世界の十字路

時雨青葉

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第1章 ウェールの民

空の旅

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 後ろから飛び込んできた声に、実はハッと我に返る。


「げっ、拓也……」


 おそるおそる振り向くと、そこには敵意き出しの拓也と、そんな拓也に叩き起こされたのか、なかば夢の中といった様子の尚希が立っていた。


 嫌な予感がしながらも、実はおずおずと訊ねる。


「いつから聞いてた?」
「初めから。お前の言ってたことが気になったから、今日はずっと見張ってた。」


「嘘っ!? 全然気付かなかった……」
「当たり前だろ。精霊たちに頼んだんだから。」


 にべもなく言う拓也は、実ではなくベランダに立つ男性を睨んでいる。
 その身にまとう魔力は、すでに臨戦態勢だ。


「まっ……待った待った!」


 焦った実は、拓也からかばうように男性の前に立ちはだかった。


「この人は悪い人じゃないって。それに、頼みを引き受けたのは俺だから。強制されたわけじゃないから。」


「そうだな。それについての説教は後回しだ。」


 拓也は、実の言葉を聞き入れる素振りを見せない。


「実は敵じゃないって言うけどな。その確証はどこにあるんだ?」
「いや……それは、俺の勘としか言えないけど……」
「勘、ね。じゃあ―――」


 厳しい目で男性を見据みすえる拓也の目が、ここで思案げに揺れる。


「話を聞く限り、それっておれでもいいんだろう? 実の代わりに、おれを連れていけ。」


 躊躇ためらいなくそう言い放った拓也に、実はとんでもなく驚くことになる。


「はあっ!? なんで!?」


「なんだよ、そいつは敵じゃないんだろ? 実がまた無茶をするはめになるかもしれないなら、おれが行く。」


「ああもう、この心配性!! ううぅ、なんでこうなるの……」


 とてつもなく面倒な展開に転がってしまい、実は苛立ちを表すように叫ぶ。


 こうなった拓也が引くわけない。
 無理に男性をかして逃げようものなら、容赦なく攻撃してくるだろう。
 だからといって、代わりに拓也を行かせるかといえば、それはまた別問題だ。


 頭を抱える実の後ろで、ふと男性が呟いた。


「もういっそのこと、皆さんで来ますか?」
「は?」


 男性の方を振り仰いだ実が見たのは、大きく広げられた翼。


 ―――ゴオッ


 男性が翼を羽ばたかせた瞬間、その大きさからはとても想像できないような強風がその場を襲った。


 周囲の木の葉や家具を巻き込んで吹き荒れる風は、全員の目を潰すには十分な効果を発揮した。


 顔を両腕でかばって強風をやり過ごすために踏ん張っていると、本来感じているべき重力が突然失われる。


「うっわ!?」


 体がふわりと浮きあがったかと思うと、全身に感じる風の種類が変わった。


 おそるおそる目を開けると、男性の顔が思いのほか間近にあった。
 視線を巡らせると、地上が遥か眼下に見える。


「おお……」


 思わず、感嘆の息が漏れた。


 いつの間にか、男性に抱かれた自分は夜空の中にいた。
 軽々と自分を抱く男性は、その翼を大きく上下させ、当然のように空中を泳いでいる。


 そして、それは拓也たちも同じ状況だった。


 男性の仲間らしき人たちが拓也と尚希をそれぞれ抱いて飛んでいて、その周りには自分たちを囲むようにしてさらに何人かの姿が。


「こんなに大人数で来てたの…?」
「念のためですよ。」


 男性がそう言う。
 その発言に、実は眉を寄せた。


 念のためとは、一体どういうことなのだろうか。


 危険がないとは言い切れないと言っていたけど、もしかして危険がある可能性の方が高かったりします?


(それにしても、どこに行く気なんだろう?)


 ただ運ばれているのも気持ちが悪いので、男性に行き先を訊こうとした実だったが、その目は男性よりも先にじたばたと暴れている拓也をとらえた。


「拓也ー。危ないから、暴れない方がいいって。」


 実が言うと、拓也を抱いている男性がほっとしたような表情を見せる。


「暴れるなって、お前はなんでそんなにのんなんだよ! いつもは、お前の方がピリピリしてるくせに!!」


「えっと、それは……」


 実は口ごもる。


 確かに、いつも周囲に対して神経を尖らせているのは自分の方だ。
 それは事実なのだけど……


 実は、ちらりと男性を見る。


 何故だろう。


 ほとんど人さらいのような状況なのだけど、どうしても彼らが自分に害を及ぼしてくるとは思えないのだ。


「ごめん、やっぱり勘!」
「はあっ!? この馬鹿!!」


 拓也が渾身の大声で怒鳴ってくる。
 それを空笑いで流していると、ふと男性が飛ぶ速度を緩めた。


「ん?」


 男性が下を見ているのでそれにならうと、眼下にはニューヴェルの街並みと、その中を走る大きな川がある。


 海が割と近い川の流れは穏やかで、夜空の月を綺麗に映し出していた。


「しっかり掴まっていてくださいよ。」
「え……わっ!?」


 言うと同時に男性が急降下を始めたので、心の準備をしていなかった実は舌を噛みかけてしまった。


 とっさに男性の首にしがみつき、下降による風圧が激しい中でなんとか薄目を開けて男性が向かう先を見る。


 男性たちは、一直線に川を目指していた。
 あんなに遠かった川の水面みなもが、ぐんぐんと迫ってくる。


 水面に映る月がゆらゆらと揺れながらも、不思議な光を放つ。


(まさか……)


 男性たちの行動が分かってしまった実は、思わずぎゅっと目を閉じた。




 そして―――彼らは、水面みなもに映る月の中へと飛び込んでいったのだった。



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