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彼女が出来た

1985年のトレンド

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「んじゃ誰か好き人はいるのか?」

少し探ってみよう。

「え~、今?うーんよくわかんない」

困惑した表情を浮かべる。

「何だ、よくわかんないってのは?」

食い付き気味に聞いた。

もしかして、既に好きな人が…あぁ、やっぱそうだよな…そりゃ、好きな人ぐらいはいるよなぁ~…

「えー!ただ、いいなぁって思う人はいるよ…小野っちはどうなのよ?」

やっぱりいるのか…淡い期待を抱いたオレがアホだった。

「オレ、この前誰かさんにフラれて、杉下は彼氏いるなんて言うからな。
次から次へと、そんな好きになるような相手なんていないよ」

杉下の件だってフラれたようなもんだ。

ただ告白はしてないが、結果的にはフラれたからな。

あぁ、また嫌な思い出が…

「そっかぁ…アタシ、優子に遠慮してたからさ…」

て事は…断ったのは波多野の本心じゃないのか?チャンス?これってチャンスなのか?

…いや待て、変な期待してると後でろくな事がない。

ましてや相手は波多野だからな。

下手な考えはよせ!自分に言い聞かせた。

「ふーん、そうなんだ…」

それから会話が無くなり、窓の外を見ていた。


夏真っ盛り。

外は陽炎のように、暑さでアスファルトから熱気がユラユラと出ている。

こんなクソ暑い日に外出するなんて、ブッ倒れちまう。

「暑いよね今日も。小野っちここ出たらどうする?」

あっ…そういや考えてなかったな。

「この辺り、どっか遊ぶような場所あるのかな…」

何せ降りたことのない場所だ。

遊ぶとこなんてゲーセンぐらいだろ。

当時はカラオケボックスなんて無かった頃だから、行くとこなんて昼間はゲーセンや喫茶店で時間を潰し、夜は繁華街を彷徨いて、結局はゲーセンなんてパターンが多かった。


っていうか、ゲーセンしか遊ぶ所を知らなかった。

他の遊びを知らなかったのだろう…

ろくな遊びをしてない。

まさか波多野にゲーセン行く?なんて言っても来るワケがないしな…

今もゲーセンに行く女子ってそんなにいないんじゃないかな、よく解らないけど。


「あ、この先デパートあるんだけど、ちょっと行ってみない?」

…デパートで何すんだ?

でも、行くとこも無いし暇だし…ファミレスを出てデパートのある方へ歩いた。

「あぁ、なんでこんなに暑いんだ?夏は日中出歩くもんじゃないな」

さっまで涼しい場所にいたから外に出ると、モワーンとした熱気が身体中にまとわりつく。

涼しかった身体があっという間に汗で滲んでいく。

「アタシこんなんだったら、一旦帰って着替えればよかった。もう制服クリーニングしないと」

夏用の白いセーラー服だからか、汗をかくとブラジャーが透けて見える。

(コイツ、確かピンクのヤツ付けてるよな)

クラスのヤツラは波多野を陰でピンクと呼んでいた。

常にピンクの下着で、何かのはずみでそれを見たヤツが言い出しっぺとなって、ピンクと呼ぶようになって、波多野イコールピンクの下着というイメージが出来上がった。

あれは、言い出しっぺは誰だっけ?

何て事を思い出しながら歩いていたら、デパートに着いた。

「あぁ~涼しい!やっぱ昼間外に出たらダメだな。
ただ汗が出るだけだ」

暑い所から涼しい所、そしてまた暑い所から涼しい所へ行くから、身体は変化についていけなくなって風邪引いたりするんだけど。

それでも、デパートの中はエアコンが効いていて快適だ。

館内でゲームソフトやDCブランド店、本屋や電化製品を見て回った。

「こんなとこにK-Factoryの店があるよ」

K-Factoryとは、当時とんねるずがよく着ていた超原色系の派手なデザインが売りだった。


今では死語だが、D・Cブランド(デザイナーズ&キャラクターズブランドの略)と言って、コム・デ・ギャルソンやY's、BIGIやイッセイミヤケ等のブランド物が流行った。

バブル時代を象徴するファッション。

シャツ一枚で一万円以上するんだから、高校生だった僕にそんな高価なブランドを買えるワケもなく、安くて手に入るパチモノ(バッタもん)を着ていた。

「そういや波多野って、セーラーズのをよく着てるけど、わざわざ買いに行ったりしてるの?」

セーラーズはおニャン子クラブのトレードマークみたいモンで、当時の中高生に人気があったブランドだ。

「えー、あのトレーナーの他にもう1着しか無いよ。だって高いんだもん」

おニャン子クラブっていや、オーディションに受けたんだよなコイツ…

落ちた時、バレるのがイヤで誰にも言うなって必死になってたな。

あぁ、思い出してきたら笑いが…

「ねぇ、誰にも言ってないよね、あの事?」

「だから言ってねーって!何回言ゃいいんだよっ!…ギャハハハハ!」

「何で笑うのよっ!小野っち、絶対誰かに言ったでしょ?」

そうか、波多野にとってはおニャン子クラブのオーディション受けた落選したのが黒歴史というワケか。

この話になると、顔を真っ赤にしてムキになってんだから、余程嫌な思い出という事か。

「…だから言ってねぇって!何でオレだけにしか言わないんだよ?
杉下だって知ってんじゃん?アイツにも釘刺しておいた方がいいぞ?
ましてや彼氏なんて出来たんだから、うっかり喋る可能性高いじゃん」

「あ…そうだ!優子も知ってるんだった。…でも優子は絶対言わないよ!
言うとしたら、小野っちぐらいなもんじゃん?」

…そんなに口軽そうに見えるのか、オレって?

その後、レコードショップに入った。

この年CDが発売されたが、それほど普及はされておらず、レコードの方が売れていた。

「あっレベッカだ」

波多野がレベッカのアルバムジャケットを手に取った。

「レベッカ?」

「最近人気あるんだよ。小野っち知らない?」

この年の秋に、フレンズという曲が大ヒットしてブレイクしたバンドだ。

ボーカルのNOKKO(ノッコ)がマドンナのような衣装を着て歌っていた。

当時の高校生がバンドを組んで真っ先にコピーする曲は、男はBOOWY(ボゥイ)、女はレベッカと定番だった。

これが2,3年後の高校生だったら、プリプリ(プリンセス・プリンセス)のコピーだったはず。

BOOWYはこの翌年に、B-Blueというシングルでヒットし、アルバムBeat Emotionが初登場1位になる。

87年に解散を発表、翌年88年に東京ドームでLAST GIGSを行い、日本の音楽シーンをリードした伝説的ロックバンドだ。

「小野っちって何聴いてんの?」

「んー、尾崎豊とか佐野元春。洋楽だとプリンスとか、最近はデッド・オア・アライブか」

ユーロビートという、シンセサイザー等の電子楽器を多用したダンスミュージックで、日本でもユーロビートだけを集めたCDが多く発売され、デッド・オア・アライブはそのユーロビートの先駆け的なグループだった。

「ふーん、アタシ最近レベッカ好きでよく聴いてるんだ。絶対売れるよこのバンド!」

しばらくして、フレンズの曲を知らない者はいないぐらいにヒットするから、波多野も見る目があったのだろか?

でも、波多野のような熱狂的なレベッカファンは「その前から売れてたしぃ」
何て事を言うんだろうな…

すると、背後から女の声が。

「あれ、貴久何してんの?あっ、慶子も一緒なの?」

振り向くと姉がいた…

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