世界の十字路

時雨青葉

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第3章 潜入

想定外に焦る拓也

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 ―――こうなるなんて聞いてない!


 拓也は、ひとのない廊下のすみでしゃがみ込むはめになっていた。


 数ヶ月に一度の会合だというから、必要最低限の人間しか集まらない会議のようなものだと思っていたのに。


 しかし、いざ屋敷に入ってみればどこを見ても人ばかり。


 案内された大広間にはきらびやかなシャンデリアがかかり、テーブルには豪華な料理が並んでいて、それを囲んで楽しそうに談笑している人々の姿が……


 どう見ても、パーティー会場じゃないか。


 まさかの事態に動揺してしまった拓也は、見事に人酔い状態に陥ってしまった。


 それをすぐに察した尚希に〝周辺を探ってこい〟という名目で大広間の外に放り出されて、今に至る。


(久しぶりだな。この感覚も……)


 込み上げてくる吐き気をこらえながら、拓也は思う。


 教養のためだという理由で、知恵のそのにいた時もこういうパーティーに何度か出たことがある。


 その時も、油断するとすぐにこうなっていた。


 権力者に取り入りたい欲望。
 飛び交う嘘。


 あんなにきらめいている光景から得られるものは、どす黒く渦巻いたものばかり。
 感じたくなくとも、そういった負のものは独特の香りを伴って鼻を刺激した。


 拓也は目を閉じて、次に思い切り立ち上がる。


 この空気に慣れるまでは、嗅覚をにぶくする魔法を施しておいた方がいいかもしれない。


 実の存在を探りたいと思っている手前、あまり取りたくない手段ではあるが……


 そんなことを考えながら、廊下を進む。


 それにしても、本当に人が少ない。


 まあ、あれだけニューヴェルの人間が来たことにざわめいていたから、皆が皆尚希に群がっているのだろう。


 おかげで、少しは探りやすいはずだ。


 嘘臭い香りも、大広間から出ただけで一気に薄らいでいる。


 拓也は、周りを注意深く見回しながら廊下を進む。


 今のところ見張りも見当たらないし、尾行もされていない。
 だが、あまり奥へ進みすぎて屋敷の人間にとがめられるのも面倒だ。
 尚希の言葉どおり、探るのは大広間の周辺にとどめておくべきだろう。


 周囲への注意を絶やさずに、廊下の角を曲がる。


 ―――バンッ


 その途端、眼前にあった扉が勢いよく開いた。


 突然のことに、拓也はとっさに曲がり角をUターン。
 その陰から、開いた扉の様子をうかがう。


 扉からもつれるように飛び出してきたのは、一人の女性だった。
 歳は、自分よりも少し上くらいだろうか。


 彼女は、中庭に面した廊下の柵に突っ伏してうなだれる。
 体調でも悪いのかと思ったが、どうやら違うようだった。


「お父様のバカ……」


 彼女のそんな呟きが耳に入ってくる。


「人が多いところは苦手だって言ってるのに…。パーティーって言っても、お父様が仕事仲間と話してるだけじゃない。他の子たちは、いい人を見つけるって乗り気だし……あーあ、早く帰りたい。」


 彼女はぶつぶつと独り言をつむぎ続けている。


 なるほど。
 人見知り少女が、会場を抜け出してきただけか。


 危険性はないと判断し、警戒を解く拓也。


 女性が飛び出してきた扉は大広間に通じているらしく、時々だが人の出入りがあった。


 しかし、彼女は出入りする人々にはほとんど関心を示さず、ずっと中庭を見つめている。


 これならば、普通に後ろを通っても支障はないだろう。


 時おり開く扉から出てくる人に捕まる可能性はあるが、そこは香りと気配で他人の接近を察知できる分、いくらでも回避できる。


 拓也は目を閉じて、周囲に意識を傾ける。


 今のところ、女性以外に扉の近くに人の気配はない。
 風も出て冷えてきたし、これから外に出ようとする人は減ってくるだろう。


「寒い……」


 拓也の推測を肯定するように、女性が呟いた。


 そちらを見て、彼女が上着を着ていないことに気付く。
 おそらく、上着を取る間も惜しいほどパーティー会場にいたくなかったのだろう。


「………」


 拓也は思わず、自分の手元を見た。
 そこには、この屋敷に入る時に尚希から預かっていた肩掛けがある。


 尚希の傍でこれを持って黙っておけば、大体の人間は彼の連れだと勝手に思ってくれる。


 そう言われて持っていたものだ。


 少女は寒そうに肩をさすりながらも、頑としてその場から動こうとしない。


 温かい場所で大勢の人間を相手にするか。
 寒さをこらえて一人になるか。


 両者を天秤にかけた時、後者が勝ったと見える。


「……はぁ。」


 溜め息が漏れた。


 拓也は無言で女性に近付く。
 そして、手に持っていた肩掛けをその肩にかけてやった。


「風邪引きますよ。」


 短くそうとだけ告げて、拓也は足早に女性から離れて奥へ向かう。


 さすがにあれを無視して通り過ぎるのは、良心が痛むというかなんというか。


 口悪く言うなら、無視したら脳裏に彼女の姿がちらつきそうで、調べ物の邪魔というか。


 やることはやったので、女性のことを綺麗に意識から追い出した拓也は、自分がやるべきことに専念するのだった。

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