世界の十字路

時雨青葉

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第4章 1日目

紫苑、決意に燃える。

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「………」


 実に思いをせる尚希の様子に、紫苑は目を丸くしていた。


 どこまでも優しくて温かい、尚希の微笑み。


 彼は実を本当に大事に思っているのだと。
 そう実感した。


 そして、その実感が自分の中に染み込むほどに、とある気持ちが膨れ上がる。
 その気持ちがおもむくままに、紫苑はゆっくりと立ち上がった。


「どうした?」


 紫苑に合わせて、尚希も立ち上がる。
 様子をうかがうも、彼の表情は前髪に隠れていてよく見えない。


「紫苑君?」
「……た。」
「え?」


 よく聞こえなかったので訊き返すと、今度はもっとはっきりした声が返ってきた。


「決めた。おれも蓮に付き合う。何がなんでも、実を助けてやるよ。」


 突然の宣言に、尚希はきょとんとした。


 まだ全く交渉を持ちかけてはいないのだが、紫苑の心境にどんな変化があったのだろうか。


 ―――まあ、何はともあれだ。


「紫苑君、ありが―――」
「で、一発殴る。」


「……はい?」


 思わぬ紫苑の発言に、虚を突かれた尚希は目をぱちくりとまたたく。
 それに構わず、紫苑は勢いよく顔を上げた。


「なーにが、周りを巻き込みたくない、だ。そんなの、無理に決まってんだろ! 知り合った時点で、お互いの運命に巻き込まれてるもんなんだよ。それが嫌だっていうなら、人間やめちまえーっ!!」


 なんのスイッチが入ったのか、紫苑は空に向かって大声で怒鳴り始める。


「ああー、ムカつく!! どんな厄介なもんを背負ってるかなんか、知ったこっちゃない! 自分がどんなにいい人たちに恵まれているか、あいつはもっと自覚するべきだ。周りは実のことを認めて、受け入れてるじゃんか。それなのに拒絶した挙げ句、自分はやり逃げだと? 何様のつもりだ、馬鹿野郎ーっ!! ああ、助けてやるさ! 助けて、自分一人じゃ何もできないって思い知らせてやる。そんで一発殴って、周りにいる人の大切さをおれがよーく叩き込んでやる!!」


「あー……紫苑くーん、戻っておいでー……」


 笑顔を引きつらせる尚希の言葉は、紫苑の耳を素通りする。
 その目には、やる気の炎がめらめらと燃えていた。


「別に殴らなくても……」


「いや、絶対に殴る! そうじゃないと、いつまでもあんたたちが報われない! 第一に、おれの気が収まらない!!」


「あ、そう……」


 尚希は、当惑顔で頬を掻いた。


 当初思い描いていたものとはかなり違う展開になったが、紫苑がやる気になってくれたようなので、よしということにしよう。


 まさか実も、自分が殴られることになろうとは思ってもいないだろうが、自業自得といえば自業自得である。


「で? やる気に満ちているところに水を差すようだけど、具体的にはどうするつもりなんだ? 蓮君のサポートにつくとしても、どうサポートすればいいのか分かるの?」


「あ…」


 それを聞いた紫苑が、石のように固まった。


「……そう、だよな。蓮だって忙しいだろうし……おれはおれで動かないと、迷惑かけるだけだよな……」


 うーんとうなって考え込む紫苑。
 しかし、一向にいい案が出ないのか、沈黙は長くなる一方だった。


「やる気だけが空回りしても、足手まといになるだけだぞ。」


 尚希の容赦ない指摘は、紫苑に大ダメージを与えたようだ。
 紫苑は大きく肩を落としてしまった。


 その素直すぎる反応に、尚希は思わず小さく噴き出す。


「ごめん、意地悪だったな。そこで、紫苑君に提案だ。」
「え…?」


 不思議そうにこちらを見る紫苑に向かって、尚希はにんまりと笑う。


「オレから、魔法を教わる気はない?」
「……へ?」


 それは、自分の中にはじんもなかった提案。
 故に、紫苑は呆けた顔で尚希を見つめるしかなかった。


「どういうこと?」


 その一言だけが、ぽつりと零れる。


「今回の件を解決するにあたって、紫苑君の存在はかなり重要なんだ。」
「へ?」


 さらに想定外の言葉が飛び出し、理解能力がついていかない紫苑はあんぐりと口を開いた。


 とりあえず、何か言った方がいいかもしれない。
 そう思った紫苑は、とにかく口を開く。


「へー、そーなんだー……」
「棒読みだぞ。」


 すかさず突っ込まれた。


「まあ、急にこんなことを言われたら驚くのは分かるけどさ。順序立てて説明するから。」


 尚希にそう言われ、紫苑はなんとか頷きを返す。
 それを確認してから、尚希は説明を始めた。


 紫苑が重要だという理由。
 そして、今回の作戦の内容を。


「なるほど……」


 話を聞き終えた紫苑は、感慨深そうにそう漏らした。


 今の話を元に色々と考えるなら、確かに自分はかなり重要な立ち位置にいるのかもしれない。


 それに、自分にしかできないことで蓮たちを助けられるなら、これほどにいいことはないだろう。


「とはいえ、紫苑君って見事に攻撃系の術しか知らないからさぁ……」
「あ、そういえば……」


 尚希の声ににじみ出ている難しげな響きに、紫苑は過去を思い返す。


 豪快な母親の持論が〝襲われたら、防衛するより攻撃して逃げろ〟だったので、教わったのは攻撃系と目くらましの魔法くらいしかない。


「今回紫苑君に必要なのは結界魔法。全く知らない範囲だろ? だから、やりたいなら教えるよ。ただし、時間の余裕がないから、かなりスパルタになるのは覚悟してほしい。どう?」


「そんなの、やるに決まってるだろ!」


 紫苑は間髪入れずに断言する。


 自分にしかできないことがあるのだから、断る理由はどこにもない。
 それに、このムカつきを実にぶつけないことには気が済まない。


 その感情をバネに、なんでもできそうな気がした。


「よし、上等!」


 尚希が満足そうに笑った。
 その笑顔がとても頼もしい兄のように思えて、紫苑もまた笑顔を浮かべる。


 そして二人は、互いへの信頼を表すように拳をぶつけ合うのだった。

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