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第六十二話 黒幕
しおりを挟む算砂の額から汗が更に滴り落ちている。
「打掛けでは如何? 宗古殿」
「それでも構いません。ただし聞きたいことがあります」
「家康殿 申し訳ありませんが体調があまり良くなく、打掛けとさせていただいていいですか」
「正月でもあり、宗古殿がよければそうしよう」
打掛けとは途中で囲碁や将棋の対局を中断または終えることだったな。
実力ある者が敗勢に追い込まれた時点で「打ち掛け」という形で、面目を保つ習慣がこの時代からあったのか。
吉川は、令和でも新年の最初に儀式で対局する場合によく途中で対局を止めるのを見たことがあったのを思い出した。
算砂は家康に一礼をして、対局の中断、実質は終了を意味する打掛けを宣言した。
「ところで私に聞きたいことというのは?」
宗古は大きな瞳で姿勢を正して、算砂をじっと凝視してから口を開いた。
「大野修理様殺害や家康様を陥れようとした黒幕は算砂様、貴方ですね。
いえ、偽の算砂様」
「何を言う。私は偽算砂ではないぞ。
宗桂殿の後継ぎだからといって無礼千万」
算砂の顔が怒りで醜く歪んでいる。
宗古は冷静に話を続けた。
「忍びの月を操っているのは貴方。
再三再四、忍びの月が浜松城や江戸城に忍び込めたり脱出できたりしたのも、貴方が手引きをしたから。
それ以外で忍びの月が容易に忍び込める手段は無いわ。
忍びの月が侵入できたときには必ず貴方がいたし貴方の部屋が通路になっています。
忍びの月の色仕掛けに騙されたような芝居をして、周りから疑いがかけられないようにしたのです」
「知らん」
「大野修理様が静勝軒に来る前に、忍びの月が忍び込みやすいように階上の裏扉を開いておいて、忍びの月を忍び込ませた。
貴方の正体が大野修理様に露見しそうになったので、殺さなければいけなくなった。
小那姫が仕掛けたおもちゃの発射の小刀くらいでは大野修理様の致命傷にはならなかったはず。背中を刺しただけ。
貴方の指示を受け背中に止めを刺し大野修理様を殺したのは忍びの月」
「知らん。証拠でもあるのか」
「囲碁打ちにしては、囲碁の実力がさほど強くはない。
まずまずの実力はあるものの第一人者の実力は無い。
父が肥前名護屋城で、太閤様の前で打った御前囲碁も、面子もあるだろうから勝つわけにはいかなかったがそんなに強くなかったと言っています。
勝吉さんとの対局でも同様です。
さっきの対局でもとても第一人者と思えない実力です」
「失礼な」
「本物の算砂様はそこに居ます。大野春氏様、貴方が本因坊算砂様ですね。囲碁の実力は勝吉様から聞いておりますし、将棋も私が勝ったとはいえ日本でも指折りの実力者だということは指してわかります」
宗古は大野春氏を指さした。
大野春氏は立ち上がり淀君を守りながら、
「さすが宗桂殿の後継ぎ。分かってしまったら仕方がない」
「だから、春氏様は兄弟の大野修理様に、偽の算砂がいるが狙いがわからない、しばらく様子を見たいと返した。大野修理様は短気な方ですから、偽の算砂さん、貴方に単刀直入に聞いたはず。
何故露見したかわからない貴方は一刻も早く大野修理様を始末する必要にせまられ、静勝軒に修理様をおびき出し、潜ませていた忍びの月に止めを刺すよう命じた。
偽算砂のあなたは、月の妹の貞という名前を大野修理様から聞いたと言っていましたが、浜松城で貞さんが殺されたとき、大野修理様は名も知らぬ女と言っていました。あなたは貞さんも忍びの月も昔から知っていたのですね。姉妹を操っていたのは貴方。大野修理様のもとに忍びの月を密かに送り込んだのもあなた。大野修理様から忍びの月を紹介されたかのように振舞ったのもあなたよ」
偽の算砂が黙っている。
「忍びの月を執拗に狙う小那姫を陥れるために、淀君に偽の小那姫の手紙が届くようにして精神的に小那姫を追い詰めたのも貴方のたくらみ。
淀君から伏見に来なくてよいという連絡を受けたときに小那姫がどうなるかは分かっていたはず」
「……」
「そして家康様が月の小面紛失で失脚することを狙って長年の恨みを晴らそうとしたのも貴方。
家康様が失脚しないと分かると今度は忍びの月を使ってもっと良からぬことを考えている。
貴方は、家康様の家臣に滅ぼされた望月家の生き残り。忍びの月もその末裔。に家康様を陥れて恨みを晴らそうとしたのではないですか。もしそうなら、九曜の紋が着物の裏に編み込まれているのではないですか。望月様」
偽算砂は着物の胸元をさっと広げると体中に爆薬が仕掛けられていて、裏地には九曜の紋が縫い込まれていた。
家康が驚いて後に逃げようとした。
勝吉と家臣が家康の周りを固める。
大野春氏は淀君を守っている。
吉川は咄嗟に宗古に駆け寄り宗古を偽算砂から遠ざけようとした。
「無駄だ。この高性能爆薬はこの広間全体の十分吹き飛ばすくらいの威力がある。
ばれてしまっては仕方がない。
家康殿、わしといっしょに冥途に行ってもらう。
月、そろそろ出番だ」
忍びの月が城の換気孔の格子を外し、西の丸の大広間に降り立った。
手には高性能の火縄銃を掲げていて、偽算砂を狙っている。
「月が私を撃てば、自動的に爆薬が作動してこの広間は吹っ飛ぶ。
我らは命など惜しくは無い。
望月家に大義あれ」
徳川家の家臣と勝吉が忍びの月に切り込もうとするが、家康に押しとどめられる。
淀君が発狂したかのように金切り声を上げている。
算砂が高笑いをして鬼の形相になっている。
吉川の後ろに隠れている宗古がスマホを取り出した。
吉川は懐に隠し持っている村正の妖刀の刃先をそっと月の手に向けた。
忍びの月のうめき声が聞こえた。
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