世界の十字路

時雨青葉

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第4章 その魂の色

もう一度、外へ

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「え? 外に?」


 それは、ユエが放った言葉に対する実の第一声だった。
 目を軽くみはる実とエーリリテを前に、ユエは一つ頷く。


「もう一回、お外に出てみたい。でも……一人じゃ怖いから、一緒に……来てほしいの。」


 ユエは上目遣いで実をちらちらと見上げて、その表情をうかがっている。
 慣れない意思表示をしているからか、目にも態度にも落ち着きがなかった。


「だめ……かな?」
「いやいや、だめなんてことは全然ないけど……」


 実は腰をかがめて、ユエと視線を合わせた。


「大丈夫? 外には、知らない人がいっぱいいるよ? 別に、いきなり無理しなくてもいいんだからね?」


 つまりはそういうことを心配したわけだが、意外なことに、ユエはそれで瞳を曇らせたりはしなかった。


 まっすぐにこちらを見つめたユエは、はっきりと首を横に振る。


「ううん、大丈夫だよ。」


 そう言うユエの目に、恐怖の光は見えなかった。


「そっか。」


 実は微笑んで答えると、クローゼットから上着を取り出してそでを通した。
 そんな実を見て、表情を明るくしたユエも上着を取りに向かう。


「ねぇ、大丈夫なの?」


 エーリリテが小脇をつついて耳打ちしてきたが、対する実はあっさりとしたもの。


「大丈夫じゃないかな。別に無理をしてるって風でもなかったし。いざとなれば、また抱えて帰ってくるよ。」


「そう…。うーん……」


 半分納得、半分心配といったようにエーリリテはうなる。


「なんだよ。気になるなら、ついてこればいいじゃん。」


 溜め息混じりに言ったところで、ユエがご機嫌で上着を着ながら入ってくる。
 珍しくにこにことしているユエを連れて、実は外に出た。


 エーリリテにああは言ったものの、一応心配はしているつもりだ。
 できるだけ、人通りが多い道はけるようにした。


 ユエは、相変わらずといった様子でわくわくとした高陽感をにじませながら、目に映るものを追ったり眺めたりしている。


 誰かとすれ違ったりすると途端に表情が強張るのだが、それでも帰りたいとは言ってこなかったので、実はさして何も言わずにユエと歩いた。


「あ、実ー。」


 ふとその時、後ろから呼び止められた。


 ユエがびくりと震えたが、せっかく声をかけてくれたのにそれを無視するわけにもいかず、実は顔だけで後ろを振り返った。


 そして、そこにいた少女の姿に少しだけ安堵して、今度はちゃんと体ごと向き直ってやる。


「パステル。こんにちは。」


 実に名を呼ばれると、パステルは嬉しそうな様子で近付いてきた。
 それに反応してか、ユエは緊張した面持ちで実の後ろに身を隠してしまう。


「パステルは大丈夫だよ。」


 パステルは周りに流されないタイプで面倒見もよく、この辺りの子供たちのお姉さん的な存在だ。


 心配しなくても、彼女がユエを怖がらせることはしないだろう。


「その子、この前の子でしょ?」


 パステルが実の背中を覗き込みながら言う。


 ユエはさらに縮こまって実の背中に顔をうずめたが、パステルはそれに文句を言うことはしなかった。


 この前の公園での一件。


 パステルもその時に他の子供たちと一緒にいたのだが、彼女は自分に群がる子供たちを一歩離れた位置で見ていただけだった。


「そう。このとおり、あれ以来余計に怖がっちゃって。」


「怖がりだって言ってたもんね。大丈夫だよ。あの後、ちゃんとみんなを叱っておいたから!」


 得意げに胸を反らすパステルにくすりと笑って、実はその頭をなでてやった。


「そっか、ありがとう。さすがはお姉さんだね。」


 そう告げると、パステルはなでられた頭を照れくさそうに片手で押さえた。


「ちょっと、やめてよ…。も、もう子供じゃないんだから。」


 目だけで実を見て唇を尖らせながらも、若干紅潮した顔は嬉しそうである。


「十分に子供だって。ま、俺もだけど。」
「あ、また!!」


 面白くてもう一度頭をなでてみると、パステルは非難めいた声をあげる。


 しかし、決して手を振り払おうとしないのは、やはりなんだかんだ言って嬉しいからなのだろう。


「ね、大丈夫でしょ?」


 首を巡らせて、背後のユエに言ってやる。


 実を見上げていたユエは、実の笑みに迷うような表情をしていた。


 そのまま顔を下に向けてしまったユエはかなり葛藤かっとうしているようだったが、それでも腹をくくったらしい。


 ユエはぐっと拳を握り込んで頷くと、実の背中から半身だけを出した。


「こんにちは。」


 パステルは少し屈んでユエと視線を合わせると、にっこりと笑った。


「こ……こんに…ちは……」


 かなりおどおどとしていたが、ユエはちゃんとそう返す。


「名前はなんていうの?」
「……ユエ。」


 ユエが小さく答えると、パステルは笑みを深めた。


「ちゃんと言えたね。よーし、お姉さんがいいものをあげる。」


 パステルは抱えていた花束に手を突っ込んだ。
 その中から選んだのは、ユエが着ている上着と同じ淡い桃色をした可愛らしい花だ。


 取り出した花とユエを交互に見て「よし。」と頷いたパステルは、その花をユエの耳に引っ掛けて飾った。


「うん、似合う似合う。すっごく可愛いよ。」


 パステルの言葉に、ユエはそっと花に触れた。
 すると、ずっと緊張していたその表情が、みるみるうちに緩んでいく。


「あ……ありがとう。」


 嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といった様子でユエは微笑む。
 すると―――


「もーっ! かわいーっ!!」


 パステルは花束を地面に置いたと思った瞬間、ぎゅーっとユエを抱き締めた。
 突然のことに、ユエも実も目を丸くするしかない。


「いいなー、私も妹が欲しかったなー。弟じゃ着せ替え人形にして遊べないし、話は合わないし、できることが少ないんだもん。」


「そんなの、保育所でできるんじゃないの?」


 パステルの家は保育所だ。
 相手には困らないと思うのだが。


 実の疑問に、パステルはむすっと頬を膨らませた。


「あんまり派手にやると、パパとママが怒るんだもん。人様の子供にいきすぎたことをするなーって。それに、保育所の子はこんな可愛い反応してくれないよ。……まあ、それでも可愛いのは一緒なんだけどね。」


 穏やかな笑みを浮かべるパステル。
 彼女の面倒見のよさは、育ってきた環境が作り上げたものなのだろう。


 パステルは、子供たちに慕われるすべを無意識下で知っている。


 それに加えてパステル自身の子供好きもあり、子供たちはあっという間にパステルに心を許すのだ。


「あっ」


 ふいに、パステルが花束を持って立ち上がる。


「いっけない。早くこれを持っていかなきゃ。」
「おつかい中だったの?」
「うん、保育所に飾る花を買ってきてって言われて…。ねぇ、ユエちゃん。」


 パステルに声をかけられて、ユエは少し肩を震わせた。
 そんなユエに、パステルはこう言う。


「これを保育所に届けたら、一緒に遊ばない? もっと話そうよ。」
「………っ。う、うん!」


 ほとんど条件反射のように、ユエはそう答えていた。


「じゃあ、後で公園に来てね。」


 そう言って、パステルは軽い足取りで駆けていった。


「おー、ご機嫌だなぁ。」


 その後ろ姿を見送りながら、実は表情をやわらげる。


 そして次に、自分と同じようにパステルの走っていった方向を見つめるユエの頭をぐじゃぐじゃと掻き回した。


 驚いた声をあげたユエは、何事かと実を見上げる。


「よかったじゃんか。ね、大丈夫だったでしょ?」


 同意を求めるように首を傾げる実。


「……うん。」


 パステルにもらった花に優しく触れて言ったユエの表情は、とても幸せそうだった。


 こんな風に、優しい時間が積み重なればいいと思う。
 急に周りに適応しようとしなくても、周りは案外待ってくれるのだ。


 ゆっくりと時を重ねて、こういう風に笑顔が増えていって、固まってしまった心が溶けてしまえばいい。


 まだいくらでも、後戻りもやり直しもできるのだから……


(ユエなら、まだ……)


 そう思ってしまった実の顔に、寂しさとも悲しさともつかない複雑なものがよぎる。
 それを内側に押し殺し、実はまた笑った。


「行こうか。」

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