世界の十字路

時雨青葉

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第4章 どんな姿でも

今はどうしたい?

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「あー、だるい……」


 ソファーにだらりと体を預け、実は言葉どおり、気だるげな表情で息をつく。


 ウェールの民には、月の力が不可欠。
 今なら、その意味を全身で感じることができる。


 皆が眠っている間は双蓮そうれんの花の側で月明かりを浴びることができて体も楽なのだが、あの光の心地よさを知ってしまった分、光を浴びていない今は体の重さが倍増している気分だった。


 周りの空気が、まるで泥水にでもなったかのような感覚。
 憂鬱ゆううつにもなろうというものだ。


「大丈夫か? 気晴らしができればいいんだけど、今は行動に制限がかけられている分、暇だよな。」


 横から聞こえる尚希の声。


「暇、ねぇ…。俺には、尚希さんが暇してるようには見えないんですが。」


 尚希は一人がけ用のソファーに座り、ニューヴェルから持ってきたらしい紙とペンで机の上に並ぶ物をスケッチしていた。


 それは、市場へ見物に行った際に厚意でもらった品々である。


 尚希はその一つ一つに目をらし、前面、背面、側面と、細かく特徴をとらえて描いていく。


 少し身を起こして紙面を覗いてみると、その画力はゆうに及第点を越えていた。


 さすがはニューヴェルの次代領主。
 多才なことだ。


「暇には暇だぞ? だからこうして絵を描いてるわけだし。」


「なんでそんなものをスケッチしてるんですか?」


「いやー。ウェールの民の人たちのデザイン力には、感心させられるところが多くてさ。ちょっと、ニューヴェルでも取り入れられないかと…。いくつかの取引先に情報を持っていきたいんだけど、さすがに実物を全部持っていくことはできないから、こうして―――」


「がっつり仕事してるじゃないですか。」


 溜め息混じりに指摘すると、一瞬尚希がペンを止めた。


 そのせつの間に何を考えたのかは知らないが、尚希は苦笑を浮かべながらまたペンを走らせる。


「そう言われると、反論できないな。でも、せっかくの素材が目の前にあるのに活かさないのももったいないし。」


「そんなこと言ってないで、休んどいた方がいいんじゃないんですか? どうせ、帰ったら嫌でも仕事浸けになるんですから。」


 それは、ここ最近の尚希の忙しさを自分なりに配慮した言葉だった。


 だが、尚希はその表情に相変わらず苦笑を呈しているだけで、ペンを動かす手を止めようとはしない。


「それは分かってるんだけどさ。別に嫌でやってる仕事ではないから、苦ではないんだよな。昔から魔法の勉強と領主としての勉強を並行してやってたせいか、忙しい毎日が板についちゃって、暇だと逆に落ち着かないんだよ。」


 ふとそこで、尚希が何かに気付いたように目を開いた。


「……って、ここでの話をされても、実としては複雑か。」
「え?」


 飛んできた言葉の意図を理解できず、実はきょとんとして尚希を見やった。


「この前さ、拓也に言われたんだ。オレが領主を継ぐって決めたなら、そのうち実と折り合いがつかなくなるんじゃないかってな。実は地球での穏やかな暮らしを望んでいるけど、オレはニューヴェルで生きていくことを選んだ。そう懸念されるのも当然だよな。」


 実は思わず、目をぱちくりとしばたたかせた。
 そんな実の反応に気付くことなく、尚希は自分の手元に視線を落としたまま続ける。


「これも、選択の違いなんだろうけどさ。別にずっと会えないってわけじゃないんだし、オレは住む土地が分かれても構わないと思ってる。……ま、実や拓也の様子を見られなくなるのは心残りだけどな。お前ら二人して、危なっかしくて仕方ないから。」


 くすくすと、尚希は笑い声をあげる。
 そんな尚希に、やはり実は反応らしい反応を返すことができなかった。


 内心、かなり戸惑っていた。


 当然のように語られる未来の話。
 それに対して、自分には言えることが何一つなかったのだ。


 そんな戸惑いは、尚希に筒抜けだったらしい。
 彼は親のように包容力に満ちた微笑みを浮かべると、優しい口調でこう訊ねてきた。


「実、今のお前はどうしたいんだ? 最近は、こっち側にも大事なものができてきただろう。前と今じゃ、随分と考え方も変わったんじゃないのか? オレたちみたいにさ。」


「………そんなの、分からないです。」


 なんとか、それだけを絞り出す。


 自分が未来に何を望んでいるのか。
 そんなこと、考えてもいなかった。


 とにかく、何があっても自分は立っていなければいけない。
 そう思って、がむしゃらに今を突き進んできただけだ。


 何度も棺桶に片足を突っ込むような事態には陥ったが、結局今までこうして生きているんだ。


 それが、自分は立っていなければならないという何よりの証拠なのだろう。


 もちろん、桜理の命を繋ぐために生きなければならないという使命感はある。


 しかし……その使命感を取り去ってしまえば、そこまで生に執着していない自分が浮き彫りになる。


 そんな自分が、未来に何かを望めるはずもなくて。


 ―――いや、嘘だ。


 他でもない自分自身が、即座に否定する。


 自分の未来を考えられないのではない。
 考えたくないのだ。


 脳裏にひらめく様々な彩り。
 未来に思いをせると、否応なしにそれらがよみがえってくる。


 自分にとっての未来とは希望が詰まった光ではなく、どうにかして破壊しなければならない絶望が詰まった闇なのだ。


 こんな本音、楽しげに未来を語る尚希には申し訳なくて言えないけれど……


 複雑な心境を持て余して黙るしかなかった実の耳朶じだを打つのは、微かな笑い声。


「分からない、か。今はそれでもいいんじゃないか? きっと、そのうち前向きに未来を語れる日も来るさ。」


「そのうちって……」


「そんな日は来ないってか?」


 ずばり核心を突かれ、実は渋い顔で口を閉ざす。


「分かるよ、その気持ちは。」


 そう言って実を肯定した尚希は、どこか懐かしげな表情をしていた。

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