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第4章 どんな姿でも
―――分からない。
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有志で集まった人々で発足した調査班の活躍は、早くも形となって表れていた。
下の様子は分からないが、少なくとも上層部に立ち入った侵入者は騒ぎを起こす前に調査班の面々によって捕らえられている。
皆一様に錯乱していて、記憶の混濁も激しい状態のため、新たな情報は得られていない。
しかし、この前のように誰かを人質を取られる前に侵入者を捕縛できるだけでも十分な功績だろう。
「こんなこと、今までになかったのにな……」
「疫病じゃないよな?」
「そうだとしたら、私たちも……」
「よせ! そんなはずないだろう!」
「そうだよな。でもさ……みんな同じ状態っていうのは、変だと思わないか?」
「ああ。失ったものを取り戻すためだとか、花を手に入れるとか、ずっとその繰り返しだもんな。」
「双蓮の花にそんな力があるなんで、聞いたことないぞ?」
「俺だって聞いたことないさ。そもそも、双蓮の花は長様の大切なものだろう? それを手に入れるなんて、長様への反逆行為だぞ。」
「長様は瞑想中だというのに、こんなことが起こっているなんて知ったらさぞ悲しむことでしょうね。」
「とにかく、今は疫病かもって怯えるより、長様をお守りする方が優先だ。長様ならきっと、この事件と僕たちを正しい方向に導いてくださる。」
「そのとおりだ。長様なら、きっと―――」
部屋のすぐ側にいるらしい調査班の人々の会話を、実と尚希は黙って聞いていた。
別に盗み聞きをするつもりではなかったのだが、布一枚で塞がれただけの防音設備皆無の部屋である。
廊下での会話が筒抜けになるのは仕方ない。
「こうも続くと、さすがに不審がるよな……」
尚希が苦い顔で呟く。
「そうですね。それが犯人の目的かもしれません。けど……」
冷静に状況を分析していた実だったが、何か納得できないことでもあるのか、難しげに眉を寄せている。
「なんでしょう……自分の意見を自分で否定するのもあれなんですけど、多分みんなの不信感を煽ることが目的じゃない。というか、目的自体ないんじゃないかな……」
「目的がない?」
懐疑的な尚希の言葉に、実は唸りながら首を縦に振った。
「俺には、犯人がただ焦ってるだけのようにしか見えないんです。だって、荒削りすぎませんか? これだけの人たちを動かすことができるんです。なら、警備を薄くするにしろ俺たちを襲うにしろ、もっと効率的で効果的な動きができておかしくないはずでは? これじゃ、ただ戦力を無駄遣いしてるだけじゃないですか。」
「確かに…。オレが犯人なら、まず単独で行動はさせないな。下で暴動を起こすグループと上を襲撃するグループに分けて、同時に行動を開始させる。最初にその手が失敗してたとしても、何度も繰り返されたらひとたまりもないはずだ。……なるほど、そう考えると妙だな。」
「でしょう? 本当に、犯人は何を考えてるんでしょうね。」
「十中八九、お前の推察どおりだろうな。」
ふと、別の声が割り込んできた。
尚希には聞こえないその声に、実は無言のまま意識を傾ける。
「あいつは花を欲している一方で、長が復活すると言われる満月を非常に恐れている。できることなら、満月が来る前に花を手に入れたいのだろう。とはいえ、あいつは昔からあまり賢くはないからな。失ったものを取り戻せると甘言を吐いて民を操ることを思いついたはいいものの、有効には活かせなかった。それだけの話だ。」
「ふーん。そりゃ、踊らされた人も可哀想に。」
実は、浮かんだ感想をそのまま述べる。
するとノルンは苦笑いをし、尚希が不思議そうに首を傾げた。
実は尚希の疑問に答えるべく、その準備として部屋に結界を張る。
そして―――
「ノルン曰く、犯人は馬鹿なんだそうです。」
短く簡潔に、ノルンの言葉を伝えた。
「そこまでは言ってないだろう!」
「うるさいな。要約すると、そういうことでしょ?」
ノルンの抗議に、実はそうとだけ返す。
顔をしかめる実の様子から、ノルンが抗議しているとなんとなく察せられたのだろう。
尚希は困ったように笑っていた。
「確かに、捕まった人たちも被害者だよな。こんなことをしても、失ったものが戻ってくるわけないんだし。」
目を伏せる尚希の顔には、捕まった者たちへの同情が見て取れた。
「本当に、そのとおりですね……」
実も尚希に同意する。
記憶も曖昧で自分が何をしているのかすら分からない中でも、襲ってくる彼らの目は本気で必死だった。
失ったものを取り戻すために。
その思いだけを胸に、双蓮の花を奪おうとしているのだ。
こんな手段に頼らずとも、彼らは失ったものを取り戻すために、あるいは失ったものへの未練を断ち切るためにまっすぐ生きていたはずだ。
正気に戻った彼らがただ騙されていただけだったと知ったら、どんなに嘆き悲しむことだろう。
一縷の希望にすがって、危険も顧みずに長へ反逆の刃を向けたというのに、その行動が本当はなんの意味もなさなかったのだ。
失ったものを取り戻せないばかりか、彼らは今まで努力してきた誇りすら失うことになりかねない。
なんのために生きてきたのか、と。
そんな悲しい自問を繰り返すことになるかもしれないのだ。
(なんの、ために……)
実は、目元を険しくして唇を噛む。
「実? どうした? 体調でも悪いか?」
途端に、気遣わしげな表情をした尚希がソファーから立ち上がった。
「大丈夫です。大丈夫ですから。」
尚希を制するように、実は何度も首を左右に振る。
それが言外に〝近付かないでくれ〟と言っているようで、尚希はそれ以上の行動に移れずに立ち上がったまま固まってしまう。
「実…」
尚希が小さく名を呼ぶ。
それに対して、実は無言で何かをやり過ごすように奥歯を噛み締めていた。
心を不安で掻き乱すような静寂。
やがて……
「―――はぁ。」
実が、重たい溜め息を吐き出しながら額を押さえた。
「すみません。苦しいとか、体がつらいとか、そういうんじゃないんです。ただ……」
「ただ?」
「ただ……分からないんです。」
押し出すような気持ちで口にした言葉は、心の奥底からの本音だった。
尚希が隣に座って、優しく肩に手を置いてくれる。
それに背中を押されるようで、理性が止めるよりも先に、口が勝手に言葉を紡ぎ始めていた。
「俺って、なんのために生きてるんですかね…。桜理を守るため? 未来を変えるため? ……違う。そういう次元のことじゃない。自分で言ってて意味が分からないけど、多分違うんです。今の俺じゃ……きっと、まだ分からない。でも、捕まった人たちの必死な顔を見てると……お前はなんのために生きてるんだって、そう訊かれてる気がして……」
額から手を離し、自分の両手を見つめる。
たとえ騙されていただけだったとしても。
方法は間違っていたとしても。
失ったものを取り戻すために、彼らは本当に必死だったのだ。
それに対して、自分は―――
一生懸命今にしがみついて生きてきたこれまで。
自分の中にいる彼がいつ暴走するかも分からない。
いつ殺されるかも分からない。
そんな日々の中、とにかく今を乗り越えていくので精一杯だった。
―――でも、今は?
色んなことがあった。
桜理と再会して、彼が消えてしまって、自分が分からなくなって。
イルシュエーレや精霊たちが暮らす懐かしいあの場所で、幼い記憶を辿って。
そうして今、人への絶望も人への希望も持ち合わせた自分がいる。
尚希の言うとおり、以前と今では自分も大きく変わった。
そして自分だけではなく、この世界における〝鍵〟の存在価値も変わりつつある。
こんな世界の中で、自分は何を目的に生きていくのだろう。
自分は、何に対してこんなにも必死になっているの?
運命に逆らい続けたとして、その先にあるものは何?
(俺は……)
目が回りそうで、実は両手と目をぎゅっと閉じた。
隣にいる尚希は、何も言わずに頭を軽く叩いてくれる。
労わるようなその仕草をありがたく感じながらも―――何故か、心は独りのような気がしてならなかった。
下の様子は分からないが、少なくとも上層部に立ち入った侵入者は騒ぎを起こす前に調査班の面々によって捕らえられている。
皆一様に錯乱していて、記憶の混濁も激しい状態のため、新たな情報は得られていない。
しかし、この前のように誰かを人質を取られる前に侵入者を捕縛できるだけでも十分な功績だろう。
「こんなこと、今までになかったのにな……」
「疫病じゃないよな?」
「そうだとしたら、私たちも……」
「よせ! そんなはずないだろう!」
「そうだよな。でもさ……みんな同じ状態っていうのは、変だと思わないか?」
「ああ。失ったものを取り戻すためだとか、花を手に入れるとか、ずっとその繰り返しだもんな。」
「双蓮の花にそんな力があるなんで、聞いたことないぞ?」
「俺だって聞いたことないさ。そもそも、双蓮の花は長様の大切なものだろう? それを手に入れるなんて、長様への反逆行為だぞ。」
「長様は瞑想中だというのに、こんなことが起こっているなんて知ったらさぞ悲しむことでしょうね。」
「とにかく、今は疫病かもって怯えるより、長様をお守りする方が優先だ。長様ならきっと、この事件と僕たちを正しい方向に導いてくださる。」
「そのとおりだ。長様なら、きっと―――」
部屋のすぐ側にいるらしい調査班の人々の会話を、実と尚希は黙って聞いていた。
別に盗み聞きをするつもりではなかったのだが、布一枚で塞がれただけの防音設備皆無の部屋である。
廊下での会話が筒抜けになるのは仕方ない。
「こうも続くと、さすがに不審がるよな……」
尚希が苦い顔で呟く。
「そうですね。それが犯人の目的かもしれません。けど……」
冷静に状況を分析していた実だったが、何か納得できないことでもあるのか、難しげに眉を寄せている。
「なんでしょう……自分の意見を自分で否定するのもあれなんですけど、多分みんなの不信感を煽ることが目的じゃない。というか、目的自体ないんじゃないかな……」
「目的がない?」
懐疑的な尚希の言葉に、実は唸りながら首を縦に振った。
「俺には、犯人がただ焦ってるだけのようにしか見えないんです。だって、荒削りすぎませんか? これだけの人たちを動かすことができるんです。なら、警備を薄くするにしろ俺たちを襲うにしろ、もっと効率的で効果的な動きができておかしくないはずでは? これじゃ、ただ戦力を無駄遣いしてるだけじゃないですか。」
「確かに…。オレが犯人なら、まず単独で行動はさせないな。下で暴動を起こすグループと上を襲撃するグループに分けて、同時に行動を開始させる。最初にその手が失敗してたとしても、何度も繰り返されたらひとたまりもないはずだ。……なるほど、そう考えると妙だな。」
「でしょう? 本当に、犯人は何を考えてるんでしょうね。」
「十中八九、お前の推察どおりだろうな。」
ふと、別の声が割り込んできた。
尚希には聞こえないその声に、実は無言のまま意識を傾ける。
「あいつは花を欲している一方で、長が復活すると言われる満月を非常に恐れている。できることなら、満月が来る前に花を手に入れたいのだろう。とはいえ、あいつは昔からあまり賢くはないからな。失ったものを取り戻せると甘言を吐いて民を操ることを思いついたはいいものの、有効には活かせなかった。それだけの話だ。」
「ふーん。そりゃ、踊らされた人も可哀想に。」
実は、浮かんだ感想をそのまま述べる。
するとノルンは苦笑いをし、尚希が不思議そうに首を傾げた。
実は尚希の疑問に答えるべく、その準備として部屋に結界を張る。
そして―――
「ノルン曰く、犯人は馬鹿なんだそうです。」
短く簡潔に、ノルンの言葉を伝えた。
「そこまでは言ってないだろう!」
「うるさいな。要約すると、そういうことでしょ?」
ノルンの抗議に、実はそうとだけ返す。
顔をしかめる実の様子から、ノルンが抗議しているとなんとなく察せられたのだろう。
尚希は困ったように笑っていた。
「確かに、捕まった人たちも被害者だよな。こんなことをしても、失ったものが戻ってくるわけないんだし。」
目を伏せる尚希の顔には、捕まった者たちへの同情が見て取れた。
「本当に、そのとおりですね……」
実も尚希に同意する。
記憶も曖昧で自分が何をしているのかすら分からない中でも、襲ってくる彼らの目は本気で必死だった。
失ったものを取り戻すために。
その思いだけを胸に、双蓮の花を奪おうとしているのだ。
こんな手段に頼らずとも、彼らは失ったものを取り戻すために、あるいは失ったものへの未練を断ち切るためにまっすぐ生きていたはずだ。
正気に戻った彼らがただ騙されていただけだったと知ったら、どんなに嘆き悲しむことだろう。
一縷の希望にすがって、危険も顧みずに長へ反逆の刃を向けたというのに、その行動が本当はなんの意味もなさなかったのだ。
失ったものを取り戻せないばかりか、彼らは今まで努力してきた誇りすら失うことになりかねない。
なんのために生きてきたのか、と。
そんな悲しい自問を繰り返すことになるかもしれないのだ。
(なんの、ために……)
実は、目元を険しくして唇を噛む。
「実? どうした? 体調でも悪いか?」
途端に、気遣わしげな表情をした尚希がソファーから立ち上がった。
「大丈夫です。大丈夫ですから。」
尚希を制するように、実は何度も首を左右に振る。
それが言外に〝近付かないでくれ〟と言っているようで、尚希はそれ以上の行動に移れずに立ち上がったまま固まってしまう。
「実…」
尚希が小さく名を呼ぶ。
それに対して、実は無言で何かをやり過ごすように奥歯を噛み締めていた。
心を不安で掻き乱すような静寂。
やがて……
「―――はぁ。」
実が、重たい溜め息を吐き出しながら額を押さえた。
「すみません。苦しいとか、体がつらいとか、そういうんじゃないんです。ただ……」
「ただ?」
「ただ……分からないんです。」
押し出すような気持ちで口にした言葉は、心の奥底からの本音だった。
尚希が隣に座って、優しく肩に手を置いてくれる。
それに背中を押されるようで、理性が止めるよりも先に、口が勝手に言葉を紡ぎ始めていた。
「俺って、なんのために生きてるんですかね…。桜理を守るため? 未来を変えるため? ……違う。そういう次元のことじゃない。自分で言ってて意味が分からないけど、多分違うんです。今の俺じゃ……きっと、まだ分からない。でも、捕まった人たちの必死な顔を見てると……お前はなんのために生きてるんだって、そう訊かれてる気がして……」
額から手を離し、自分の両手を見つめる。
たとえ騙されていただけだったとしても。
方法は間違っていたとしても。
失ったものを取り戻すために、彼らは本当に必死だったのだ。
それに対して、自分は―――
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自分の中にいる彼がいつ暴走するかも分からない。
いつ殺されるかも分からない。
そんな日々の中、とにかく今を乗り越えていくので精一杯だった。
―――でも、今は?
色んなことがあった。
桜理と再会して、彼が消えてしまって、自分が分からなくなって。
イルシュエーレや精霊たちが暮らす懐かしいあの場所で、幼い記憶を辿って。
そうして今、人への絶望も人への希望も持ち合わせた自分がいる。
尚希の言うとおり、以前と今では自分も大きく変わった。
そして自分だけではなく、この世界における〝鍵〟の存在価値も変わりつつある。
こんな世界の中で、自分は何を目的に生きていくのだろう。
自分は、何に対してこんなにも必死になっているの?
運命に逆らい続けたとして、その先にあるものは何?
(俺は……)
目が回りそうで、実は両手と目をぎゅっと閉じた。
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