愛縁奇祈

春血暫

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愛縁奇祈

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 た、た、た、た、た、

 と、軽快に僕は走って林を抜ける。

 林を抜けると、小さな空き家がある。

 そこに、僕の会いたい人がいるはず。

 いるはずなんだ。

 空き家の前で、僕は「兄ちゃん!!」と叫ぶ。

「兄ちゃん、いるんでしょ!? 僕だよ!!」

 と。

 すると、後ろから「帰れ」と声が聞こえた。
 振り向くと、そこには兄ちゃんがいた。

 だけど、なんだか、雰囲気が違う。

「兄ちゃん?」

「……聞こえなかったのか? 帰れ、と言ったのだ」

「嫌だよ。一緒にいたい」

「私はお前といたくない。お前と会いたくない」

「……どうしたの? ねえ、なんか、おかしいよ?」

 兄ちゃんなのに。
 兄ちゃんじゃないみたい。

 なんで?

 何があったの?

「兄ちゃん?」

「帰れよ。帰ってくれ。な? なんで、来たんだよ。私の気持ちを考えてくれよ」

「帰りたくないよ。兄ちゃんがいないと、本調子じゃないんだ」

「気のせいだよ、それは。お前は、もう人の子だ。人の子が、私のそばにいるのは、おかしいだろ?」

 兄ちゃんは、心を殺しているように僕に言う。

「もう、私に近づかないでくれ。会いに行こうなんて、思わないでくれ」

「兄ちゃんは、僕のことが嫌いなの?」

「嫌い?」

 兄ちゃんは、嘲るように笑う。

「逆だよ、私はみんなを愛している。そのみんなに、お前は含まれる」

「…………」

「だから、だよ。だからこそなんだよ」

「わかんないよ、兄ちゃん」

「わかろうとしてくれよ」

「わかんない。わかろうとしてもさ。ねえ、なんでさ、僕の名前を呼んでくれないの?」

「!!」

「なんで? ねえ、教えてよ。何があったの?」

「言いたくないな……」

「……そんな、苦しそうにしないでよ。何に苦しんでいるの? 僕? 僕が苦しめているの? だったら――」

「違う!! お前は関係ない!!」

 兄ちゃんは、叫ぶ。

「関係ねえから、どっか行けよ!! 目障りなんだ!!」

「っ」

 僕は、怖くなって、その場から走り去る。

 あんなに、怖い兄ちゃんは初めてだったし。
 苦しそうにしている兄ちゃんも初めてだった。

 もしかしたら、ずっと苦しんでいたのかもしれない。

 それを、僕は気づかなくて。

 気づこうとしないで。

――僕は、最低だ。

 ごめんなさい。兄ちゃん。

 それでも、僕はあなたの弟で。
 この縁は。
 この縁だけは。

 切らないでほしい。

 そう思いながら、僕は来た道を戻った。
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