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001 ゾンビに捧げるレクイエム

断られ方、神レベル

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 この世界で神になり、自分の力で帰還する。
 そう決心した俺は、一軒一軒訪ねて村人の説得を始めることにした。

「みなさんがお疲れのように、ゾンビ……故人も疲れているはずです。誰が死んでまで、愛する家族を襲いたいと思うでしょうか?」
「そんなことを言われても、火であぶるのはなぁ」
「あぶるのではありません。浄化するんです」

 骨の状態では、墓から出てこない。
 謎の病で亡くなった人を『聖なる灯火』で火葬すれば、課題はクリアだ。

「違いがよくわかんねぇ。うちは結構だよ」

 断られたので、次の家へ。
 
「骨になると悪さをしません。畑の作物も守れますよ」
「どこにそんな証拠があるんだい? でまかせを言うんじゃないよ」

 こっちもダメか。
 諦めずに隣へ行く。

「亡くなった人と生きてる家族、どちらが大事ですか? どうか未来のことを考えてください」
「生い先短いわしに、未来じゃと? よそ者のお前に何がわかるというんじゃ。わしのことは放っておいてくれ」

 鼻先で扉を閉められた。
 でも俺は、くじけない。
 断られた分だけレベルアップに必要な力がたまっていく。

「どれどれ?」


【打佐田 太一 神レベル4】

 体力 20
 知力 19
 聖力 22
 素早さ20
 運   3
  
 特殊スキル『聖なる灯火』
 追加特性『断られるたび強くなる』


「おおー、もうレベル4か。三十軒近く回って断られたから、追加特性が効いてるな。このままレベルを上げ続ければ、課題なしでも神になれそうだ」
「それは無理だよ~。ペナルティーで一度に5くらい下がるから」
 
 肩に載せたリモが、すかさず答えた。

「何!? じゃあどっちみち、課題をクリアしないとダメじゃないか」
「そだね~」

 リモの可愛い仕草にだまされた。
 神への道は、甘くない。

 さらに説得を続けたが、ほぼ全滅。

「火葬は反対か。一軒だけでも協力してくれれば、村の人の考えを変えられるかもしれないのに」
「人間は、保守的な生き物だからね」

 残るは一軒のみ。
 それは、この村で最初に出会った母娘おやこの家だった。



 俺はリモとともに、その家に向かう。

「その節はお世話になりました」
「いいんだよ。困った時はお互い様だろう?」
「実は……今も困っているんです」

 俺は「村を救うため、謎の病で亡くなった人を火葬したい」と、力説した。

「お前さん、りてなかったんだね。死者を燃やすなんて、神への冒涜ぼうとくだって言わなかったっけ?」
「聞きました。でも、神の許可が出ているとしたら?」
「神の許可? あら、嫌だ。お前さんただの旅人かと思ったら、教会の人かい?」

 ここで違うと言えば、話がややこしくなるだろう。

「まあ、似たようなものです」

 ウィチリカの話によれば、この国の神は『グロリオーサ』。だけどリモの仕えるリデウスは最高神なので、さらにその上だ。
 
「そうかい。でも、火葬と言われてもねえ……」
「考えてもみてください。動く死体は、亡くなった方が望んだ姿でしょうか?」
「それは……」
「変わり果てた姿のご主人が、万一娘さんを襲ったらどうします? どうか故人を、安らかに眠らせてあげてください」

 それは俺の本心だ。
 ゾンビがのさばる状況では、生者にとっても死者にとっても心安まらない。
 女性は考え込んだ末、口を開く。

「亭主は優しい人だった。病気にかかった友人のところへ、真っ先に駆けつけてね。まさかそれが元で自分も亡くなるとは、考えてもみなかっただろうさ」

 謎の病は感染性?
 数年経過しているとはいえ、どんな菌が潜んでいるのかわからない。
 再発防止のためにも、火葬にするべきだ。

「当初は亭主が自分の死を受け入れられず、彷徨さまよっているだけだと思っていた。家に帰りたくて、死者の姿で戻ってくるのだと」

 女性の声には悲しみがにじんでいる。

「星を見るのが好きな人だった。不気味なうなり声でも、あたしにとっちゃあの人の声だ。死体でもいい。人としての心が少しでも残っているなら、それで良かったんだ」
「ですが……」
「わかってるよ。あれはもう、人じゃない。優しいあの人はもういない」
「前に、ご亭主が寂しがるとおっしゃっていたのは?」
 
 女性は自嘲気味に笑う。

「たぶんあたしが、そう思いたかったんだろうね。動く死体の姿でも、きっといつか家族のことを思い出してくれるって」
「そう……ですか」

 大切な人の死は、デリケートな部分だ。
 だからこそ、強制するわけにはいかない。

「知ってるかい? うちの子、あれで八つなんだ」
「八歳? てっきり四、五歳くらいかと……」

 八つと言えば小学生。
 その割には身体が小さく、言動も幼い。

「あんたの言った通りさ。あの子は家の前で、変わり果てた姿の父親に襲われたことがある」
「そんな!」
「それからだよ。怖さのあまり当時の記憶を失くした娘は、成長を止めてしまった。父親と暮らしていた頃にまで、言葉も退行してしまったんだ」
「そう……だったんですね」

 これで全てがつながった。
 助けてもらった日、村の話をする時に彼女は娘を遠ざけた。きっと忌まわしい日の記憶を呼び起こさないようにするためだ。

「断ろうと思ったけど……いいよ。あの人はもう帰ってこない。せめて、安らかに眠ってもらおうか」
「ご協力、感謝します」



 ある晴れた日。
 親切な女性の夫──ダグラーさんと言うらしい、の遺体を広場で燃やした。普通の火ではダメだけど、『聖なる灯火』の青い炎だとよく燃える。

「煙が天に昇っていく。そうか、大好きな空に昇っているんだねえ」
「そうですね」

 遺骨はかめに。
 ふたをして、紙を編んで作った紐で封印した。

 こうしておけば、骨の状態では動けないと立証できる。
 もし紙の紐が破られれば、墓から出たということだ。
 その時は、別の手を考えなければならない。

「パパ……」

 封印した甕を見て、娘さんがポツリと漏らす。
 父親の墓に野の花を添えるのを見て、俺は不覚にも泣きそうになってしまった。

 どうかこの優しい母娘のためにも、死者が安眠できますように──。
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