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忌まわしき過去
先生が母親?
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夕方家に戻ると、鴨志田は既に帰宅して晩御飯の支度をしている最中だった。
「先生っ!ウチのオフクロが先生の借金立て替えてくれるって!
これでもう、借金取りから追われる事も無いよ!良かったじゃん」
えっ?と驚いたが、すぐに表情が曇った。
「古賀くん…ありがたい話だけど、それは出来ないわ。だって、あなたのお母様は何の関係も無いし…それに私はそんな大金返せない…」
借金をチャラに出来るから喜ぶだろうと思っていたが、意外な返答でオレは些か戸惑った。
「何でそんな事言うんだよ!他に返す方法は無いんだよ!だから一緒にオフクロの所へ行こう、なっ!」
少し間を置いて、鴨志田は頷いた。
その晩、鴨志田の表情は終始暗かった。
何で浮かない顔をしてるのか、オレには理解出来なかった。
週末、オレは鴨志田と共に母の下へ向かった。
ここ最近、鴨志田の表情が暗い。
オレはてっきり、借金を肩代わりしてくれるという、申し訳ない気持ちで一杯なんだろうと思っていたが、そうでは無かった。
一体どうしたと言うのだろうか。
マンションに着き、1F自動ドア前のインターフォンを押す。
【はい】
「オレだけど、連れてきたよ」
【…わかったわ】
オートロックのドアが解除して中へ入った。
玄関のチャイムを押すと、普段は下着姿の母が珍しく服を着ていた。
「…いらっしゃい」
不機嫌な様子だ。
玄関に入り、ドアを閉めた直後だった。
「あの、この人がオレの担任で、かもし…」
オレが鴨志田を紹介している途中、母は物凄い形相で力一杯、鴨志田の頬を叩いた。
「…っ!」
パーンっ!という乾いた音が響き、鴨志田はその場に倒れた。
衝撃でメガネが吹っ飛んだ。
「テメー、何やってんだよっ!」
母を怒鳴った。だが母はそんなオレを無視するかのように鴨志田を睨み付けている。
「よくもまぁ、ノコノコとここへ来たもんね。それに借金までして」
今まで見た事の無い、怒りに満ちた顔だった。
「も…申し訳ありません、もう二度と来るつもりはなかったのですが…」
何?二度とって、何の事だっ…!
「どういう事だっ、おいっ!先生と前に会ったことがあるのか?」
母はソファーに座ってふんぞり返って座り、タバコに火を点けた。
険しい表情のままだ。
「亮輔、何でこの女をここに連れてきてって言ったかわかる?」
「千尋さん、お願いです!借金の事は自分で何とかします、だからもうそれ以上は…」
鴨志田の言葉を無視するように、母は話を続けた。
「鴨志田紗栄子…いや、広瀬紗栄子さん。
その節はウチの主人が色々と世話になったわね。いや、世話をしたのはこっちだったかしら?」
一体何の話をしてるんだ?しかも鴨志田は以前他の名字だった…?
どういう事だ?
「亮輔、あなたに初めて話す事だけど…」
「お、お願いです!それだけは言わないで下さい!」
鴨志田が必死の形相で土下座をしている…
二人にどんな過去があるというんだ?
「な、何なんだ、一体!先生、何でオフクロに土下座してんだよ!」
「フフっ、オフクロ?そのオフクロさんはここで土下座してるじゃない…」
すると、鴨志田は母の話をかき消すかのように絶叫した。
「言わないで~っ!!」
えっ…?土下座って…ま、まさか!
「先生…まさか、先生はオレの…?」
「そう言うことよ!亮輔、あなたのホントの母親はこの女よ!」
…鈍器で頭を殴られたような衝撃だった…
何が何だか…何故、鴨志田がオレの母親なんだ?
それじゃ、父が言ってた出生の事っていうのはウソだったのか?
「この女の正体は広瀬紗栄子。そしてあの人との間に出来た子供が亮輔、あなたなのよ」
ウソだっ!
「オレの親はアンタじゃないのか!」
「フフフ…アッハハハハハハ!アタシはあなたの育ての親よ。まさか血の繋がった息子と近親相姦なんて、出来っこないでしょ?ねぇ、紗栄子さん」
勝ち誇ったかのように高笑いをする母。
「…」
鴨志田は無言のままだ。
「どういう事だ、オレは誰の子供なんだよ!」
「だからさっきからその女の子供だって言ってるでしょ」
母は鴨志田を見下ろしながら紫煙を燻らす。もくもくと白い煙が蛍光灯に暗雲が立ち込めるように漂っていた。
「亮輔、あなたはね…この女とあの人との間に生まれた子なの」
どれがホントなのか、頭が混乱してきた…
「お父さんがどう言ったかは知らないけど、この女との間に生まれたのが亮輔なの、わかった?」
ハイ、そうですかと納得出来るワケがない。
オレとしては順を追って話をして欲しい。
母は鴨志田と父との関係から話を始めた。
当時、兄の育児に専念していた母に隠れて父はキャバクラで働いていた女子大生と深い関係をもった。
その女子大生が妊娠したと判った時、父は堕ろすように説得したが、頑として産むと言った。
女子大生は内緒で子供を産んだが、母に全てバレてしまった。
その結果、父と母は離婚。
兄は父が引き取った。
その女子大生は子供を産んだが、育てる事が出来ず、母が住むアパートの前に置き手紙を添えて子供を置き去りにして姿を消した。
手紙には、【貴女の主人との間に産まれた子供です。私には育てる自信が無いので代わりに貴方が育てて下さい】という、身勝手な内容だった。
母と激怒した。何故、不倫相手の子供を育てなきゃならないのだ、と。
すると、以前母が勤務していた会社の鴨志田と名乗る常務と社長が訪れ、援助する代わりにこの子供を育ててくれ、と説得した。
社長と常務は親族関係で、母はかつて社長の秘書兼愛人の関係だった。
いくら社長の頼みでも、そんな子供を育てる義務は無いと断ったが、兄を父に取られ、独りで寂しい思いをしていた母は、生まれきた子供に罪は無いと、引き取る事にした。
当の女子大生はキャバクラで知り合った鴨志田の愛人となり、援助を受けて贅沢三昧という生活を送った。
その後、独り身だった鴨志田と養子縁組を結んだ。程なくして鴨志田は亡くなり、女子大生は遺産を相続すると、ホスト通いやブランド物を買い漁り、あっという間に使い果たした。
その女子大生の名は、広瀬紗栄子。
現在は鴨志田紗栄子の名前で高校の教員をしている。
つまりオレの生みの母という事だ。
浪費癖は現在も続いている。
そして母はオレを引き取り、援助を受けずに誰も知らない土地に移って暮らしていた。
関係を終わらせる為、社長とは一切の連絡を絶った。
シングルマザーとしてオレを育てる為に夜の商売に身を置き、時には身体を売っていたという。
明け方、毎回違う男をアパートに連れ込んだのはその為だったらしい。
しかも、マンションや店の資金を援助したパトロンとは、その頃に知り合った。
…信じ難い話だが、鴨志田の表情と母の憎しみに満ちた顔を見ると、とてもウソをついているようには見えなかった。
こんな偶然ってあるのだろうか。
仮にオレが別の高校に通っていたら、この事を知らずに過ごしていたと思う。
だから鴨志田はオレに近づいたのか…
そう考えれば、辻褄が合う。
しかし、釈然としない。
「先生っ!ウチのオフクロが先生の借金立て替えてくれるって!
これでもう、借金取りから追われる事も無いよ!良かったじゃん」
えっ?と驚いたが、すぐに表情が曇った。
「古賀くん…ありがたい話だけど、それは出来ないわ。だって、あなたのお母様は何の関係も無いし…それに私はそんな大金返せない…」
借金をチャラに出来るから喜ぶだろうと思っていたが、意外な返答でオレは些か戸惑った。
「何でそんな事言うんだよ!他に返す方法は無いんだよ!だから一緒にオフクロの所へ行こう、なっ!」
少し間を置いて、鴨志田は頷いた。
その晩、鴨志田の表情は終始暗かった。
何で浮かない顔をしてるのか、オレには理解出来なかった。
週末、オレは鴨志田と共に母の下へ向かった。
ここ最近、鴨志田の表情が暗い。
オレはてっきり、借金を肩代わりしてくれるという、申し訳ない気持ちで一杯なんだろうと思っていたが、そうでは無かった。
一体どうしたと言うのだろうか。
マンションに着き、1F自動ドア前のインターフォンを押す。
【はい】
「オレだけど、連れてきたよ」
【…わかったわ】
オートロックのドアが解除して中へ入った。
玄関のチャイムを押すと、普段は下着姿の母が珍しく服を着ていた。
「…いらっしゃい」
不機嫌な様子だ。
玄関に入り、ドアを閉めた直後だった。
「あの、この人がオレの担任で、かもし…」
オレが鴨志田を紹介している途中、母は物凄い形相で力一杯、鴨志田の頬を叩いた。
「…っ!」
パーンっ!という乾いた音が響き、鴨志田はその場に倒れた。
衝撃でメガネが吹っ飛んだ。
「テメー、何やってんだよっ!」
母を怒鳴った。だが母はそんなオレを無視するかのように鴨志田を睨み付けている。
「よくもまぁ、ノコノコとここへ来たもんね。それに借金までして」
今まで見た事の無い、怒りに満ちた顔だった。
「も…申し訳ありません、もう二度と来るつもりはなかったのですが…」
何?二度とって、何の事だっ…!
「どういう事だっ、おいっ!先生と前に会ったことがあるのか?」
母はソファーに座ってふんぞり返って座り、タバコに火を点けた。
険しい表情のままだ。
「亮輔、何でこの女をここに連れてきてって言ったかわかる?」
「千尋さん、お願いです!借金の事は自分で何とかします、だからもうそれ以上は…」
鴨志田の言葉を無視するように、母は話を続けた。
「鴨志田紗栄子…いや、広瀬紗栄子さん。
その節はウチの主人が色々と世話になったわね。いや、世話をしたのはこっちだったかしら?」
一体何の話をしてるんだ?しかも鴨志田は以前他の名字だった…?
どういう事だ?
「亮輔、あなたに初めて話す事だけど…」
「お、お願いです!それだけは言わないで下さい!」
鴨志田が必死の形相で土下座をしている…
二人にどんな過去があるというんだ?
「な、何なんだ、一体!先生、何でオフクロに土下座してんだよ!」
「フフっ、オフクロ?そのオフクロさんはここで土下座してるじゃない…」
すると、鴨志田は母の話をかき消すかのように絶叫した。
「言わないで~っ!!」
えっ…?土下座って…ま、まさか!
「先生…まさか、先生はオレの…?」
「そう言うことよ!亮輔、あなたのホントの母親はこの女よ!」
…鈍器で頭を殴られたような衝撃だった…
何が何だか…何故、鴨志田がオレの母親なんだ?
それじゃ、父が言ってた出生の事っていうのはウソだったのか?
「この女の正体は広瀬紗栄子。そしてあの人との間に出来た子供が亮輔、あなたなのよ」
ウソだっ!
「オレの親はアンタじゃないのか!」
「フフフ…アッハハハハハハ!アタシはあなたの育ての親よ。まさか血の繋がった息子と近親相姦なんて、出来っこないでしょ?ねぇ、紗栄子さん」
勝ち誇ったかのように高笑いをする母。
「…」
鴨志田は無言のままだ。
「どういう事だ、オレは誰の子供なんだよ!」
「だからさっきからその女の子供だって言ってるでしょ」
母は鴨志田を見下ろしながら紫煙を燻らす。もくもくと白い煙が蛍光灯に暗雲が立ち込めるように漂っていた。
「亮輔、あなたはね…この女とあの人との間に生まれた子なの」
どれがホントなのか、頭が混乱してきた…
「お父さんがどう言ったかは知らないけど、この女との間に生まれたのが亮輔なの、わかった?」
ハイ、そうですかと納得出来るワケがない。
オレとしては順を追って話をして欲しい。
母は鴨志田と父との関係から話を始めた。
当時、兄の育児に専念していた母に隠れて父はキャバクラで働いていた女子大生と深い関係をもった。
その女子大生が妊娠したと判った時、父は堕ろすように説得したが、頑として産むと言った。
女子大生は内緒で子供を産んだが、母に全てバレてしまった。
その結果、父と母は離婚。
兄は父が引き取った。
その女子大生は子供を産んだが、育てる事が出来ず、母が住むアパートの前に置き手紙を添えて子供を置き去りにして姿を消した。
手紙には、【貴女の主人との間に産まれた子供です。私には育てる自信が無いので代わりに貴方が育てて下さい】という、身勝手な内容だった。
母と激怒した。何故、不倫相手の子供を育てなきゃならないのだ、と。
すると、以前母が勤務していた会社の鴨志田と名乗る常務と社長が訪れ、援助する代わりにこの子供を育ててくれ、と説得した。
社長と常務は親族関係で、母はかつて社長の秘書兼愛人の関係だった。
いくら社長の頼みでも、そんな子供を育てる義務は無いと断ったが、兄を父に取られ、独りで寂しい思いをしていた母は、生まれきた子供に罪は無いと、引き取る事にした。
当の女子大生はキャバクラで知り合った鴨志田の愛人となり、援助を受けて贅沢三昧という生活を送った。
その後、独り身だった鴨志田と養子縁組を結んだ。程なくして鴨志田は亡くなり、女子大生は遺産を相続すると、ホスト通いやブランド物を買い漁り、あっという間に使い果たした。
その女子大生の名は、広瀬紗栄子。
現在は鴨志田紗栄子の名前で高校の教員をしている。
つまりオレの生みの母という事だ。
浪費癖は現在も続いている。
そして母はオレを引き取り、援助を受けずに誰も知らない土地に移って暮らしていた。
関係を終わらせる為、社長とは一切の連絡を絶った。
シングルマザーとしてオレを育てる為に夜の商売に身を置き、時には身体を売っていたという。
明け方、毎回違う男をアパートに連れ込んだのはその為だったらしい。
しかも、マンションや店の資金を援助したパトロンとは、その頃に知り合った。
…信じ難い話だが、鴨志田の表情と母の憎しみに満ちた顔を見ると、とてもウソをついているようには見えなかった。
こんな偶然ってあるのだろうか。
仮にオレが別の高校に通っていたら、この事を知らずに過ごしていたと思う。
だから鴨志田はオレに近づいたのか…
そう考えれば、辻褄が合う。
しかし、釈然としない。
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