愛縁奇祈

春血暫

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愛縁奇祈

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 兄ちゃんに、近くの林に飛ばされた。
 僕は、兄ちゃんが心配で、そこから町を見た。

 町は赤くて、ゴウゴウと音を立てて、燃えていた。

――兄ちゃん……。

 飛ばされる前に見た兄ちゃんは、兄ちゃんではないような気がした。

「兄ちゃん、無事でいてよ……」

 飛ばされて、着地とかに失敗して、僕は足を痛めて、動けないでいた。

――どうしよう。

 と思っていると、何人かの町の人がこちらへ向かってきた。

「逃げろ!!」

「殺されるぞ!!」

 と、言いながら人々は走る。

 その中で、赤子を抱きながら走る女性がいた。
 女性は、僕を見ると「逃げなさい」と言う。

「ここは危ないから」

「でも、兄ちゃんが……」

「お兄さんとはぐれてしまったの?」

「ううん。兄ちゃんに飛ばされた。『逃げろ』て」

「だったら、逃げないと」

「でも、足が痛くて動けないんだ」

「……わかった。背中に乗りなさい」

 女性は、僕の前に背を向ける。

「家とかわかる?」

「家なら、燃やされた」

「そっか。なら、うちに来なさい」

「え?」

 どういうことなのか、聞こうと思ったら。
 町のほうから、獣のような声が聞こえた。
 女性は、僕に「危ない」と言う。

「早く」

「う、うん」

 と言って、僕は女性の背に乗った。

 女性は、片手で僕を支えて、片手で赤子を抱く。

「君、名前は?」

「英忠。はなぶさに忠実で。姉ちゃんがつけてくれた」

「英忠くんね。わかった」

「うん。えっと、あの、今、何が起きているの?」

「今、町で蛇神様が怒って、鬼になってしまったの」

「え」

 兄ちゃん?

「お、下して。兄ちゃんを助けに行かないといけないから」

「下せない。それに、お兄さんはあなたに逃げるように言ったんでしょ?」

「でも、兄ちゃんが――!!」

「英忠くん!!」

 女性は強く言う。

「お兄さんの気持ちわかってあげなよ」

「……けど」

「君には、生きてもらいたいんじゃないの? お兄さんのこととか、わからないけどさ」

「けど、僕は……。そばにいたいんだ」

「なんで」

「たった一人の兄ちゃんだし。僕たちは二人でひとつだから。どちらかが欠けたらいけないんだよ」

「……そう。でも、今は逃げないと。また明日、探しに行けば良い」

「え、あ、」

「その時は、私も協力するから」

「うん」

 僕は小さく頷いた。

――明日、か。

 もしも、兄ちゃんが退治されてしまったら。
 明日なんてないのに。

 人間は、残酷だな、と僕は思った。

 そして、そんな人間を愛した兄ちゃんが、こんなことになるなんて、おかしいと思った。
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