愛縁奇祈

春血暫

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深雪の空

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 しかし。
 なぜ、追い出されたのだろう。

 ゴキブリ、可愛いだろうが。
 ゴキブリだけではない。
 虫、みんな可愛いだろうが。

 前は、前で。
 隣に住む美人な女子大生に、アブラゼミを十匹死にかけを、ポストにぶちこんだら、大家に追い出されたし。警察も来た。
 挨拶の代わりにやっただけなのに。

 あれか?
 セミだからか?

 今回は、ゴキブリだったからか?

 仕方がない、今度はシロアリにしよう。

 近所にシロアリがたくさんいるところがあるからな。
 そこでシロアリを集めて、大家に投げよう。

「ふむ、これでいこう」

 と、呟くと「全く良くないだろ」と声がした。
 見てみると、紀治が立っていた。

「おはよう、紀治」

「いや、お前さ。何回言えば良いの? 紀治じゃないって。紀之としゆき

「あー、そうだっけ。でも、紀治じゃん」

「もう、いちいち訂正するの、疲れるんだけど?」

「なら、しなければ良いだろ?」

「うるさい、文人」

 はあ、と紀治――いや、紀之はため息を吐く。

「てか、いつの間にか寝ていたみたいなんだよな。俺」

「そうだね。あ、飯あるよ」

「腹減ってないからいい。それより、シロアリを投げるとか言ってたけど、なんの話?」

「ゴキブリを投げたら、家を追い出された」

「なぜ投げたんだ、お前は」

「可愛いからな、ゴキブリ」

「わかんねえよ、それ」

「わかろうとするところから、始めよう。そうすれば見えてくる。虫の良さが」

「誰だ、お前。急に、何かの教祖みたいなことを言うな。バカタレが」

「今日も突っ込みだねえ」

「お前がボケてくるからだろうが」

 紀之はそう言って、頭を抱える。

「本当に頭痛いよ、もう」

「頭痛薬でも飲んどけ」

「んー、そうする。てか、どこにやったっけ」

「くそ紀治め、そんなこと、俺に聞いてどうする」

「紀治じゃねえって、言ってるだろうが」

「んだよ、紀治だよ。どんだけ人格あったって、全部まとめて紀治だよ」

「なんの話をしてるんだよ、お前」

 もういい、と紀之は台所に向かう。

「この辺にあるだろ、たぶん」

「お前の頭痛薬は、お前のもとから離れていき、未知なる世界へ行った」

「なんの話なんだよ」

 呆れたとでも言うような顔で、紀之は俺を見た。
 そして、台所の棚を開ける。

「あった。前、違うところにあったよな。お前、いじってんの?」

「いじるなんて、いやらしいな」

「エロい話しはしていないぞ」

「しろよ、たまには」

「しないよ。歳、いくつだと思ってんの?」

「成人男性が、エロい話をしないなんて、どうかと思うね」

「時間帯を考えろ」

「夜中ならアリなの?」

「なし」

 と、紀之は言って、頭痛薬を飲む。

「てかさ、文人」

「ん? なんだ、くそ紀治」

「だから――もう面倒だから、スルーするけど。ひとつ、気になることがあるんだよな」

「何? おっぱいでも出た?」

「出るわけないだろ? 男だぞ、俺」

「なんだ、出ないのか」

「出てほしいのかよ。いや、出てほしいって言われたら、困るけど」

「じゃあ聞くな。で? 何?」

「いや、なんかさ。最近、頭の中で変な声が聞こえるんだよね」

「なんだよ。メンヘラ?」

「やめてくれよ、不安になるだろ?」

「やめない。不安がるお前は可愛いぞ」

「怖いよ」

 と、紀之は苦笑する。

「てか、そのさ。変な声が、すごい自分の声に似てるんだよね。けど、明らかに俺じゃないの。なんなんだろう」

「あー、良い医者知ってるから、診てもらえ」

「え? お前、医者とか知り合いにいるの? いつの間に?」

「お前が寝ている間に?」

「なぜ、疑問符がついてるんだ」

 紀之はそう言って、部屋に向かう。

「てか、なんだろ。お前に話したら、少し気が楽になったような感じする。ありがとな」

「ん。てか、あんまり気にしない方が良いよ」

「ああ、そうかもしれないな。さすが、親友。ありがと」

 ニコッと、紀之は笑う。

 同じ人間だけど、治花の笑顔とはやっぱり何か違う。

 と、思うのは俺だけかな。

「早く良くなりたいから、もう寝るわ。お前も、そこそこで寝ろよ?」

「ん。おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 と、紀之は部屋に入った。
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