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忌まわしき過去

二億で買い取ってもらおう

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週末の夜、繁華街から少し離れた閑静な場所にモダンな造りをしたバーで鴨志田はカウンターに座り、ジンライムを飲んでいた。

元々は酒に強く、いくら飲んでも酔ったことがない程、無類の酒好きだった。

鴨志田の二つ隣は、見た目が50代前半と思しきインテリ風の男が葉巻を燻らせ、店内に流れるジャズを聴きながら、物思いに耽っていた。

「あの、もしかして松田さんですか?」

鴨志田はその男に声をかけた。

「松田?いえ、私は吉村という者ですが」

穏やかな口調で返すと、再びジャズを聴き入っていた。

「あっ、ごめんなさい。私の知り合いによく似ていたもので…」

鴨志田は席から立ち上がり、深々と頭を下げた。

Vネックのニットからは豊満な胸の谷間、黒のブラジャーまでハッキリ見える程だ。

吉村という男は、横目で鴨志田の谷間を見た。

「いえ、お気になさらずに。私の事を知り合いだと思ったのですか?」

吉村はにこやかに答えた。

「え、えぇ…その、実は昔お付き合いしていた人と横顔が似ていたものでつい…」

鴨志田は頬を赤らめた。


三日前、鴨志田は達也から1枚の写真を渡された。

ダンディーな中年男が葉巻を手にしている。

「この男の名は吉村 孝介(よしむら こうすけ)
あの不動産のコンシェルジュ統括だ。
週末の夜はここでジャズを聴きながら、シングルモルトを愛飲しているらしい。
で、アンタはこの男に近づいてくれ。
やり方は言わなくても分かってるだろう?」

鴨志田は昔付き合った男性に似てるので、思わず声を掛けた、という設定できっかけを作った。



「しかし、こんな所に貴女のような女性が一人で来るなんて珍しい。こういう店にはよく来られるんですか?」

「いえ、実はその、初めてなんですが…でも前からバーに入ってみたいなぁ、なんて思って。ハハッ、ジャズとか全然わからないんですけどね」

鴨志田は照れて下を向いた。

「ちょっとお隣に座ってもよろしいですか?こういうお店の事やジャズについてお教えしましょう」

「はい、是非!」

鴨志田は嬉しそうな表情で、吉村からレクチャーを受けた。

ジャズや、カクテルの事等を鴨志田に話をした。

「吉村さんてステキな方ですね。何か大人の男性って感じで落ち着いていらっしゃる。それに引き換え、ウチの上司なんて…」

「失礼ですが、どのようなお仕事をなさっているのです?」

「あ、私は食品関係の事務をしています。吉村さんはどのようなご職業を?」

「私は不動産の仕事をしています」

不動産という言葉に食い付く感じで乗っかってきた。

「えっ、不動産の方ですか?じゃあ、何かいい物件はないですか?
実は今、引っ越しを考えてまして。何て言うか、今の部屋は駅から遠いし、おまけに周囲は騒がしいし。
何処か良い部屋ないかなぁ、なんて思ってたとこなんです」

(この話に乗ってくるかしら…)

鴨志田は部屋探しをネタにした。

「それは大変ですね。差し支えなければ、どういう部屋をお探しなのか、話してもらえませんか?」

(よし、食いついた!)

「あの、吉村さんはどちらの不動産にお勤めなのですか?」

「あぁ、失礼。実は私こういう者です」

吉村は上着の内ポケットから名刺入れを出すと、鴨志田に渡した。

「うわぁ、統括部長さんなんですか?何か違うなぁと思ってたんですよ、落ち着いて紳士的だし」

鴨志田は吉村の名刺を見て、嬉々とした顔で話した。

「こちらに書いてあるお店に行けば、吉村さんがいらっしゃるんですね?」

「ええ、私はいつもこの店にいますから、お引っ越しの部屋探しならいつでもいらしてください」

「わぁ、ありがとうございます!吉村さんなら安心していい部屋見つけてくれそうだし、今度そちらに行って、詳しくお話しをしに行きますね」

その後も二人の会話は弾んだ。


しばらくして、鴨志田は沢渡の時と同じ、カクテルを飲んで酔ったフリをして、時折大きな胸を吉村の腕に押し付ける様にして肩にもたれかかった。

「鴨志田さん、大丈夫ですか?」

「ん…ぅーん」

「困ったなぁ…」

吉村は、どうしたものかと考えた。

今後の付き合いもあることだし、無下には出来ない。吉村は鴨志田を介抱した。

「さぁ、帰りますよ。立てますか?」

吉村は鴨志田を起こした。

だが、足がもつれ、とても1人では帰れない様子だ。

吉村は、鴨志田を抱きかかえるようにして店を出た。

「鴨志田さん、どちらにお住まいですか?ご自宅まで送りますよ」

鴨志田は呂律が回らず、何を言ってるのか聞き取れない。

このまま一人で帰すワケにはいかず、ホテル街まで肩を貸して歩き、目の前にあったラブホテルにチェックインした。

後は沢渡を誘惑したように、吉村もその餌食になった。


翌朝、鴨志田は目を覚ました。
隣には吉村が全裸で寝ている。
しかも、自分もほぼ全裸という格好だ。

「キャーっ!!」

「…っ!ど、どうしました?」

鴨志田の叫び声で吉村はガバッと起き上がった。

「私に何したの?何で私、裸なのよ?まさか私の事…」

「ええっ?」

何故、悲鳴をあげたのか。吉村には理解出来なかった。
鴨志田から誘われるがまま、互いの性器を貪り、激しいセックスを繰り広げた。

「ひどい!私を酔わせてこんな所に連れ込むなんてサイテーっ!絶対に許さないわ!」

迫真の演技の前に、ただ呆然とする吉村を尻目に部屋を出た。





それから数日後、達也は鴨志田が受け取った名刺を頼りに、吉村が勤務する不動産の本社へ向かった。

例の弁護士と共に。

正面玄関の窓口に立ってる受付嬢に、アポイントを取った。

「失礼ですが、お名前は?」

「私、こういう者です」

達也は名刺を取り出し、受付嬢に提示した。

そこには代表取締役 古賀達也、と社長就任時に新たに作った名刺を差し出した。

「ご用件はなんでしょうか?」

「いや、弊社の秘書が御社の吉村様と懇意にしているので、是非ご挨拶にと伺ったもので」

「少々お待ち下さい」




受付嬢は内線電話で、吉村に来客だという旨を伝えた。

「では古賀様、しばらくお掛けになってお待ち下さい」

達也と弁護士は来客用の椅子に座り、吉村が来るのを待った。

しばらくして、吉村らしき人物がこちらに向かって来た。

「はじめまして、吉村と言います。ここのコンシェルジュ統括をやっております」

吉村は名刺を差し出そうとしたが、達成はポケットから吉村の名刺を出した。

「あの、失礼ですが、以前何処かでお会いしましたか?私の名刺を持っているという事は、以前にお会いした方だとは思うのですが…」

吉村は達也の顔をジーッと見るが、記憶にない。

すると達也は、鞄から数枚の写真を吉村に見せた。

みるみるうちに吉村の顔が青ざめた。

それは、吉村と鴨志田が全裸で交わっている時の写真だった。

「吉村さん、鴨志田は私の秘書です。そして隣にいるのが弊社の顧問弁護士です」

弁護士は吉村に名刺を差し出した。

達也がこの日の為に、顧問弁護士という肩書きが入った名刺を作ったのだ。

名刺には、顧問弁護士、今宮 敏夫(いまみや としお)と記されていた。

勿論、これは仮名である。この弁護士は絶対に名を名乗らない。

ヤクザ相手に、かなり危ない橋を渡る仕事をしている為、正体不明だが、任務は必ず遂行する。

「吉村さん…貴方はウチの鴨志田を強引にホテルに連れていって、このような破廉恥な行為を強要したらしいですね。
これは立派な強姦罪です。
鴨志田は貴方を告訴する予定です。ですから、本日は弁護士と共に御社に伺いました」

達也は冷静な口調で、淡々と話した。

「いや、でもそれはお互い合意の上での事であって、私が一方的にというのは…」

吉村は言葉を濁した。

「吉村さん。
ご存知かと思いますが、鴨志田は非常に胸が目立つ体型です。
今まで何度も痴漢に遭って、非常にイヤな思いをしている、と本人から聞いてます。
ですから、私は彼女に護身用と防犯用を兼ねた小型内蔵カメラを持参するように助言しました。
お望みなら、この場でその時の状況をお見せすることも出来ますが…」

吉村は慌てふためいた。

「あ、あの、ここではアレですから…ちょっと応接室の方で詳しくお話を…」

「分かりました」

達也と弁護士は、吉村の案内で応接室へ入った。

「私はお宅の秘書が酒に酔っていたので、介抱したのです。
とても歩けない状態ですし、一人にしておくワケにはいかないでしょう?ですから、少々不謹慎な場所ですが、あのホテルで休ませたんですよ?」

吉村は身の潔白を主張した。
そして、鴨志田とはあくまで合意の上でベッドインしたと言う。

「吉村さん…」

今まで一言も発言しなかった弁護士が口を開いた。

「とぼけるのもそれまでにしてもらいませんかね?まぁ、こっちには証拠がもう一つあるんですが」

弁護士の言葉で、達也はタブレットを取り出し、二人の様子を映し出した動画を再生した。

「あぁ、止めてください、こんなとこで…」

「違いますよ、せめて上着は脱いでベッドに入ってください」

動画は吉村が鴨志田の服を脱がそうとしていた。

「あぁ、だめ吉村さん、止めて…」

「何言ってるんですか、ただ上着を脱がせてるだけですよ」

気色ばんだ吉村は鴨志田の上着を脱がし、ハンガーに掛け、覆い被さる様な形で鴨志田の身体をまさぐった。

「どこ触ってるんですか、吉村さん…」

「いや、でも今のは偶然で…」

「んもう、イヤらしいんだから」

「…しかし大きなオッパイだね」

「ダメです、触らないで下さい」

「いや、ハハハハッ、これは失敬。ついうっかり」

そこで動画は終わった。
その後は、鴨志田が積極的に吉村を誘惑するような行為をしたが、カットして、吉村が鴨志田を襲ったかのように編集したのだ。

「吉村さん、これでもシラをきるというのかい?それなら、こっちはアンタを強姦罪として告訴する予定だ。では、その準備をするから、この辺で失礼するよ」

弁護士は席を立ち、達也と一緒に応接室を出ようとした。

「あ、あの待ってください!違うんです、これは」

吉村は狼狽え、必死で引き止めた。

「何が違うんですか?ここに動かぬ証拠があるじゃないですか?」

達也は冷たい目で吉村を見下ろした。

「あの、示談でも何でも応じますから、告訴だけは、どうかこの通りです!」

吉村は土下座をして示談に持ち込もうとしている。

こうなれば達也の思惑通りだ。

「示談ですって?こんな事までして示談って、ムシが良すぎるんじゃありませんかっ!」

達也は吉村を一喝した。

「そこを何とか!そちらの条件は何でも飲みますから!」

達也と弁護士は顔を見合せ、ニヤッと笑みを浮かべ、再度席に着いた。

「吉村さん、では具体的に示談とはどのようにするお考えですか?」

「その、…えっと、単刀直入に聞きますが、いくらなら…?」

吉村が、恐る恐る示談の額を聞いてみた。

達也は以前、店舗で見積もってもらったマンション売却の額を吉村に見せた。

「これ総額で七千万と記載されてますよね?私共としてはこの額は些か不満でして。そこで、吉村さんの仰る示談という形で、この額で買い取ってもらえませんかね?」

達也は指を二本立てた。

「えっ、二本て…?」

「ズバリ、二億です。二億で買い取ってもらえませんかね?」

かなり法外な額だ。

いくら頑張っても、七千万以上の金額は出せない。


しかし達也は強気で、約三倍の値段で買い取ってもらおう、それでこの件は終わりにしましょうという条件を出した。

「二億なんて、いくらなんでも…」

「吉村さん、貴方は統括だ。そのぐらいどうとでもなるでしょう?ダメなら告訴致しますので」

たった一夜の過ちがこんなにも大きな代償と引き換えになるとは。

「…わ、わかりました。二億で買い取ります。ですからこの件は…」

「分かっています。
ただ二億を払って貰えないと、我々は告訴に踏み切るので、それをお忘れなく」

達也と弁護士は席を立ち、応接室を出た。


外に出ると、達也は弁護士に礼を言った。

「今日はありがとうございました。弁護士がいるというだけで、あの男かなり狼狽えてましたね」

「ふん、こんな簡単な事、お前さん1人でも出来ただろうに」

ぶっきらぼうな口調は相変わらずだ。

「いえ、先生がいてくれたお陰であの言い値で買い取ってもらう事が出来ました」

「じゃ、金が出来たらオレんとこに持ってこいよ」

「承知しました。必ずお渡ししますので」

達也は深々とお辞儀をして、弁護士と別れた。

数日後には二億という大金が手に入る。

さて、この二億をどうやって活かそうか。
達也の野望は尽きない。
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