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しおりを挟む「はぁ、はぁ、本当に僕の家遠すぎ……」
「おいおい、自分の家に帰るのにそんなに疲れてどうする」
学園から徒歩で約二十分。ここが、アークの家だ。アークは中級貴族であるが、先程も述べた通り下級貴族であるルベルとも仲良くしている。
「だ、だってルベルが早いからだよぉ……」
肩で息をするアーク。
「た、ただいまぁ……」
「おお、おかえりなさいませ坊っちゃま。それと、ルベル様も。卒業式はどうでしたか?」
正門から、人の良さそうな好々爺が出てきた。しかし、その体にはぎっちりと筋肉が付いており、普通の執事ではない。細い目の奥には、力強さも伺える。
「特に面白いことは。あ、ご無沙汰ですね、サイ爺さん。それで……その……様付やめてもらえるかな?」
ルベルが気恥ずかしそうに頬をかく。
「いやなに、序列九位とはいえ、近衛になられたのですから、そのように呼ばないと」
ホッホッホッと嬉しそうに笑うサイ。その顔はまるで孫の成長を喜ぶ祖父のようだ。
「勘弁してくれ……」
苦虫を噛み潰したかのような顔でため息をつくルベル。それを見てアークとサイは一斉に笑った。
「ふふっ、じゃあ僕、お父様に報告してくるね」
「おう、行ってこい」
タタタ軽快な足取りでアークは屋敷に入っていった。
「さてルベル様、坊っちゃまが帰ってくるまでの間――」
ヒュッ、とルベルに木刀が投げられた。
「私にどれだけ強くなったかを、お示しくださいませ」
笑顔のまま、サイが背中に隠していた木刀を振るう。
「ふっ!」
ルベルは慌てず、投げられた木刀を掴み、サイの攻撃を左に受け流した。
「ふむ、昔とは違うようですな」
感心したようにサイは豊かに蓄えた顎髭を触る。
「まあな。そりゃ仮にも近衛ですから。じゃあ……今回はこっちから攻めてみようかな!」
木刀を横なぎに振り、腕力のみでサイを弾き飛ばす。そして、間髪入れずに距離を詰め、剣を振る――と見せかけて、左足で蹴りを繰り出す。剣をオトリにした高等テクニック。そもそも、学園等で習う剣術には、蹴りなどの体術は入ってこない。大抵の相手はこれで倒せるのだが――
「いい心がけで。しかし、まだ甘いですぞ」
サイはその蹴りを見切り、足首のあたりを手で払い、そのまま横に投げ飛ばす。
「うおっと。本当にその柔術とかいうのはやりづらいな」
しっかりと受け身を取ったため、ダメージはないものの、ルベルの体勢が崩れた。その隙をサイは見逃さない。
「では、次はこちらの攻めを受けていただきましょうか」
サイの木刀の切っ先が揺れる。
「っ!」
流石にルベルも慌てて、木刀をコンパクトに構え、防御の用意をするも――
「シッ!」
「っう!」
サイの息をもつかせぬ猛攻。秒間に五発はくだらない数の攻撃が襲ってくる。
(やっぱきっっい!)
急所を狙っていたり、致命傷になりそうなものは、体をひねり回避するか、木刀で軌道を変える。その他は――すべて受ける。痛みには慣れていると、歯を食いしばりながら、猛攻を耐える。
「……こらー! 何やってるの二人共!」
ふいに、屋敷の窓から声が聞こえた。
「……おやお坊っちゃま、もうよろしいので?」
「よろしいので? じゃないよ! なんでルベルをボコボコにしてるのさー!」
「ほっほっほ、怒られてしまいました。……ルベル、強くなりましたね」
「……ったく、あんたもご健在のようで、師匠」
サイはルベルの師匠である。ルベルはサイを五年間ほど師事し、技を受け継いできた。下級貴族にして、近衛になれたのはサイのおかげと言っても過言ではない。
「いやはや、最近は腰が痛くて……。さて、行きましょうかルベル様」
「ふぅ、そうだなサイ爺さん」
土埃などを払い、屋敷に入る。ズキズキと痛む打撲等は、授業料ということで我慢する。
「もー、ルベル、大丈夫?」
ぱたぱたと奥からアークが駆けてきた。アークは着替えており、制服から動きやすい格好になっていた。
「ああ、問題ないさ」
「ほんと? それならいいけど。あ、ご飯食べていかない?」
アークは少し恥ずかしそうにルベルに聞く。
「ありがたく頂いていくことにしよう。ノアーズおじさんは元気?」
「元気だよ。あ、礼服はお父様のものだけど、くれるって」
「おいおい、それはいいのか?」
「いいんじゃない? 貰えるものは貰っておきなよ」
などと話をしながら三人は食堂へ向かう。
「旦那様、遅くなりました」
「ご苦労。さて、久しぶりだねルベル君」
「お久しぶりですノアーズおじさん」
ルベルは長い付き合いである、アークの父のノアーズに挨拶する。ノアーズは細身の男で、モノクルをかけている。少し冷たい印象を見受けさせるが、実はその逆で、温かみのある、ユーモラスな人物である。
「さ、遠慮なくかけてくれ」
「では、お言葉に甘えて」
二人は席につき、サイは給仕の支度へ戻っていった。
「聞いたよルベル君、近衛になったんだって?」
「いやー、なったと言っても末端の第九位ですけどね」
サイがスープを運んできた。
「ささ、食べて食べて。アーシ……アークも食べなさい」
「も、もー! また名前を間違えた! 僕はアークだからね!?」
「あ、ああ、そうだったな、すまない」
慌てて訂正したノアーズ。しかし、全くルベルは気にしなかった。
「……おいしいです、ノアーズおじさん!」
「そうかい、それは良かった。それで、式典のときの礼服なんだが、これでいいかな?」
サイが指示をし、メイドが黒い服を持って来た。
「はい、本当にありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか……」
「いいんだよ。どんどん頼ってくれ。なに、いずれ何かの形で返してもらうさ」
と、器用にウインクした。
「さあ、そろそろメインディッシュじゃないか? この若い二人に肉を」
「かしこまりました旦那様」
カラカラと銀の食器を載せたカートをサイが押してきた。
「さあ、遠慮なく食べてくれ」
「お、お父様、僕、こんなに食べられませんよ……」
アークが目の前に置かれた肉の多さに顔を青くしている。
「そりゃ確かにおいしいんですけどね……胃もたれしちゃう……」
数口食べ、ため息をついた。
「そうか? じゃあ俺がもらうぞ」
さっさと自分の分を食べきってしまったルベルは、アークにくれという目を向ける。
「そ、そう? じゃあ…………あーん」
突然のことに顔を真っ赤にしたアークだったが、意を決したようにうなずき、肉を一口サイズに切ってフォークに刺し、ルベルにあーんをした。
「ん、サンキュ。やっぱりお前は細かい気配りができるな」
アークが差し出した肉を咀嚼し終えたルベルは、正直な感想を言った。
「ふ、ふえぇぇ…………」
先程よりも顔を真っ赤にしたアークは恥ずかしそうに顔を両手で覆い隠した。
「…………頑張って!」
メイドが密かに熱い視線を送ってきていたが、やはりルベルは気が付かなかった。
「ありがとうございました」
すっかり日も落ち、あたりが闇に包まれた。もう灯りをつけ始めた家もある。
「またうちに遊びに来てね!」
「ああ、式典が終わったらな」
礼服を大切そうに抱え、アークの屋敷をあとにした。
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