世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
477 / 714
第2章 水の底

命名の意味

しおりを挟む
 絶句する実に、イルシュエーレは悲しそうに目を伏せた。


「動物たちからすると、こういう魂を持った子はとても魅力的に見えるの。食べてしまいたいくらいにね。あなたが助けなかったら、この子は今頃生きてはいなかったでしょう。あなたに出会えたことは、シャールルにとって本当に幸運なことだったのよ。」


「そんな……」


 実は、シャールルのつぶらな瞳を見つめる。


 その魂のせいで、同族の中では生きていけない存在。
 シャールルも、自分と似た境遇だということか。


「そんな顔しないでいいよ。もう気にしてない。僕は幸せだもん。」


 そう語るシャールルの周りに、強力な魔力が集まった。
 彼の足元から水が噴き出し、その水はその背中に向かう。


 突然の変化に目をみはる実の前で、シャールルの背に水で象られた翼ができあがる。


 水の翼が羽ばたくと、シャールルの小さな体がふわりと宙に浮き上がった。


「すごいでしょ? 実のおかげで、こんなこともできるようになったんだ!」
「俺のおかげって……俺、何もしてないけど……」


「名前のことよ。」


 イルシュエーレが微笑む。


「あなたたち人間には普通だけど、私たちにとっての名前はものすごく大きな意味を持つの。ここにいる精霊たちの中でも、名前を持つのは私だけ。名前を持ってることだけで、特別な存在となりえるの。」


「え…? そ、そうなの…?」


 それは知らなかった。
 戸惑う実に、イルシュエーレは一つ頷く。


「ここの力をたくさん取り込んで、この子の魂は私たちに属するものに変容していってた。そこに、あなたが水に由来する名を与えた。それでこの子は、私と同等の力を扱う権利を得たの。加えて、私がシャールルを認めたことで、シャールルの魂は私たち精霊と完全に同属になった。だからこんな力が使えるようになったの。あなたたちは、こういう子のことを聖獣と呼んでなかったかしら。」


「ああ……」


 実は蓄えてきた知識を手繰たぐる。


 この世界で並外れた威力の魔法を扱うための手段は二つ。


 一つは両親のように四大芯柱となって、精霊たちを従えること。
 そしてもう一つは、精霊と同等の力を持ちうる聖獣を自分の配下に置くことだ。


 しかし、四大芯柱がいつの時代も確実にいるのに対し、聖獣はその姿を確認されたことがほとんどないと聞く。


 それ故に、聖獣を従える聖獣使いもほとんどいないのだ。


「……ん?」


 そこで、はたと思い至る。


「ってことは……俺が名前をつけたから、シャールルは聖獣になったってこと?」


 名前を与えられたことで、シャールルは聖獣となりえる資格を得たのだと。
 イルシュエーレはそう言ったはず。


「そうだよ!!」


 元気よく答えたシャールルが、くるりと空中で一回転。


 そうか。
 やっぱりそういうことか。
 そういう……


「えええぇぇ!?」


 ようやく、事の重大さに気付いた。


「ごっ、ごめん、シャールル!! シャールルの意思も何も考えず、勝手に名前つけちゃった…っ」


 まさか、精霊たちにとって名前がそんなに重要だったなんて。
 自分は、無自覚でシャールルの運命を変えてしまったことになるじゃないか。


「イルシュも、なんで俺にそれを話す前にシャールルの名前を認めちゃったの!? 俺、なんかすごいことしちゃったじゃん!」


 突然のことに混乱してしまい、実はイルシュエーレに向かって慌てて言い募った。
 しかし、イルシュエーレは不思議そうに首をひねるだけ。


「どうして? 私はあなたがつけた名前を綺麗だと思ったし、その名前を尊重しただけよ。」


「だけど……」


「それに、シャールル自身がこの名前を自分の名前として認めているもの。今さら、命名を取り消すことはできないわ。」


 イルシュエーレは指を滑らせて、実の視線をシャールルへと導いた。


「見て。シャールルはあなたに名づけてもらったことを、こんなに喜んでいるわ。聖獣になることを望んだのも、彼自身よ。」


「え…?」


 イルシュエーレの言葉に、実は固まる。
 そしてそれを肯定したのは、他でもないシャールル自身だった。


「いいんだよ、実。僕は、自分で望んでこうなったんだ。」
「でも、それじゃあシャールルは……」
「うん、分かってる。」


 実が言わんとすることを、シャールルはすでに察していたようだ。
 シャールルは、実の肩に降りて翼を震わせた。


「こうなっちゃったら、僕はもう元いた場所にはいられない。聖獣として、この場を治める手伝いもしなきゃいけない。でも、それでいいんだ。無力なまま外に戻っても、僕は生き残れない。それなら、自分が持って生まれたものを受け入れて、こうなった方がいいと思う。それに、嫌なことなんて一つもないんだよ。」


 シャールルの声は明るかった。


「ここは、とってもいい場所。みんな優しいし、居心地がいい。実が名前をくれて、イルシュエーレ様が認めてくれて、ここが本当の僕の居場所になった。それが、僕にとってどれだけ幸せなことか。ありがとう、実。実は、二つの意味で僕の恩人だね!」


 シャールルからの言葉に、何も言えなくなった。


 助けたのは、本当に気まぐれだった。


 たまたま目の前に小さなうさぎが飛び出してきたという偶然と、ふと湧いた幼い同情。


 助けた後の兎の運命なんて、考えたこともなかった。


 今シャールルを目の前にして、ようやくあの時の自分の行動がどんな意味を示していたのかを思い知る。


 自分はあの小さな行為で、確かにシャールルの運命を変えた。
 そして今もまた、彼の運命を変えるきっかけとなった。


 ―――それで、シャールルは幸せだと言っている。


 一度は普通の輪から弾かれた存在が、新たな輪を見つけた。
 そして、名前を授かることでその輪に入って、自分の居場所を得ることができたのだ。


「………っ」


 そう思うと、胸が温かくなってちょっと苦しくなる。


 シャールルは全てを受け入れて、幸せだと言えるようになった。
 自分の運命を呪わずに済んだ。


 それが―――無性に嬉しい。


 シャールルの境遇が自分と被って見えたからかもしれない。
 シャールルが幸せだと言えることが、まるで自分のことのように嬉しかったのだ。


「そっか……なら、よかったよ。」


 微笑んだ実は、シャールルの頭を優しくなでた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜

涼月 風
ファンタジー
御門賢一郎は過去にトラウマを抱える高校一年生。 ゴールデンウィークにソロキャンプに行き、そこで綺麗な石を拾った。 しかし、その直後雷に打たれて意識を失う。 奇跡的に助かった彼は以前の彼とは違っていた。 そんな彼が成長する為に異世界に行ったり又、現代で錬金術をしながら生活する物語。

処理中です...