狂気繚乱

春血暫

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狂気繚乱

¶016

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 優はゆっくりと、目蓋を開き。
 光を見る。
 懐かしい夢を見た、と優は思った。
 優が、初めて抱いた女のことである。
――あのあと、どうしたんだっけ。
 人を殺すことが、食べることが、血を飲むことが、性的に興奮すると覚えた優は、女のことをどうしたか、あまり覚えていない。
 切り刻み、食べたっけ。
 なんて、思いながら伸びをする。
「はあ」
 とため息と共に、脱力する。
 ぽすんっ、と枕に顔をうずめ、優はぼんやりと考える。
 クラスの子達は、何をしているのだろう。
 特に気になるのは、高嶺のことだった。
 一のことも、気にかけている。
 二人だけで、クラスに孤立しているのは、教師として見ていられなかった。
 なるべく、孤立しないようにしているが。
 本人たちが、好きでいるならば、こちらが何かすることはない。
 優が、高嶺を気にかけているのは、それだけではなかった。
 優が抱いた女の子供が、高嶺なのだ。
 初めて、見たときには優は衝撃を受けた。
 高嶺は、あまり覚えていないようで、気づかなかったが。
 優は、高嶺を見てすぐに気づいた。
 高嶺は、母親に外見がとても似ているから、母親をよく知っていた優はすぐにわかる。
 罪悪感と、贖罪で高嶺に接してきた。
 ただの教師と、生徒。
 それだけでよかったはずなのに、高嶺は教師である優を好いてしまい。
 優も、奥さんのことを思い出し、それを高嶺に重ねてしまった。
 高嶺のことを考えていると、少し身体が熱くなる。
 けど、実際にヤってはいけない。
 理性で、優は気持ちを抑えていた。
 しかし、あの日。
 高嶺が自分で抜いているのを見てしまった。
 何か一つ、崩れるような気がした。
 もうすぐで、触れてしまう。
 そのときに、なんとか理性で抑え、高嶺を帰した。

 その日の夜。
 つまり、昨日だ。
 上司に、好意を抱かれ、抱いてほしいと言われる。
 もう、あんなにひどくしてしまったのだから、優の居場所など無いのだろうと思っていた。その時である。
 ピンポーン、とインターホンが鳴る。
 昼下がりに、訪ねてくる者などろくな人間ではないと優はわかっているから、警戒しながら、扉を開けると。
 そこには、綺麗に制服のセーラー服を着た高嶺が立っていた。
「服装整えてみたの。どうかしら?」
「……なんで、髪、下ろしてるの?」
「? 似合わない? 私、これが一番落ち着くの」
「いや、そんなことはない」
 優は、言うか言わないか迷い、言うのをやめた。
 高嶺の母親、つまり優が抱いたあの女に、とてもそっくりで驚いた、と。
「何の用件だ?」
「風邪引いたって聞いたからさ。ほら、えっとー。国語の、川中!」
「へっ?」
「川中が、気になるんだったら、看病しに行けば? てさ。なんなの、あの男」
「え、川中さんが言ったの?」
「私が嘘を吐くとでも?」
「いやいや、全然?」
 ただ、川中はいつ出勤したのだろう。
 と、優は思ったのだ。
 優が出て、すぐにホテルを出たのか。
「んで、風邪はもう大丈夫だし。女の子一人が、男の部屋に来るんじゃねえ」
「良いじゃない。別に」
「……ったく、怒られるの俺なの」
「私も怒られてあげるから。てか、私が勝手に入ったようなもんよ」
 台所借りるよ、と高嶺は言い、お粥を作る。

 優は、居間でその姿を見て、やはり奥さんに似ていると思う。
 親子だし、見た目も同じと言ってもいいくらいそっくりだから、当たり前かもしれないが。一度、優の部屋にお粥を作りに奥さんが来たことがある。
 そのとき、実は高嶺もいたが、彼女は覚えていないだろう。
 小さくため息を吐くと、高嶺が話す。
「ね、昔。あんたみたいな大学生の家にね、母さんとお粥を作りに行ったのよ」
「!?」
 優は、瞠目する。
「え?」
「昔、て言ってもそんな昔じゃない。母さんが死ぬ少し前かな。母さん、死んだかなんてハッキリしてないけどさ。きっと、死んだのよ。だって、その大学生のこと好きだったんだもん。よく言ってた。あの男の子は、きっといい男になる。て」
「………永逕、粥を作ったら、帰れ」
「そのつもりよ。あ、でも。国語教えてよ、今日のところ。川中のわかりづらかったの。私は、佐々塚の国語以外わかんないのよ」
「わかったから」
 優は、なんとか理性を保つ。
 言い方、仕草、すべてが奥さんのようで抱きしめて、セックスしたい衝動にかられそうなのを、何とかして理性で抑えている。
 少しすると、高嶺が鍋を持って優の前に座る。
「一人前よ、食べて」
「少なくないか?」
「あんた、大食いなの?」
「いや、そんなことはない」
「あるわよ。私、ちゃんと作ったんだから」
「……ありがと」
 優は、高嶺の粥を見て、奥さんの粥を思い出す。
 そして、やはり。
 自分は、奥さんに本気だったのだ、と思いため息を吐く。
「いただきます」
 高嶺の粥は、少し塩が多い気がしたが、優の好みでもあったため、美味しく優はいただいた。
 粥を食べて、片付けをし。
 高嶺は、机に国語の教科書を広げる。
「ここの、この部分。なんで、主人公は――」
 高嶺は、必死に優に質問をして、優は丁寧に答えた。

 そして、夕方になり。
 優は高嶺を家に帰そうとしたとき。
 高嶺は、優に抱きつく。
「先生」
「なんだよ」
「やっぱ、一泊していい? もう、あの家に帰りたくない。新しいお母さん、怖くて、もう嫌だ」
「…………」
「父さんも、変だし。二人の子供も、私を毛嫌いするのよ」
「永逕……」
「新しいお母さん、話してたもん。あんな、元嫁にそっくりな娘育てられるか、て」
「永逕――」
「私の母さんは、母さんだけなのにっ!! 自慢なのにっ!! 父さんも、頷いて、変だよ!! 私はもう、要らない子――!!!」
「永逕!!!!」
 優は、高嶺を強く抱きしめる。
「お前は、要らなくなんかない! 要らなくなんか――ないんだよっ」
「……だったら、証明してよ」
 高嶺は優を強く見る。
「私が必要って、ここで! 抱いて! 証明して!!!」
「っ!! それは、できないよ。永逕」
 下手したら、お前を殺してしまうかもしれないんだよ。
 俺は。
 僕は。
 それでやっと、満足する変態なのだから。
「教師だからとかじゃなくて、お前が大事だと思うから。お前のこと、好きだから、抱けない」
「なんで?」
「……下手したら、お前は死ぬんだぞ? まだ、これから先がある。お前には、まだあるだろ? 俺は、もう、愛する人を己のために殺すのは、嫌なんだよ」
「もう?」
 高嶺は、優の台詞に反応する。
 優は、たしかに、もうといった。
 ということは、以前。
 誰かを殺した、もしくは殺しかけたのではないか。
「先生?」
 高嶺は優を見上げる。
 優は、悲しそうな顔で高嶺を見る。
「永逕、俺は、教師なんてやってらんないくらい。悪人なんだよ」
「……先生」
「もう、俺を好きと言わないでくれないか? 苦しくなる」
「でもっ」
「お願いだよ、高嶺ちゃん」
 久しぶりに、優は高嶺のことをそう呼んだ。
 あのアパートで、暮らしていたとき。
 たまに、すれ違う高嶺のことをそう呼んで、挨拶くらいしかしなかったが。
 会話をした。
 高嶺は「え?」と呟く。
 高嶺のことをそう呼ぶのは、昔隣にすんでいた大学生だけである。
 もしかして、と高嶺は思い。
 優に「ね」と言う。
「昔、どこかで会いませんでしたか?」
「っ」
「ねえ、母さんが大好きだった。愛してた大学生って――」
「黙ってくれ」
 優は、低い声で高嶺に言う。
「もし、僕がそうだったら、なに? 母親の居場所問いただす?」
「? 先生?」
 優の豹変ぶりに、高嶺は戸惑う。
「それは、まあ。私、母さん、探してるもん」

 五年くらい前、母が死んだ。
 遺体は、見つかっていない。
 そのくらいに、大学生もどこかへ消えてしまった。
 あまり会話はしたことなかったが、高嶺は少しその大学生に好意を抱いていた。
 警察やら、何やらが母と大学生を探してくれたのは事件発生から三日ほどである。
 そのあとも、ずっと探していたのは高嶺だけだった。

「ね、教えてよ」
「君は、僕を許すことはない。僕も君に許されるとは思っていないよ。君の人生を狂わせたのは、僕だから」
「……どういうこと?」
「君の思う通り、僕は昔君の――君たち家族の隣に住んでいたよ。そして、僕は奥さんに一目惚れした。奥さんも僕を好きだと言った。でも、僕は奥さんとセックスするつもりはなかったよ。そんな趣味はなかったから。見ているだけで、よかった」
 優は、淡々と話す。
 もう、高嶺からは離れて。
 高嶺は、優の言葉一つ一つを聞いて、理解しようとした。
 しかし、優は「理解しようとしなくていい。むしろ、するな」と笑う。
「僕は、人を殺して、人を食べて、人の血を飲んで、興奮する、変態なんだ。だから、君とは、これまで通り教師と生徒でいたいんだよ。僕のために、君のために」
「全部、本当なら。母さんは、もう。あんたに、殺されて、食われたんだね」
 高嶺は、泣きながら言う。
「もう、二度と、母さんに会えないんだ」
「うん。会えない」
「母さん、大好きなのに。ねえ、なんで? なんでなの!?」
「言っただろ? 僕がそういう――」
「わかってたなら、言いなよ!!」
「わからなかったんだよ、僕だって」
 優は、感情的になっている高嶺とは逆に、ひどく冷静に言う。
「殺意なんて、ないよ。そこにあったのは、好意だ」
「っ!」
 優の台詞に、高嶺は固まる。
 そして、泣きながら優の家にある包丁を持ち、優に向ける。
「ねえ、もう、生きてる意味がないの」
「奥さんを探すだけが、君の生きてる意味だったのかい?」
「そう。もう、死んだってわかったなら、もういい」
「そうやって、死ぬのか。君は」
「そうよ? あんたの家の包丁で、首切って死ぬの」
「…………」
 優は、無言で高嶺に近寄り、包丁を奪う。
「やめろよ、人の家で。自殺なんて」
「……うるさい! 人殺し!」
「そう。僕は、人殺しだよ」
 ニヤッと優は笑う。
「高嶺ちゃんは、奥さんに似て。僕を好きになって、僕に殺されるんだ」
「っ!?」
「それとも、セックスして、最中に殺害されて、食われたい? 僕は、どっちでもいいよ」
「な、なに」
 高嶺は、怖くなり、震えながら玄関の方に後ずさる。
 優は、高嶺が逃げると思い、包丁を玄関の方に投げる。
 ストンッ、と包丁は玄関の床に刺さる。
 高嶺はビクリとして、優を恐る恐る見る。
「や、やだっ……」
「怖がらないでよ、君の好きな教師だよ?」
「やだっ、やだっ!!」
「なんで? あんなに抱けって言ってたろ? 抱いてやるって言ってるんだよ。わかんねえの? そういうところ、奥さんと似ていて、良いよね。すっごく、良いよ」
「母さんっ?」
「やっぱり、僕は、奥さん以外あり得ない。でも、君は奥さんに似ている。まるで、奥さんが死なずに、生きていてくれているようだよ!!!」
 優は、高嶺を押し倒す。
 高嶺は、年齢にしては身長は高く、体重が軽いため、すぐに倒される。
「なあ、俺の好きにっ、僕の好きに、して、いいんだよな」
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