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第4章 どんな姿でも
犬猿の仲…?
しおりを挟む「尚希さん、気付いてないんですか?」
「何が?」
実の問いに、尚希は首を傾げるだけ。
……まあ、気付いていなくても仕方ないか。
実は、だらりと下ろしていた手で地面を指差した。
「拓也なら、さっきから下の方でめちゃくちゃ騒いでるじゃないですか。」
「はっ!?」
驚いた様子の尚希は、即座に眉を寄せて目を閉じた。
その行動の意味を理解して、実は口を結び、身動きも最小限にとどめる。
しばらくして―――
「だめだ、オレには聞こえん。」
諦めたらしい尚希が肩を落とした。
「普通なら聞こえないんじゃないですかね? 俺の耳にも、微かに聞こえてくるレベルですから。多分二~三階くらいは下にいるんじゃないかと思いますよ。」
こういう感覚の違いはもう慣れているので、実の口調はただある事実を述べるように淡々としていた。
「相変わらず、動物並みの感覚だな。」
「これがなきゃ、今頃死んでますから。」
そっけなく答えて、実は一気に体を起こしてソファーから降りた。
だらけていたおかげで固まった体をほぐしながら、耳に入ってくる音に意識を寄せてみる。
それにしても、拓也はさっきから何を騒いでいるのやら。
相手の声が聞こえてこないことを考えると、喚いているのは拓也だけなのだろう。
それだけで、拓也が誰と話しているのかが分かった気がした。
「様子でも見に行きます? さすがの俺も、拓也が何を言ってるのかまでは聞き取れないので。」
「あー、そうだな。ちょうど外の空気も吸いたいと思ってたところだし。」
尚希が頷いたのを見て、実は一足早く部屋を出た。
後からついてきた尚希と二人で、特に急ぐわけでもなく世間話をしながら階段を下りていく。
もし緊急事態なら拓也は真っ先にこちらに飛んでくるはずだし、クルオルだって駆けつけてくるだろう。
故に、緊急ではないと分かりきっていた二人は、徐々に近付いてくる拓也の声を意識半分で聞き流していた。
「ぜーったい、嫌だ!」
五階分ほど階段を下りた時、そんな怒鳴り声が鼓膜を突き破る勢いで響き渡った。
「いいえ。こればかりは、私も譲れません。」
対するは、冷静ながらも頑固そうな硬い声。
階段の陰から様子を盗み見ると、案の定拓也とクルオルがいがみ合っているところだった。
「おれは、自分の身くらい自分で守れるっての。」
「それは十分に分かっています。ですが、あなたは大事な客人なのですよ?」
「昨日の今日でよく言うな。」
「それとこれとは話が別です。」
互いに引く気はないのか、二人の間にはピリピリとした雰囲気が漂っている。
周囲にいるクルオルの部下たちもとても手を出せないようで、困りきった表情で傍観に徹するしかないようだった。
「……なあ。あれって、口を挟める状況だと思うか?」
尚希がそんな感想を述べる。
「思いませんけど、誰かがあの空気を壊さないと、周りが可哀想ですよ。」
実は面倒そうに息を吐き出し、次の瞬間にはなんともないような顔で階段の陰から出ていった。
「何騒いでんの? うるさいなぁ。」
堂々とした足取りで二人に近付きながら頭を掻く様には、ここに漂う不穏な空気に動じている雰囲気など全く見られなかった。
さすがは実。
そう感心していた尚希は途中で我に返り、慌ててその後ろに続くことにした。
実は拓也とクルオル、そして周囲に集まっていた人々をのんびりとした仕草で見やる。
「これって、どういう状況?」
訊ねた相手はクルオルだ。
「先日からの侵入者及び暴動への対策として、有志で調査班が結成されたのです。」
「で、そこにおれも加わることにしたわけ。」
クルオルの説明に対して拓也がそう補足した次の瞬間、その顔がふてぶてしくしかめられる。
「……なんだけど、一人でいいって言ってるのに、こいつが同伴するって言って聞かないんだよ。」
拓也が横目にクルオルを睨む。
すると、クルオルの表情にも少しばかりの険しさがよぎった。
「お言葉ですが、聞き分けがないのは拓也さんの方でしょう。調査班に加わるのも例外中の例外なのですから、大人しく私と行動を共にしてください。」
「またそう言う!」
拓也とクルオルの間で、見えない炎が再燃する。
「引く気はありません。一人でうろつけば、狙われる危険性も高くなります。自ら格好の標的になるおつもりですか?」
「敵がほいほい釣れるなら、それもありだろ。」
「いけません。あなたは、ここでご自分がどんな存在として見られているかをもう少し理解してください。護衛なしでふらつかれるのは、私としても迷惑です。」
「あのなぁ……大体、お前の場合は護衛対象がだな―――」
「あーっ! やめやめ!!」
終わりが見えない言い争いに耐えかね、実は拓也とクルオルの間に割り込んで、二人を反対方向に押しやった。
「何があったのか知らないけど、なんでそんなにクルオルに噛みついてるのさ、拓也。クルオルも、あんたにしては珍しく熱が入ってるじゃんか。いつもの鉄面皮はどうしたわけ?」
実はそれぞれに鋭い一瞥をくれてやる。
諫めるような響きを伴ったその声に、拓也とクルオルはうっと言葉につまって肩を震わせ、互いに視線を逸らした。
本当に、自分が知らないところでこの二人に何があったのだろう。
「くくくく……」
さっきから脳内で必死に笑いをこらえる声が木霊しているのだが、とりあえず今は放置だ。
「ってか、拓也が行くなら、俺とか尚希さんも行った方が―――」
「実はだめだ!」
「あなたはだめです!」
言葉の途中で両脇からの見事な二重奏が大音量で降りかかってきて、実は思わず肩をすくませた。
「へっ?」
パチパチとまばたきを繰り返す実に、拓也とクルオルが揃って迫り寄る。
さっきまでの敵対心はどこへやら、今は声どころかその動きさえピッタリと重なっている。
「お前は自分の体調を考慮しろ。」
「とにかく、あなたは休んでいてください。」
「………は、はい。」
二人が放つ有無を言わさない圧力に押され、実はぎこちなく頷く。
自分の状況は理解しているので、休んでいろと言われることに異論はない。
ないのだけど、何も二人揃って威圧感全開で迫ってくることはないじゃないか。
「尚希、実を頼んだからな。」
「ええっ? ……お、おう。」
状況についていけてない様子の尚希だったが、拓也に命令口調で言われて、戸惑いながらもそう答える。
拓也はそれで気が済んだのか、さっと踵を返すと一人で歩いていってしまった。
「やれやれ、困ったものです。とにかく、皆さんは話し合ったとおりのルートを見回ってください。」
クルオルは周囲でおろおろとしていた調査班の面々にそう指示を出し、駆け足で拓也を追いかけていった。
「だから、ついてくるなって!」
拓也がクルオルを邪険そうに振り払おうとするが、クルオルもしぶとくつきまとう。
徐々に遠ざかっていく二人の騒ぎ声を、残された実と尚希はただただ見送るしかなかった。
「ほんと、あの二人はどうしちゃったの…?」
「さあな。でも……」
呟く実の隣で、尚希はふと表情を緩めた。
「拓也の奴、なんか振り切ったのかもな。」
どこか嬉しそうに、尚希は拓也が消えていった先を見つめていた。
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