「………っ」


 闇の中にぽつんと立つ実の姿に、一瞬だけ別の姿が重なる。
 その幻影を振り払いながら、尚希はさらに続きを述べる。


「だからいつも、あいつは必死なんだ。明日には自分はいないかもしれないから、生きていられるうちに、少しでも自分にできることをやっておきたい。そう遠くない未来に訪れる死を、悔いなく迎えられるように。多分、そういうことだと思う。オレも……その気持ちは、すごく分かる。」


 まるで自分のことを語るように、苦しげな表情をたたえて目を閉じる尚希。


 紫苑は相変わらず、不可解そうな表情で尚希を見ていた。
 ぎゅっと眉根を寄せている顔は、いまいち納得がいかないという様子だ。


「分かんねー。いつ死ぬか分からないのは、みんな一緒じゃん。それを気にしたらきりがないだろ?」


「そうだな。でも、実はそれを人一倍気にしてしまうんだよ。」


「なんで?」


「うーん、そうだな……」


 尚希はしばし悩み、やがて小さく息をついて肩を落とした。


 仕方ない。
 実には、後で謝っておくことにしよう。


「紫苑君は、お母さんからこんな話を聞いたことがあるかな? オレたちの世界では有名な物語なんだけど……」


 そう前置いて、尚希は語り出す。
 遥かいにしえから続く、悲しい呪いの物語を。


 初めは尚希の話の意図を掴みあぐねている様子の紫苑だったが、話が進むにつれて、その表情がどんどん硬く険しくなっていく。


 そして話が終わる頃には、その顔は蒼白になっていた。


「それが……実だっていうのか?」
「そういうこと。」


 尚希はコーヒーを一口飲んで空を見上げる。


 心なしか、雲がさっきよりも暗くなってきているような気がする。
 まるで、この先の未来を予兆しているようだ。


「実が背負っているものは重い。だから、その運命に他人を巻き込みたくないんだろうな。もしもオレたちが実の秘密を知らないままだったら……実はきっと、オレたちに全く近寄らないまま、姿を消してたと思う。自分について知られてないって、それだけでかなり楽な部分もあるし……知られてないって分かってる分、取りつくろうことも簡単になるもんだから。」


「………」


 紫苑がどう反応したものかと戸惑う間にも、尚希の言葉は続く。


「どうすれば自分一人で抱え込むことができるのか。自分の事情に巻き込んでしまったオレたちを、どうすれば危険から遠ざけられるのか。そんなことばっか考えてるから、実の行動はいつもむちゃくちゃになる。それでも最後にはきちんと収集をつけるんだから、あいつはすごいよ。」


 そこで、尚希は苦笑する。


 本当に、実はよくやっていると思う。


 あまりにも酷な運命を思い出してしまっただけでもつらいはずなのに、その重さに屈することなく強く立っている。


 己の内に秘めているという彼の暴走も、タリオンの一件以来見ていない。


 本当はいつ殺されるのかと怯えて人と接することが怖いだろうに、それを態度に出すことなく、周りのピンチには惜しまず手を差し伸べる。


 それに、今回は自分一人で解決しようとせずに助けを求めてくれた。


 きっと、本人の中では相当な葛藤かっとうがあったに違いない。
 でも、今回のように自分から歩み寄れたのは大きな進歩だ。


 尚希は表情をなごませる。


 少しずつでいい。
 少しずつでいいのだ。


 今回のような変化を少しずつ積み重ねて、いつか心を開いてくれればいいと思う。




 そうなればきっと、もう一度心の底から笑える日が来るから―――……



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